13章 オーズへ 10
翌日は午前中にEクラスのダンジョンを踏破した。
全員が耐性スキルを手に入れたが、シズナが新たに『暑気耐性』というのを得たのがちょっと気になった。この大陸にももちろん四季があるらしく、今は春に当たる季節らしい。クーラーという文明の利器に慣れた身としては、『暑気耐性』は夏になるまでには是非手に入れたいスキルである。
さて街に戻ってギルドに入ると、ロビーに少し物々しい雰囲気が漂っていた。50人ほどの冒険者がいるのだが、少し騒がしい感じがするのだ。
俺はちょうど目に付いた虎獣人の美女カルマを呼び止めた。
「カルマさん、ちょっと物々しいようですがなにかあったのですか?」
「ああソウシさんか。国境の方で妙なモンスターが現れたっていうんで、さっき緊急討伐依頼がでたのさ。報酬は悪くないんだがどうもモンスターのランクが高そうでね。どのパーティも出るかどうか悩んでるってところさね」
「どんなモンスターなんでしょう」
「死体を張り合わせたようなゴーレムだって話だね。以前戦争やってた時に現れたことがあったらしくて、その時の話だとBランクはあるらしいよ」
「えっ、それって……」
カルマの話を聞いてラーニが俺を見る。もちろんフレイニルもスフェーニアもだ。皆思い出すのは同じのようだ。エルフの里を襲ったあのワニ型巨大ゴーレム。確か『死体使いのマゼロ』とかいう男が使役しているという話だった。
「マリアネ、その依頼俺たちで受けられるか?」
「お待ちください」
マリアネがカウンターに行って台帳を借りてくる。
「まだ誰も受けていませんね。確認されたモンスターは5体、いずれも四足歩行の巨大なものです。すべてBランクとして、我々の戦力を考えればもう1パーティくらいはいた方がいいでしょう」
「ふむ……」
正直あのワニ型ゴーレム5体なら俺たちだけで十分な気もするが、マリアネの意見には従ったほうがいいか。イレギュラーがないとも限らないのだし。
俺がちょっと考え込んでいると、カルマが顔を覗き込んできた。
「もしソウシさんが行くならアタシらも行くよ。Bランクパーティが2つならなんとかなるんだろ?」
「それはありがたいですね。よろしくお願いします」
というわけで突発的なイベントに挑むことになってしまったが、今回はそれもやむなしだろう。例のゴーレムが出現したということは恐らくメカリナン国が裏にいるはずだ。エルフの里の一件では無辜の民を犠牲にしようとしていた奴らだし、こちらに力があるならさっさと潰してしまいたい。緊急の依頼となれば昇格のポイントも稼げるだろうしな。
メカリナン国との国境はガルオーズの東にあった。距離としては歩いて7日くらいかかるくらいらしい。
国が出した緊急依頼ということで高速馬車が貸し出され、『ソールの導き』と『酔虎』は2台の馬車で目的地に向かった。ちなみに馬車を曳いているのは土でできた『精霊』の馬で、疲れることなく1日中走ることが可能だとか。
国境までの道はかなり整備はされており、今乗っている感覚だと時速50キロくらいは出ていそうだ。正直なところこの世界においてこのスピードで走る車両と言うのはそれだけで驚異的なはずだ。
馬車には板ばねのサスペンションらしき機構もあり、車輪も外周にゴムのような素材が巻かれていて乗り心地も思ったより悪くない。といっても気を抜くと舌を噛みそうにはなる。
「この馬車はすごいな。この技術だけで他国に狙われてもおかしくないんじゃないか」
俺が感想を漏らすと、シズナは胸を反らして鼻息を荒くした。
「そうであろう。この高速馬車はオーズ国の自慢の一つじゃ。もっとも自慢する相手もおらぬし、自慢したところでソウシ殿のいう通り面倒が増えるだけじゃろうがのう」
「他国と国交を持たない理由もその辺りにあったりするのか?」
「そうじゃの。オーズの『精霊』を扱う術は国の礎じゃからのう。『精霊』を使える人間が他国に出るのを危ぶんでいる面はあるじゃろうな」
「確かにこの技術はかなり有用だな。もしかしたらメカリナンもそれを求めて国境線を脅かしているのかもな」
「実はそこも問題になっているのじゃ。兵士の中にも農家の中にも使い手はおるのじゃが、度々行方不明になったりもしているようでのう」
「前にさらわれるって言ってたやつ?」
ラーニが聞くと、シズナはため息交じりに「そうじゃの」と頷いた。
少し話が途切れたところでスフェーニアが俺を見て言った。
「ところでソウシさん、今回のゴーレムの出現についてはなにか裏があるとお考えですか?」
「情報がなさすぎるから現地に行ってみないとなんとも言えない。ただスフェーニアの言う通りなにか裏はあるだろうな。もし今回の件の裏にメカリナンがいるとして、単に出自不明のモンスターを出しただけではあまり意味はないしな」
「そうですね。砦を破るつもりならもっと戦力を出すでしょうし。可能性があるとすれば、エルフの里での時のように誰かに罪をなすりつけることでしょうか?」
「どうだろうな。同じ手を使うのはさすがにない気もするが……。シズナはなにか気付かないか?」
「メカリナンとの国境線では挑発行為など日常茶飯事じゃからのう。アンデッドをけしかけたり兵を近くまで進ませたり、とにかく常に何かをしておる」
「それは結局オーズ国が戦争を仕掛けるのをあおっているということか?」
「大神官たちの話によるとそうじゃな。メカリナンは度々飢饉などに見舞われてているようで、昔からオーズの土地を欲しがっているのじゃ。しかしメカリナンとの国境の砦は守るに易く攻めるに難い場所なんじゃ。じゃから向こうとしてはなんとかオーズを引きずり出したいんじゃろうな」
なるほど、メカリナンとしては難癖つけてオーズに攻め込みたいが、そもそもオーズは国交がないから難癖のつけようもない。そこで嫌がらせをしてオーズが激発するのを待っているというわけか。やり方が子どものケンカっぽいが、国家間でもそのようなやりとりは普通にあり得るんだよな。
「そうすると今回もその挑発行為の一環か。それにしては少し派手過ぎる気もするが」
「メカリナンが本腰を入れてきたということでしょうか?」
スフェーニアがそう言うと、フレイニルが心配そうな顔を俺に向けた。
「本気なら『死体使いのマゼロ』なんて裏の人間は使わずに表立ってやるんじゃないかな。そう考えると……ありえるのは陽動……か?」
「陽動、ですか? 耳目を国境線に集めて別の場所でなにかをすると?」
「あくまで可能性だけどな。まあ大巫女様たちも注意はしているだろうし、こっちはゴーレムを討伐することに集中しよう」
俺がそうまとめると、マリアネが頷きつつ言った。
「冒険者はまず依頼を達成することが重要です。しかしソウシさん、もし『死体使いのマゼロ』が現場にいるのであれば、ギルドとして彼を捕縛することをお願いしたいのです」
「なぜ?」
「マゼロも冒険者なのです。彼が今回の件に関わっているのであれば、冒険者カードの記録を確認し、相応の対応をしなければなりません。もちろん彼が賊としてこちらに害を加えてくるのであれば最悪討伐してしまっても構いませんので」