麻薬商人3
※少々性的な描写あり
安物の服を着た町人風の若い男が、これまたどこにでもありそうな薄暗い家屋の中で酒を飲んでいた。行燈の光が淡く室内を照らしているだけなので、外にも光は漏れておらず、さらには防音の札も貼っているので、傍から見ればここには誰も居ないように見えるはずだ。警備役人の目を欺くために整えたこの家は、今まで誰にも怪しまれることなく、安全な隠れ家として機能している。ここを知っているのは、信用のある友人三人だけだ。
一升瓶をそのまま豪快に飲むせいで、口の端から酒がこぼれる。雑に拭い、手についた酒を服に擦り付けた。金のない頃は町の酒場で安酒を飲んでいたが、今では町人では普通手に入らないほど高級な酒を水のように飲むようになった。全ては『ハゼボシ』を作り出したおかげである。
「おい、まだかよ」
目の前で怯えている少女を舐めるように見つめる。服はボロ布で、体も汚れているが美人と言えるほどには顔の整った少女だ。
「両親に売られたお前を俺が買ったんだよ。お前は俺の所有物になったんだ。その意味が分かるな? もう生きるも死ぬも俺次第なんだよ。分かったらさっき言った命令に従え。それとも痛い目を見たいのか?」
ブルっと少女が震え、おずおずと自分の着物の襟に手をかけた。先程少女は男にある命令をされていた。服を脱げ──と。
「ほら、早く」
男がドスの効いた声で急かす。少女が目に涙を浮かべながら着物を脱ぐと、男は嬉しそうに手を叩いた。
「ふはははっ、いいね。いい体だ」
行燈の光が少女の白く、丸みを帯びた裸体を照らす。恥じらい涙目の少女が、男には余計官能的に見えた。
「この前のはすぐ飽きたからな。お前も捨てられたくなかったら、俺に飽きられないよう頑張るんだな」
男はまるで自分が支配者にでもなった気分だった。しかし、ついこの前まではただの町人だったのだ。転機が訪れたのは、半年前。
男には嫌いな商人仲間がいた。自分の方が裕福だからと男をいつも馬鹿にし、男の店に悪評をたてたりしていた。身体に醜い脂肪をつけ、嫌な匂いがしそうな汗を滲ませているくせに金のおかげで、若く綺麗な女と遊ぶことができる。その商人仲間はそんな姿をわざとを見せつけ、気持ちの悪い笑みを浮かべて男を見下す。男だけでなく周りの町人にも嫌われているようなヤツだった。我慢できなくなり、ある時男はその商人仲間に毒を盛った。「ホシノソウ」と呼ばれる毒のある雑草の花を乾燥させ、粉末にし、こっそりと昼食の握り飯にふりかけたのだ。結果、その商人仲間はそれだけでは死ななかったが、その時意識を朦朧とさせながら、酔いしれた顔で毒のかかった握り飯を求めている様子から、男は「ホシノソウ」が麻薬になれると知った。
商人仲間に繰り返し毒を盛ることで実験を繰り返し、ソイツが死んだころに『ハゼボシ』は完成した。麻薬は取り締まりが厳しいので、友人を介して仲介屋を雇い、そして売人に売らせ、警備役人に自分のことがバレないままここまで稼ぐことが出来た。
「ほら、こっちに来い。いい反応期待してるぞ」
少女を手招く。これまでも何人もの少女を買い、楽しんできた。半年前までは人身売買など許せないことであり、人を人として扱わない金持ちを恨んでさえいたはずだったが、男は金を手にした途端に少女達をモノとして見るようになった。男の頭の中は、少女のことも、「ハゼボシ」で不幸になった人のことも少しも考えていない。金という権力を振りかざして、己の欲のままに少女を食い尽くし、『ハゼボシ』でさらなる富を得ることしか見えていなかった。