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15章 邂逅  01

 オーズとの国境線、メカリナンの関所砦までは1日で着いた。


 砦のそばで野営し、翌朝砦の兵士に侯爵から預かった通行証を見せると、あっさりと関所は通過できた。


 眼前には壁かと思うほどの厳しい山々が横一杯に横たわっている。メカリナンとオーズの国境に横たわる『悪魔の歯(デモンズティース)』と呼ばれる山脈である。


 その山脈に唯一作られた細いルートに沿って厳しい峠を越えていくと、眼下にオーズ側の関所砦が見えた。その奥には広大な農耕地が平野一面に広がっている。


 オーズの関所は名を告げただけでほぼ素通りだった。どうやら関所には俺が通る旨がすでに伝えられていたらしい。


 門をくぐってオーズ国に入ると、驚いたことにそこには『ソールの導き』のメンバーが全員揃っていた。近くに例の高速馬車がとまっているのでそれで来たということだろう。


「ソウシさまっ!」


 まず胸に飛び込んできたのはフレイニルだった。俺の背中に手を回し、ほぼ全力に近い力で抱き着いてくる。顔を俺の胸にうずめて震えているのは泣いているからだろう。


「ソウシさま、ソウシさま、ご無事でよかった……。もう二度と離れないでください、お願いしますソウシさま……」


「心配かけてすまなかった。見ての通り俺は大丈夫だ。フレイは体調をくずしたりはしなかったか?」


 金の絹のような髪を優しくなでてやり背中をさすってやると、俺に抱き着くフレイニルの腕の力が徐々に弱まっていくのが分かった。


「はいソウシさま、でも心がとても苦しくて……眠れませんでした」


「そうか。今日からはゆっくり眠れるから安心だな」


「はいソウシさま、はい……」


 フレイニルに関しては『依存』スキルもあるし、一番辛い思いをさせてしまっただろう。この感じだとしばらくは一緒に寝ることになるかもしれない。


「おかえりソウシ、心配したんだからねっ」


 次に抱き着いてきたのはラーニだった。彼女についてはそこまで心配はしてなかったのだが、意外と俺のことを気にかけてくれていたようだ。すごい力で抱きしめてきたかと思うと俺の胸に顔をうずめてスンスンと匂いをかいで、それから離れていった。


「戻ってくると信じていましたが、それでも不安でした」


 と言いながらスフェーニアも俺の胸に体重を預けてきた。肩を抱いてやるが、触れただけで折れそうなほど華奢で力加減が難しい。俺の胸元で美しい顔を上げてこちらをじっと見てくるので俺も少し困ってしまった。


「ソウシさんの活躍はすでに聞いています。後で詳しくお聞かせください」


 マリアネの言葉はいつもの通りの感じだった。とはいえやはり胸に寄りかかってきたので彼女なりに思うところはあったようだ。普段無表情なマリアネだが、実際は結構感情を動かす女性であることはすでに理解している。


「ソウシ殿ぉ! 戻ってきてくれてよがっだのじゃぁぁぁ」


 最後はシズナだったが、ずっと涙をためて待っていたからか思い切り抱き着いてきた。額の角が刺さる勢いで俺の胸に当たるのだが、辛うじて『剛体』スキルが発動したようだ。フレイニルと同じように背中をさすってやると落ち着きを取り戻して身体を離した。


 一通り再会の挨拶(?)が済むと、スフェーニアが俺の手を取った。


「色々とお話もありますが、まずは馬車に乗って首都へと参りましょう。大巫女様からも褒賞のお話があるそうです」


「分かった。フレイ、行こうか」


 俺は腕にしがみついたままのフレイニルをうながして、馬車の方へと歩き出した。




 馬車の中ではメンバーと情報交換をすることにした。


 といってもフレイニルは俺の腕に抱き着いたまま半分眠っている感じである。というか他の娘たちもなぜか俺のそばにぴったりとくっついてきて離れようとしない。頼られるのはリーダーとしては嬉しいが、こう年頃の娘さんにくっつかれるのは男としては嬉しくもあるがそれ以上に困ってしまう。


「実はじっとしてるのも落ち着かなくて、私たちだけでダンジョンに入ってみたのよね」


 ラーニが俺の肩あたりの匂いを嗅ぎつつそんな話をした。


「どんな感じだった?」


「Dクラスまでだったから問題なかったわね。ただやっぱりソウシがいないと安定しないし、普段より明らかに力が出ない感じ」


「ソウシさんの『将の器』スキルの能力上昇効果はかなり強力なようです。やはり『ソールの導き』はソウシさんが中心のパーティだと再確認できました」


 スフェーニアが付け足すとマリアネとシズナも頷いた。


「メカリナンでは一度他のパーティを率いて戦ったんだが、彼らにもどうやら効果があったらしい。マリアネの言うとおり『将の器』は大勢に影響を与えるスキルみたいだ」


 ちなみに侯爵軍の一般兵に関してはほとんど戦いがなかったので効果はわからなかったようだ。そこはある意味助かったところかもしれない。


「昔の英雄の記録の通りですか……。ソウシさん、さすがにこれもグランドマスターには伝えなければなりません」


「そこは任せる。さすがにメカリナンの侯爵にもバレてたみたいだから隠せないだろうし」


「わかりました。ところでその侯爵というのは例のラーガンツ侯爵ですか?」


「かなり鋭い人でね。さすがという感じだった」


「メカリナンでなにがあったのかは詳しく聞きたいものじゃのう。オーズにも関わることであるしの。もちろん『異界の門』の中のこともじゃ」


 シズナの言葉に応えて、俺は自分が経験したことを一通り話して聞かせた。


『異界』と『悪魔』、リューシャ少年を運んだこと、侯爵軍に参加し王都を落としたこと、そして『リッチレギオン』を呼び出したイスナーニという男と『冥府の燭台』、改めて並べると情報の洪水である。


 皆は納得したり驚いたり呆れたりとさまざまな反応をしながら聞いていたが、話し終わると一様に「はぁ」と溜息をついていた。


「ソウシのことだからどうせいろんなことをやってくるんだろうとは思ってたけど、想像を軽く超えてきたわね」


 ラーニの呆れたような口調に、スフェーニアが深く頷いた。


「本当ですね。『異界』の様子もとても興味深いですけど、メカリナン国の英雄にまでなってしまうとは。フレイではありませんが、さすがとしか言いようがありません」


「でもその場に一緒にいたかったな~。ソウシを見て兵隊が降伏するところとか面白そうだし」


「そんなに楽しいものじゃないぞ。戦場だから皆必死だしな。たださすがに今回は自分もやり過ぎたとは思ってる。この話が知られたら結構面倒なことになりそうだ。マリアネ、内戦に参加したこと自体は問題あったりしないか?」


「ギルドの規約にも抵触しませんし、お話ですとメカリナン支部のマスターを助けた形になりますから、むしろギルドとしても褒賞を出さないといけない話です。ただメカリナンの王位交代に関わったこと、そして一人で王都の城壁を破ったことなどは知られると貴族や王家に警戒心を持たれるでしょうね」


「しばらくは大人しくしていた方が身のためか」


「それは無理じゃのう。ガルオーズに戻ったら先日の『悪魔』の件でも『ソールの導き』は大々的に称揚されることになるであろうし。なにしろ『精霊女王の遣い』の活躍じゃからのう」


「ああ、それは仕方ないか……」


 褒賞についてはお金やら勲章やらをもらえる程度ならいいのだが、地位や領地などと言われると断るのが面倒である。そもそも断っていいのかどうかさえ怪しいのだが、とにかく冒険者を続けることだけは譲らないつもりだ。


「……ううん、ソウシさま……」


 俺の腕をぎゅっと抱きしめてフレイニルが寝言をもらす。俺はその頭を撫でながらスフェーニアとマリアネの方を見た。


「ところでさっき言った『冥府の燭台』という言葉について知ってることはないか?」


「いえ、私は聞いたこともありません」


「ギルドマスター以上の知識は私にもありません。グランドマスターには報告をしますので、その時に話が聞けるかもしれません」


「そうか。メカリナンが変わるのはいいんだが、また面倒が増えたような気もするな」


 俺が嘆息すると、マリアネも同じ意見だったようで深く頷いた。


「そうですね。『悪魔』に『黄昏の眷族』、それに『彷徨する(ワンダリング)迷宮(ダンジョン)』にモンスター出現数の増加。不穏な話が複数持ち上がっているところに今回の『冥府の燭台』の話ですからね。この情報が広まれば、グランドマスターも各国のトップも少し騒がしくなるのではないでしょうか」


「だろうな」


 改めて並べられるとこの大陸は大丈夫なのかと不安になる。しかもそのすべてに関わってしまっている以上、俺たち『ソールの導き』もそれらに無関係ではいられないだろう。それに対して今できるのはやはり強くなることしかない。


 ……なんか久しぶりにこの結論に至った気がするな。冒険者になったばかりのころを思い出す。


 とちょっとだけ昔を思い出していると、ラーニがまた俺の肩の匂いをスンスンと嗅いできた。


「ところでやっぱりソウシのこのあたりから女のニオイがするんだよね。しかも発情した女のニオイ。これってどういうこと?」


 その唐突な言葉に、馬車の中の空気がいきなり張りつめた。フレイニルが目を覚まし、ほかの4人の視線から温度が失われていく。


 とはいえ一番驚いたのは俺自身だ。まさか2日前の匂いまで分かるとは思わなかった。しかし「発情した女」というのはさすがに失礼だろうと思うが。


「ああ、それは多分侯爵のもの……かな」


「侯爵? まさかラーガンツ侯爵というのは女性だったのですか?」


 スフェーニアが顔を近づけてくるが、無表情なのが逆に怖い。


「そうなんだ。実は……」


 下手に隠すとメンバーの信用を失う気がしたので、2日前の夜にあったことはすべて話した。たださすがに「側室でもいい」と言われたのは当の侯爵に失礼になるので言及はしなかったが。


 話自体は一応納得はしてもらえたようで、張りつめていた空気は多少ゆるんでくれた。


 スフェーニアの無表情も硬さが取れたようだ。


「なるほど。侯爵としてはソウシさんを手の内に入れておきたいという狙いもあったのかも知れませんね」


「そういうことだとは思うんだが……」


 とは言ったものの、彼女が「側室でも構わない」とまで言ったことを考えると感情面の理由も大きいような気はする。そういえば貴族家の当主が側室というのはありえない気もするが……下手に聞くと藪蛇になりそうだな。


「お断りしたのであれば大丈夫でしょう。ソウシさんにもその気はないのですね?」


「冒険者をやめるつもりはしばらくはないし、誰かを妻になんていうのは今のところは考えてない」


 俺が断言すると、今度はラーニが顔を近づけてきた。


「それならいいけど。ソウシは私たちにとってすごく大事な人間なんだから、そういうのは勝手に決めないでね」


「ああ、前にも言ったがパーティは家族だと思っている。皆に黙ってそんなことは決めないさ」


 そう言うと、俺の顔をじっと見上げていたフレイニルが小さな声を出した。


「私はなにがあってもソウシさまについて参ります。ソウシさまに要らないと言われても、それでもついて参ります」


「大丈夫だ、フレイを要らないなんて絶対言わないから。だから安心してくれ」


 頭をなでてやると、フレイニルは安心したようにまた腕に抱きついて眠り始めた。


 その後馬車が小休止するまで、パーティメンバーはまた俺の周りにくっついたまま離れなくなった。マリアネはともかく他はまだ日本では未成年といえる年齢だから仕方ないのだろう。彼女らに頼られるのは嬉しい反面、おっさんとしてはその分気を使うこともさらに増えそうだ。

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