その8.未知のダンジョン
――紫の騎士団、団舎前――
「えーっ、マリオン留守なの?」
「は、はははははは、はい、マリオンさんはダダダダダンジョンに行ってるっす!!」
残念そうに眉をひそめるアシュレイと、緊張して噛みまくっているジークの姿があった。
「ダンジョン~? なんで? あのひと鑑定士でしょ?」
「そそそっそそうですから、ダンジョンままままで鑑定に行ったっす!!」
「相変わらず変わったひとだなあ。また探し物を手伝ってもらおうと思ったんだけどな」
「あわあわああ」
「ところでキミ顔真っ赤だけど大丈夫?」
「はあああああはいっ!!」
彼は女性と話すのに慣れていないんです、と呆れた先輩騎士が隣から助け船を出した。
あは、とアシュレイはつられて苦笑した。
一方、その頃の当のマリオンはというと。
――ダンジョン内部――
俺は完っっっ全にはぐれていた。
つい数時間前、騎士団の精鋭たちとフリアエと共にダンジョンに出発したばかりなのに、何でこんなことになってるんだ?
出発前のことを思い出してみる。
まず俺たちはダンジョンに眠る神宝、アーティファクトを探す流れになっていた。
俺たちがダンジョン入口についたら、王宮からの視察と名乗る女性がいて。
その女性も同行することになって。
そして、団長が冒険者組合から譲り受けたという、神宝の気配があるエリアへと繋がる転移陣を開こうとした時。
急に閃光が走ったかと思えば、この平原に投げ出されていた。
いや何が起きたか一ミリもわからない。
「ちょっと! どういうことなの、これ!?」
更に困ったのは、視察の女性も同じ状況に巻き込まれているということだった。
ベルと名乗った視察は、探検家のような服にネクタイを締めており、その装備の高い品質への印象に限って言えば王宮仕えという身分に違和感はなかった。
ベルも俺と同じく何が起こったのかわかっていない様子だった。
「ねえっ。転移魔法が失敗したってこと?」
「俺にはわかりませんよ」
せめて魔法の専門家のフリアエが一緒に飛ばされていないかと期待したけれど、いくら辺りを見渡しても俺たち以外に人の気配はなかった。
人の気配は……ないけど、あれはなんだ? ……土埃?
「……うそだろ」
「ひええっ!?」
人間の大人くらいのサイズ感の二足歩行のトカゲが、群れをなしてこちらへと走ってきていた。
土埃はどんどん膨れ上がり、地鳴りのような音がどんどん大きくなる。
「とりあえず逃げないと……!」
「なんなのもう~!?」
俺たちは無我夢中で走って、なんとか洞穴の奥へと逃げ込んだ。
トカゲモンスターの群れは暗い洞穴の入口には目もくれず、広い平原を走り去っていった。
「び……びっくりした……」
「怪我、ないですか……」
「こ、こんなの……平気……」
足を止めて呼吸を整える。
あんな風にモンスターがいるって事は、ダンジョン内部のどこかへと飛ばされたってことで間違いないんだろう。
……うそだろ?
モンスターに対抗できる力をひとつも持ってない俺が?
「あの、ちなみにベルさんはモンスターを倒せたり」
「……出来ないね」
「そうですか。俺もです」
戦闘スキルゼロの鑑定士と視察だけがはぐれてしまったというわけだ。
これ、どうするんだ? 神宝に辿り着くどころか、無事に帰れるのか?
頭に「絶望」という二文字が浮かぶ。
「……バッッッッカじゃないの!? 戦闘スキルもないのにダンジョンにくっついてくるなんて、あり得ない! 王宮が口酸っぱくして注意喚起してるでしょうが!!」
「それはそっちだって同じなのでは……?」
「ぐっ……!そうだけど……!」
そもそも王宮の視察が、急に同行したがるってのも変じゃないか?
騎士団がアーティファクトを献上せず掠め取るとでも思ったのだろうか。
だとしたら、戦闘力のない者が単身で来るか? 監視なら普通、もっと武力を携えて来るのでは?
「なに? あたしのこと疑ってるの?」
「そういうわけではないんだが……」
「これ、王宮に出入りできる証明のブローチ。って言ってもあんたに価値がわかるとは思ってないけど」
眼前に突き付けられたブローチの術式を読む。
たしかに、王宮に入れるという証明にはなっているが……。
「わかりました。信じます。それよりどうやってダンジョンを脱出するか、ですが」
「何か考えがあるの?」
「ダンジョン内には、各所に帰還用の転移魔法が施されていると聞いたことがあります。それを探しましょう」
「探すって言っても……モンスターを避けながら?」
「そうするしかないですね……」
俺は薄暗い洞穴内を見渡した。
「それから、アイテムを見つけたら教えてください。脱出のために役に立つものか、鑑定してみます」
「ふ、ふん。わかった。こんなところで骨になるわけにはいかないから、やってやろうじゃない」
ベルは背負ったリュックから短い杖を取り出す。
そして魔法を使って、杖の先に光を灯した。
「戦うための魔法は使えないけど、明かりくらいなら出せるし、簡単な傷も治せる」
「充分助かります」
「行けるとこまで行ってみましょ」
そして洞穴を進んでいくと、やがて眩い光が見えてきた。
外に出たのかと思ったが、そうではなかった。
遺跡だ。洞穴の奥には、淡く発光する遺跡があった。
「……きれい」
ベルが唇の端に笑みを浮かべた。
「ねえ、あの遺跡の中にあるんじゃない? 帰還の転移陣」
「そうですね、調べてみますか」
「よーし。……って、なにこれ!?」
中に足を踏み入れてみると、そこには大量の鍵で覆われた床があった。
奥には頑丈そうな扉が一枚あるのみ。
「この大量の鍵が、あそこの扉の鍵って言うんじゃないでしょうね……?」
ベルは落ちている鍵をひとつ拾い上げて顔を引きつらせた。
なんの変哲もない大きな鍵だ。見れば、形状は確かにひとつずつ違いがあるような。
「鍵を隠すには鍵の中ってこと!? さすがにやりすぎだって!」
「いや、全然隠せてないですよ」
「え?」
吼えているベルを通り過ぎて扉へと向かう。
鍵というものは、元になる扉と同じ術式で出来ているから、扉と同じ術式の気配を探せば目的のものはすぐに見つかる。
とはいえこの量は、さすがにちょっとだけ目が疲れそうだ。
「これですね」
「なんでわかるのっ!?」
見つけた鍵を扉に差し込むと、ガチャリと重々しい解錠の音がした。
「扉と鍵を鑑定しました」
「はい!? 鑑定で普通、そんな事出来ないから!? というかこの部屋に鍵がいくつあると思ってんの!? あり得ない……!!」
あんた何者なのと叫ぶベルの声が開いた扉の奥に吸い込まれていった。