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化け狐

「それでは、ごゆっくり」


千代が去り気配が無くなると、男は背負っていた風呂敷を畳の上に降ろした。万が一に備えて襖を開け、外に誰もいないことを確認する。ここの宿は良心的なようで、壁には防音効果のある札が掛けられているため、話し声が外に漏れることはない。このように客室に札が使われている宿は、栄えた町特有のものだ。


「もういいですよ」


誰かに見られる心配はないと判断し、風呂敷に声をかけた途端、それはモゾモゾと生き物のように動き、煙を放った。


「あー疲れた疲れた。飯をよこせ」


煙が晴れると、風呂敷だったものは仁王立ちする珍獣へと姿を変えていた。それは小麦色の毛皮を纏い、目は細く、赤い半纏を着た───狐だった。


「後で買いに行くので、今はこれで我慢してください」


男が握り飯を渡すと、しょうがなく妥協して、と言うような顔で狐はそれを頬張った。


「それにしても沙牙良(さがら)、この町はやべーぞ。オレの鼻がもげそうなくらい臭い。こりゃあ、この前の商人みたいなやつがうようよいるぜ」

「大きい町ですからね」


沙牙良と呼ばれた男は、腰に提げた愛刀の鞘を握った。これは大仕事になりそうな予感がする。ついこの前近隣の町で大物の悪人に出くわし、祟ったばかりだ。そんなのが沢山いるのなら一ヶ月、いやそれ以上に時間がかかるかもしれない。


「今夜からやりますか」

「あーあーめんどくせぇ」

「ムギ、よろしくお願いしますね」


愛嬌のある顔が精一杯嫌そうな顔をしているので、沙牙良は食事に狐───ムギの好物を買ってこようと心に決めた。ムギがいなければ、沙牙良の仕事は成立しない。何としてもやる気になって貰わなければならないのだ。


「とりあえず食事を買ってくるので待っていてください」

「美味いもん買ってこなかったら承知しねーぞ!」


ムギは食い意地が張っているので、毎回ご機嫌を取るために食費がかさむ。支給される金は決まっているので、あまり無駄遣いはしたくないのだが、背に腹はかえられない。沙牙良は駆け足で安くて美味しいものを探しに宿を出た。


「沙牙良が帰ってくるまでに町の偵察するか……」


沙牙良が去った部屋でムギはぽつりと呟き、窓を開けた。大きな町の偵察に適しているのは、やはり鳥の姿だ。ムギは雀に変化(へんげ)し、空に飛び立つ。


沙牙良(あいつ)方向音痴だからなぁ……」


いつも目的地までナビゲーションするのはムギの仕事だ。そのためには町の地理を知っておかなければならない。沙牙良は、ムギがツンデレであることをまだ分かっていない。もしも食べ物を与えられなくても、ムギの仕事は抜かりなく完璧に遂行される。根がど真面目なせいもあるが、ムギは沙牙良のためならなんでもやろうと思っているからだ。


「あっちこっちから嫌な匂いがするな。どうなってんだこの町」


ムギは嫌そうに鼻を鳴らした。あらかた道と人を観察して頭に入れ、宿の部屋へと戻る。そして狐の姿に戻り、偵察に行っていたことがバレないように寝たフリをして沙牙良を待った。


「ただいま。買ってきましたよ」

「遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ。余程美味いもんを買ってきたんだろうな」


ムクリとムギは起き上がり、たった今まで寝ていたと思われるように振る舞う。


「ごめんなさい、でも評判のお焼きを買ってきましたよ。豚肉たっぷりの」


それを知らない沙牙良は、ムギの機嫌を取ろうと買ってきたものを並べた。


「美味そうだな、それ。しょうがねえ、今夜から労働してやるよ」




日が沈み始めた空は、薄桃色に滲んでいる。町人たちは店仕舞いをし、飲み屋が賑わう時間へと移り変わろうとしている。刻一刻と、闇の時間が───沙牙良たちの「祟り」の時間が迫っていた。

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