その6.魔術師フリアエ
――フリアエの視点――
わたしは違法ギリギリの道具屋をしている。好きで始めたわけじゃない。
もとは冒険者で、魔術師だった。
強力な魔術師の家系に生まれたおかげか、わたしには魔法を覚える才能があった。
覚えた魔法の数なら誰にも負けない自信がある。
でも、わたしが冒険者としてやっていくためには、決定的に足りないものがあった。
それは魔力だ。
大魔法をたった一度放っただけで、魔力が尽きてしまう。
持久力を必要とするダンジョン戦において、わたしはどうしようもないお荷物だった。
そうして、一人ぼっちになった。
魔力を上げる方法を調べた。人の魔力量は生まれつき決まっている。
そのため、方法があるとしたら、アイテムで補うことだ。
わたしは魔力を補強するアイテムを求めて王国中の道具屋を彷徨った。
ダメだった。並のアイテムでは解決しない程に、この身に宿る魔力量は脆弱だった。
道具屋巡りの旅の途中でこの店を押し付けられそうになった時、これが第二の人生なんだなと思った。わたしは魔術師としての道を諦め、闇道具屋の店主になることを承諾した。
わたしが覚えた魔法、ぜんぶ意味なかったのかなって、心が重たくなることは今でもある。
だけど。
今日訪れた鑑定士と謎のご令嬢に突然、これはアーティファクトですと言われて魔法が使い放題になるアイテムを託された。
わたしが喉から手が出るほど渇望していたもの。それが今日になってあっさり手に入ってしまった。
正直、殺してでも奪い取りたいレベルのチートアイテムだと思うんだけど、ほんとうにわたしが持ってていいの?
こわくて何度も何度も確認したけど「鑑定出来て満足」「欲しいものじゃない」とのことだった。それで良いなら良いんだけど、後でやっぱり欲しいとか言われて大群で襲ってこられたらどうしよう?
……まあ、わたしは最強の魔術師になったわけだし、その時はその時で追い返せるか。
■
「おい聞いたか!?」
「あの話だろ!?」
「ルミナスドラゴンを単騎で討伐した魔術師が現れたって!」
食堂に向かうと騎士たちが騒がしかった。まあ、騎士たちが騒がしいのはいつものことだ。
「マリオンさんも知ってるっすか? やばい魔術師が出たって」
ジークという一番若手の騎士が、肉を頬張りながら声をかけてくる。
彼とは同い年だとわかってから、なんとなく同じテーブルでよく食事をしている。
「やばい魔術師……?」
「なんか、フリアエとかいう。たった一人でありとあらゆる魔法を無尽蔵に放ちまくるとかなんとか」
「……あ」
心当たりがある。
この前の休暇で行った闇道具屋の店主だ。
店内で魔力無限のアーティファクトを鑑定したが、そうか、あれを活用してるのか。
自分の鑑定したアイテムが活躍してるって嬉しいな。
「なんすかその反応。知り合いすか」
「いや……? そんなに凄い人、今までどこにいたんだろうな」
休暇中も鑑定しまくっていたことが職場に広まるのはなんとなく気まずいので、とぼける。
「もとは魔術師の国の出身? らしいっす。初陣で失敗して以来パーティを追放されて、行方知れずになってたみたいで」
「そうだったのか」
「それがダンジョン無双で一気に有名人っすよ。いやー、そんなにやばい人を追放するなんてマヌケっすよね」
たしかに追放したパーティは、気が気じゃないだろうな。
「おい! 噂をすれば!!」
騒がしい騎士たちが尚更騒がしくなったので、何事かと思って入口の方を見る。
「……こんにちは」
「魔帝フリアエ、だ……!!」
「本物だ!!」
そこにはあの闇道具屋の店主が立っていた。
騎士たちは色めきだっている。
すごいな、もう二つ名がついてるのか。
「わたしを、この騎士団に入れてほしい」
「「……ええっ!?」」
今をときめく噂の中心はそんな爆弾発言を投下しに来た。
■
騒ぎを聞きつけたガラード団長によって、フリアエは団長室に呼ばれた。
団長がどよめく騎士たちを一喝し、早く食事をとり任務に戻るよう命じたので、俺たちは何がなんだかわからないまま仕事をすることになったのだった。
そしてようやく仕事が終わるころ。
「……マリオン。ひさしぶり」
「フリアエさん?」
「この倉庫にいるって聞いたから。あなたには、ちゃんとお礼を言いたかった」
「いや……お礼って言っても」
それより聞きたいことがあった。
どうして魔術師のフリアエが紫の騎士団に?
「ええと……わたしの噂は知ってる?」
「単騎でドラゴンを倒したとかいう……?」
「うん。あなたが鑑定してくれたアイテムを試そうとして、ダンジョンに潜ってみた。そうしたら、思ったより深く潜れて……うっかりドラゴンも倒せちゃった」
ドラゴンってうっかり倒せるものなんだ。
たしかルミナスドラゴンって規格外の上位種だったと思うんだが……。
「そしたら、わたしが元いたパーティから再スカウトが来て。でも、以前ひどい見捨てられ方をしたから、その人たちのところに戻りたくなんてない」
「……大変な思いをしたんですね」
「それで、わたしは誰なら信じられるのか、誰のもとでこの力を使いたいか、って考えた。考えて、結論が出た」
フリアエは真っ直ぐに俺を見つめた。
「それが、あなた」
「はい?」
「あなたは貴重なアーティファクトを、わたしにくれた。もう見捨てられるのは嫌だけど、この人なら信じてみてもいいかなって思った」
くれたっていうか、アーティファクトはもともと店のものじゃなかったか??
俺に盗んだり奪ったりする度胸はないし、そんなリスクの高い生活を選ぶよりもここで安定して鑑定の仕事を続けていたい。
「団長さんも、わたしのダンジョン同行を認めてくれた。ただし一人で敵を倒しすぎると騎士たちのモチベーションが下がるだろうから、ほどほどにって条件付きだった」
あ、もう決まった話なんだ。
それにしてもガラード団長って本当に騎士たちのことをよく気に掛けてるよなあと感心する。
言ってもその騎士たちも、俺が鑑定して選んだ装備で、だいぶダンジョンの深部まで潜れるようになってるんだよなあ。
そこに魔力無尽蔵のフリアエが加わったらどうなるんだ……?
少なくとも、採取されるアイテムの数がめちゃくちゃ増えそうだなとは予想できる。
俺の仕事はまだまだ忙しくなりそうだった。