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14章 魔の巣窟  18

 翌日から王都へ向けての行軍となった。


 この手の戦では戦いそのものよりも行軍のほうが大変である、などと歴史の授業で聞いた覚えがある。


 幸いなことに大部隊でも3日ほどで着く距離らしい。冒険者である俺は体力的にはなんの問題もないのだが、ドゥラック将軍麾下(きか)の軍は3日かけて来たと思ったらそのままとんぼ返りで王都攻略というブラック遠征になる。


 正直大変だろうと多少の同情をしながら歩いていたら、将軍自らが騎馬に乗って俺のところにやってきた。


「ソウシ殿、少々話がしたい。よろしいか?」


「ええもちろんです。ドゥラック将軍閣下」


「閣下はやめてくれ。しかしそうして歩いていると普通の冒険者にしか見えんな」


 将軍は馬を降り、(くつわ)を取りながら俺の横に来る。


「これでも普通の冒険者のつもりなのです。多少力は強くとも、中身は見た目通りの商人くずれですから」


「普通の人間が、いくら腕に自信があるとはいえ軍勢のただ中に単騎で割って入り大将を捕えたりするものか。あの勝ち名乗りも堂に入っていたではないか」


「いえあれは……本で読んだものを真似ただけで。お恥ずかしい限りです」


 そう言うと、将軍は目を細めて笑った。


「ふははっ、恥ずかしいことなどあるものか。あれが恥ずかしいなどと言われたら、投降した我らこそ滑稽ではないか」


「ああ確かに。申し訳ありません」


「昨日も言ったが、貴殿には感謝の気持ちしかない。誰もが望まぬ戦いであったし、誰もが己の正義を信じられぬ戦いであった。そんな戦いで犠牲者がほぼ出なかったというのは僥倖(ぎょうこう)と言うよりほかはない」


「私は戦に関しては素人ですが、兵の士気は低いように感じられました。すぐに投降したのもそのせいでしょうか」


「恥ずかしながら、それがし自身が兵の士気を高めることができなかったというのもある。今回はそれがいい方に出たというのも皮肉と言うしかない。もっとも貴殿の鬼神のごとき姿を見れば、どれだけ士気があろうと同じであったと思うがな」


「鬼神などと言われるのは自分でも恥ずかしく思うばかりです。あの時はなにも考えずに前に進んでいただけで、兵のありかたとしては失格だったと後で思いました。やはりモンスターを相手に戦っているだけの冒険者です」


「侯爵閣下も冒険者にそこまでの連携など期待してはおるまいよ。むしろ将にとって冒険者の兵に期待するのは、貴殿がしたような単騎での敵将討ち取りであるしな」


「それならいいのですが。それより将軍の兵たちは大変ではありませんか? 3日かけてこちらまで来て、一戦してさらに戻って王都を攻めるというのは相当に重労働だと思いますが」


「本来ならな。しかし今は王都を出る時より士気がはるかに高まっているのだ。残念ながら、今の国王陛下のやりようには誰もが不満を抱いている。自らの家族を奴隷に落とされた者も少なくはない。兵の待遇も悪くなった。もはや誰もが王の交代を望んでいる状態だ」


「それほど酷いのですね」


「うむ。ここだけの話、ジゼルファ王は公爵の時から苛烈な野心家だと世に知られていた人物なのだ。即位する時も色々と裏ではあってな。多くの者が闇に葬られたりもしている」


 将軍はそう言うと、目元を厳しく引き締めた。


 しかしジゼルファ王は聞けば聞くほどろくでもない人物のようだ。いくらなんでも自らの寿命を縮めるほどの悪政を敷くのは愚かとしか言いようがない。普通なら側近が止めるだろうと思うのだが、諫臣(かんしん)も排除したということだろうか。


「ともかく城壁を破って中に入りさえすれば、守りの兵もすぐに投降するであろう。王都の民も侯爵を両手を挙げて迎え入れてくれるであろう。問題はその後よ」


「王が王城に立て籠もった後の話ですね。時間をかけすぎるとジゼルファ派の貴族が援軍を送ってくるという」


「うむ。まあもっとも城下さえ押さえてしまえば城内の者たちが呼応して投降するとは思うのだがな。投降しなければ貴殿の一撃を城門に食らわせてもらいたい。それで目が覚めるであろう」


「分かりました。ところで将軍には家族などもいらっしゃるのではありませんか?」


「そうだな。兵たちにも家族はいる。それが何か?」


「いえ、もしや人質にとられることがあるのではないかと思いまして」


 その言葉には、将軍は首を横に振って答えた。


「気にしないで欲しい。将軍の妻と子となれば、そういったことからは逃れられぬ。我らは国と民の為にある、優先すべきは己が身ではない」


「将軍……」


 そう言った時のドゥラック将軍の顔は、(いわお)のようにも見えた。その表情を見ては、俺もそれ以上の言葉をかけることはできなかった。もと現代日本人の俺では到底理解の及ばない覚悟を持っているようだ。


 しかしジゼルファ王が話通りの人間なら、将軍の妻子を人質にするくらいは平気でやりそうな気もする。そういうのは見てて気持ちのいいものではないし、なんとかできるならしたいものだ。




 行軍を開始して3日目昼過ぎ、街道の向こうに長い城壁が見えてきた。


 以前見たときと同じ、非常に堅固そうな背の高い城壁である。手前には堀もあり、正面から攻めるのは素人目に見ても困難だろうと感じられる。


 当然こちらの動きは察知しているのだろう、城門は固く閉ざされ、跳ね橋は上げられて来るものを厳しく拒んでいる。城壁の上には多数の兵の姿も見え、大型の機械式の弓(バリスタ)や、投石機(カタパルト)の類もあるようだ。


 魔法のある世界だが、強力な攻撃魔法を使えるのは冒険者だけである。当然そういった兵器も拠点にはあるわけだ。一方で侯爵軍も投石機や大型の破城槌などもひいてきてはいる。が、これは俺の働きによっては使う機会はないだろう。


 侯爵軍は王都から1キロほど手前で進軍を止めると、そこで陣を敷き始めた。


 決戦は明日朝からだ。その夜本陣で最終の軍議が行われた。すでに今回の戦のキーマン兼人間攻城兵器だと思われている俺は当然のように参加している。


 リューシャ少年、アースリン氏やドゥラック将軍、その他幕僚が集まると、侯爵はテーブルの上にある簡易の王都見取り図を前に話を始めた。


「皆ここまでの行軍ご苦労だった。明朝より王都奪還の戦いを始めるが、戦の方針を確認したい。まず此度の戦いは短期決戦で行う。ジゼルファ派の貴族の軍が近づいているのは以前も言った通りだが、早ければ3日後には王都近くまで来るはずだ。とすれば、我らは遅くともその時までに王都を奪還し、防衛戦に備えねばならん。非常に厳しい戦いとなる」


 侯爵が言葉を切って、幕僚たちを見回す。


「王都の守備兵は4万、冒険者くずれの兵もどれだけいるか分からぬ上に、アンデッドの召喚石も使ってくるだろう。それに対してこちらは6万、冒険者は200、兵力有利とはいえ絶対的ではない。本来ならば早期に落とすのはほぼ不可能だ」


「王都の城壁は非常に堅固ですからな。一気に落とすなら3倍の兵でも足りぬでしょう」


 ドゥラック将軍の言葉に侯爵も頷いて見せる。


「その通りだ。だが今回は、そういった戦場の常識を覆せる者がこちらの陣営にいる。彼の働きによって早期に決着をつけることも可能だろう」


 侯爵はそこで俺に目を向けた。他の幕僚たちも俺を見てくるが、新たに合流した他領の関係者が疑わしそうな顔をしているのは仕方ないだろう。リューシャ少年の瞳だけはやたらとキラキラしているが。


「ソウシ殿、貴殿が明日どのように動くか、もう一度確認したい。話してもらえるか」


 侯爵に促され俺は説明をはじめた。と言ってもこれは行軍中の軍議ですでに決定していることである。


「明日侯爵閣下の戦名乗りが終わったところで、私が一人で城門そばまで向かいます。堀を『アイテムボックス』内の木材などで埋め立てて渡り、城壁の一部を破壊、内部に入り城門を解放、跳ね橋を下ろします。私はそのまま王城へと向かって進み、王城を囲む第二城壁も破りたいと思います。その後余裕があれば城内も制圧しますが、そこまで私がやってもよろしいかはご判断にお任せします」


 一気に話すと、幕僚たちは腕を組んで首をかしげたり唸ったりしている。


 正直自分も首をかしげたいのだが、冷静に自分の能力を分析しても十分どころか余裕で可能な作戦行動である。


「ソウシ殿、もし城門前にアンデッドや冒険者くずれが現れても問題はないか?」


「前回と同じ程度ならなんの問題もありません。むしろ気になるのは、相手方が街中にアンデッドを放ったりしてこちらの軍の足止めをしてくることでしょう」


「ふむ。そこは冒険者に対応してもらうしかないな」


「侯爵閣下、街中にアンデッドが現れたとなれば、その駆逐は冒険者ギルドに依頼が可能なはずです」


 アースリン氏の指摘に侯爵も頷く。なるほどそういうことも可能なのか。


 そういえば王都のギルドマスターのダンケン氏もどういう状況なのかも気になるところである。こちらに呼応して動いてくれるといいのだが。


 その後一通りの打ち合わせが進み、1時間ほどして軍議は終了となった。幕僚たちはそれぞれのテントへと戻って行く。


 俺も自分のテントに戻ろうと席を立ち、出口に向かったところで侯爵に呼び止められた。


「ソウシ殿、明日の戦いの趨勢(すうせい)は貴殿の活躍いかんにかかっている。いつの間にか貴殿に頼る形になっているのは申し訳ないと思うが、どうかこの国のためによろしく頼む」


「私は冒険者ですので、受けた依頼は最大限の力で遂行いたします。私にとってパーティとの合流は大切なことですから、その意味でも必ず作戦は成功させますよ」


「うむ、そうか。しかし貴殿ほどの男にそこまで言わせるとは、パーティの面々を少しばかり羨ましく感じるな」


「家族みたいなものですからね。もっとも彼女たちがどう思っているかは分かりませんが」


「む、その言い方だとまだ情を通じているわけではないのだな?」


 真面目な顔をしていた侯爵が、ふと口の端で笑った。


「情を通じる」というのは「男女の関係になる」という意味だろうが、もちろんそんな覚えはない。


「ええ、彼女達とは年も幾分か離れておりますので。どちらかというと親子みたいな感じでしょうか」


「ふふ、向こうもそう思っていれば良いのだがな。ときにソウシ殿は、女性はやはり若い方が好みか?」


「は……?」


 いきなり予想外の質問をされて言葉に詰まってしまった。美人の女性侯爵にそのようなことを言われると男としては勘違いもしたくなるところだが、身分が違うのだからそういう意味ではないだろう。そもそも侯爵も十分若いのであるし。


「……年齢でどうということはありませんが、もちろん年齢が近い方がなにかと気が楽と思います。ただ冒険者になってまだ日も浅く、そういったことを考えるのはもう少し後になりそうです」


「なるほど、まずは冒険者として身を立てて、か。済まなかったな妙な事を聞いて。いい話が聞けてよかった。明日はよろしく頼む」


「はい、では」


 別れ際、侯爵が少し熱のある目を俺に向けていたような気がしたが、気のせいだろうと思い直す。どうも先ほどの意味深な問いの影響がまだ残っているようだ。この歳になって女性の言葉に惑うようでは不惑が聞いて呆れるというものだ。


 しかし戦いを前にして、随分と心に余裕があるのが我ながら恐ろしい。いったい俺はどこに向かおうとしているのか。やはり自分にはそばで見てくれる仲間が必要なようだ。

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