12章 王都にて 11
控えの間に戻った俺たちは、全員が少し疲れたような顔になってソファに背をもたれていた。フレイニルさえそうなのだから、やはり公式な場での謁見というのはかなりの精神力を消耗するらしい。
そんな俺たちを見て、レイロット氏が「皆様お疲れ様でございました」とねぎらいの言葉を口にする。
「この後褒賞をお渡しいたしますが、皆様はしばらくこちらでお休みください。それとソウシ殿、申し訳ございませんが私と共に陛下の元へお願いいたします」
「わかりました」
これも事前に知らされていたことだが、国王陛下ご自身が俺と直接話をしたいということであった。恐らくフレイニルの件と例の依頼の件の話がでるのだろうが、正直俺としては下腹にキツいシチュエーションではある。
レイロット氏に案内されて廊下を進んでいくと兵士が守っている扉があった。
そこが目的の『会談の間』だと思われたが、扉の前まで行くと兵士がレイロット氏に「先ほど教会の枢機卿様がお入りになられました」と伝えてきた。
「予定にはなかった来客のようですね。申し訳ありませんが少しお待ちください」
レイロット氏がそう言うので扉の横で待つことにする。と、聴覚スキルレベルの高い俺の耳に部屋の中の声が聞こえてきた。マズいとは思いつつ、つい聞き耳を立ててしまう。
「……陛下、姫様は『エリクサー』を手に入れられたのでございましょうか」
「いや、すでに売れてしまった後であったとのことだ。枢機卿の情報は確かだったのだが運がなかった」
「なんと、それは不運な……。売った相手はお分かりにはならなかったのですか?」
「うむ。どうやらどこかの商人が買っていったようで、そちらは今調べさせているところだ」
「なるほど、承知いたしました。我々も全力をあげて探しておりますゆえ、今しばらくお待ちください」
「教会の協力は嬉しく思う。よしなに頼む」
「ははっ、お任せくだされ」
そこで会話が途切れ、扉が開くと一人の男性が部屋から出て来た。
白と青の法衣に身を包んだ、やや肥満気味の男である。年齢は50前後だろうか、ドジョウのような髭を鼻の下にのばした、いかにも胡散臭そうな風体の人物だった。「枢機卿」と言えば教会でも教皇に次ぐくらいの地位にいる人間のはずだが、どう見ても詐欺師の類にしか思えない。
彼はこちらを興味なさそうに一瞥すると、そのまま早足にその場を去っていった。
枢機卿が去った後の室内から、さらに会話が漏れ聞こえてくる。
「……全力をあげて探すなど、陛下に対して見え透いた嘘を申すものですな。すでに手に入れていると我々が気付いていないと思っているのでしょうか」
「奴らの考えは分かっているが、今は奴らに頼るふりをするしかあるまい。なんとか別の方面から手に入るといいのだがな」
「件の情報も怪しいものです。わざわざ一度陛下に知らせたのは歓心を買うためでありましょうが、姫様に無駄足を運ばせるなど不敬にも程がありましょう」
「ふむ。奴らが薬を持ってきたときどう対処すべきか……。対価が『王家の礎』を利用したい程度ならまだいいのだがな」
国王陛下と側近のやりとりなのだろう。どうやら『エリクサー』に関係して王家と教会の間になんらかの綱引きが行われているようだ。雰囲気としては教会が何らかの意図をもってエリクサーを取引の材料にしようとしているとかそんな感じだろうか。
さて、俺はどうすべきなのか……という考えは、レイロット氏の「お待たせいたしました」の声で中断された。
促されて室内に入ると、そこには4人の人間がいた。
一人は一目見て国王陛下とわかる威圧感を備えた中年男性だ。茶色の髪を後ろに撫でつけ、口元には切りそろえられた髭をたくわえている。
その横には先ほど介添えをしていた男性が座っている。グレーの長髪を背に流した美形の壮年男性である。
恐らく先ほどの会話はこの二人のものだろう。
国王陛下の後ろに立つのは『覚醒者』と思われる護衛騎士二名、一人は先日会ったばかりの美青年ハーシヴィル卿、そしてもう一人は身長ほどもある杖を携えた魔人族の妙齢の美女であった。うっすらと青い肌、そして背で三つ編みにしている緑がかった黒髪がどことなく異国情緒を醸しだしている。
「ソウシ殿、よく参られた。まずはかけてくれたまえ」
「失礼いたします」
国王陛下の言葉に従い、対面の椅子に座る。
「まずは『黄昏の眷族』を討伐してくれたこと、再度礼を言おう。貴殿がいなければ相当の被害が出ていたであろう」
「は。私としましては冒険者の務めとして対応をしたのみでございますが、陛下の御為になったのであれば幸甚に存じます」
「うむ。余にとっても、また国民にとってもまことに幸運な話であった。しかし話によると貴殿は一人で、しかも無手で『黄昏の眷族』と戦ったということだが、それはまことなのか?」
「はい。『黄昏の眷族』は多数の冒険者を人質にとり、無手でなおかつ1対1の戦いを強いてきたのです」
「先方が望んだというのか。『黄昏の眷族』とはまことに理解の及ばぬ存在のようだな。しかし相手が望む形で戦いに臨み、その上で倒してみせるとは、貴殿はよほどの強者ということであろう」
「結果としてはそのようになるのかと思います。未熟者ゆえ己の力を測りかねているところでございますが」
「その言いようからして、ロートレック伯爵やバリウス子爵から聞いていたように貴殿は見識の高い人物のようだ。貴殿がアルマンド公爵令嬢を見出してくれたのは幸いであったな」
「彼女に関しましては私もパーティに加わっていただいたことをありがたく思っております」
「ふむ……」
そこで国王陛下は微妙に眉を寄せた。
フレイニルについては王家としても扱いは微妙なところだろう。『覚醒』した者は貴族であっても一度は冒険者になることが義務付けられている。とすればフレイニルの現在の状況は特に問題があるわけでもない。そもそも公爵家がフレイニルを追い出してそれでよしとしている以上、王家であっても強く口出しができるものではないはずなのだ。
「彼女については我が娘も非常に気を揉んでいてな。ただ正確な情報が公爵家からも届かずどうにもならぬところであったのだ。それに関しては先日は貴殿に失礼な態度をとってしまったようだ。だが、娘も公爵令嬢は妹のように可愛がっていたので、その気持ちを汲んで許されたい」
「許されたい」という言いようは尊大にも取れるが、国家の代表たる国王が内々であっても謝罪をするというのは許されないのだろう。むしろ姫君の失態を認めただけでも大きなことなのは間違いない。
「は、姫殿下のおっしゃりようはもとより当然のことと思っております」
「貴殿の度量の広さに感謝する。さて話を戻すが、貴殿であれば本日の儀が単に褒賞下賜だけの目的で催されたものでないと分かっているであろう。『黄昏の眷族』を討伐した英雄、そして元公爵令嬢、ハイエルフに獣人族の長の娘……これほど政治的にも利用価値の高い冒険者はそうはいない。それは理解しているであろうな?」
「多少は」
「故に我らとしても、早急に貴殿らが王家の認識下にあると示したかったのだ。無論それは貴殿らの冒険者としての活動を阻むことを意味せぬ。そのような行為はギルドとの協約上できぬことになっておるしな」
「は」
「ただ今後活動をするに当たっては、そういった政治的な部分を意識してもらいたいのだ。貴殿ら『ソールの導き』は好むと好まざるとに関わらずすでに注目されている。いずれかの勢力につくとなれば相応の軋轢も生じよう。くれぐれも注意をしてもらいたい」
「承知いたしました。私自身しばらくは一冒険者として活動をするつもりでおります」
「うむ、そうするがよかろう。さて、本日貴殿をここに呼んだのは、それを伝える以外にいくつか依頼をしたいことがあったからなのだ。ジュリオス」
国王陛下はそこで横に座る介添えの男性に目を向けた。介添えと言ったが国王の横に座るからには相当上位の人物だろう。
指名された介添え……ジュリオス氏は一礼して口を開いた。
「私はジュリオス・カルカサンド。この国の宰相に任じられているものです。以後お見知りおきを」
「ソウシと申します。よろしくお願いいたします」
なんと、俺から見ればまだ若者の範疇に入りそうな見た目でありながら宰相閣下とは。国のナンバー2となれば能力だけでなく、人望やコネやその他さまざまな政治的な力も必要になるはずだ。それをこの若さで持っているということはそれだけで恐るべきことである。
「依頼については私から説明をさせていただきます。まず一つは、とある人物の護衛を依頼したいのです。送り先はオーズ国の首都ガルオーズ。恐らくソウシ殿はその人物に覚えがあるかと思いますが」
「オーズ国のシズナ様でしょうか。一度護衛をいたしましたが」
「その通りです。彼女はオーズ国の支配階級出身の冒険者なのですが、一度オーズ国の首都までお帰りいただくことになりました。しかし国交のない国ゆえ、国の使節団を送ることもできません。そこで冒険者である『ソールの導き』に依頼をしたいのです」
「冒険者であればオーズ国に入れる、ということですね」
「そうです。さらに言えば、『ソールの導き』を指名したのは当のシズナ様本人なのです。送らせるならソウシ殿のパーティにせよとの強い要望でして」
シズナ嬢には快適な旅を体験してもらったから恐らくそのせいだろう。ウチの女性陣とも仲がよくなっていたようだし長旅となれば指名するのも分からなくはない。しかしそこで無理を言えるのはなかなか肝が据わっているというか……。
「そしてもう一点なのですが、ソウシ殿が冒険者としてどれほどのお力をお持ちなのか、その一端だけでも我々に示していただきたいのです。『黄昏の眷族』を討伐するのにいったいどれほどの力が必要なのかという情報は、国を守るうえでとても重要な意味をもちますので」
「示すというのは、どのようなことをすればよろしいのでしょうか」
俺の問いに答えたのは国王陛下だった。
「貴殿も知っていることと思うが、この城の地下には『王家の礎』と呼ばれるクラスレスダンジョンがある。ここにいるハーシヴィル卿とメルドーザ卿とともにそのダンジョンに入り、モンスターを相手にすることでその力を見せてもらいたいのだ。入るのは5階まで、ダンジョンで得たものはすべて貴殿のものとしてよい。いかがかな?」