その5.闇道具屋シャーデン
目的の道具屋はひび割れたネオン看板の下にあった。
「ごめんくださーい」
「いかにも裏路地って感じの店だな……」
怪しい雰囲気が漂う店の扉を、アシュレイが躊躇わず開けた。
たちまち、強い香料の香りが漂ってくる。
毒かと身構えるほどの強い香りだったが、とくに不穏な術式は感じなかった。
強いて言えば威嚇のようなものだろうか。吸った者を不安にさせる霧。
「……お客さん? 見ない顔」
霧の向こうに女性の姿がある。大きなアームチェアに座って俺たちを眺めている。
古の移動民族が作る織物のような独特の柄物を身に着けた、不思議な雰囲気の女性だった。
「ボクたち、珍しいアイテムを探しに来たんだ」
「ふうん。うちには、未鑑定品しかない」
「え? ここは未鑑定品を売る店なのか?」
疑問が頭に浮かぶ。
「この国ではアイテムはギルドでの鑑定を行わないと、売買しちゃいけないんじゃなかったのか?」
「その通り。でもそれは、適当な鑑定結果をつけて売り買いしちゃダメって趣旨の決まり。未鑑定品を未鑑定品といって売るのはグレー」
まあ、黒寄りだからこんなところで商売をしてる、と女性は小さく付け足す。
アシュレイは好奇心を宿した目で店内を見渡した。
「噂に聞いた通りだ。キミ、ここに珍しいものがないか、わかる?」
期待を込めた瞳で見上げてくるアシュレイ。
俺を連れ出した目的はそういうことか。
「そうだな……うわ、なんだこれ、禍々しいぞ」
「なあにそれ?」
「着用者を常時、毒状態にしておく指輪か。シンプルだけど嫌な呪いだな」
「これはこれは? このデザイン好き」
「その指輪は魔力が上がる効果があるけど、上昇量が微量すぎる」
「ねえ、あなたたち」
女性が椅子から立ち上がった。
「もしかして鑑定スキル持ち? 困る、勝手に鑑定されたら」
「え? なんで?」
「当たり前。鑑定士にだけ当たりハズレがわかるなんて、ずるい」
あ。そうか。
俺にはここにあるアイテムの効果がわかるけど、それって何が出るかわからないクジの中で俺だけ全ての景品が見えているようなものだ。
「うちは鑑定スキル持ちは出入り禁止。出て行かなければ、力ずくで追い出す」
「ま、待ってよ! ボクたち、いいアイテムを見つけたらちゃんとふさわしい値段で買うから!」
「……ふうん?」
「未鑑定品の値段で誤魔化そうなんてしないよ。だから僕たちにアイテムを見せて」
アシュレイの説得で、店主は再び椅子に腰を下ろした。
「そう。お金を払ってくれるなら、好きにしていい」
「やったあ。ありがとう」
「それに、鑑定結果はちゃんと伝えますから。店主さんも未鑑定品の中に呪いのアイテムが混ざっているのは嫌じゃないですか?」
「……驚いた。あなた、呪いの品を除けてくれるの? そんな事をしてあなたに何の得が?」
「得というか、見るついでというか……?」
結局、休みの日まで俺は鑑定をすることになりそうだ。
でも鑑定作業は楽しいし、俺みたいな鑑定以外に能のない人間でも誰かの役に立っているんなら嬉しい。
「これと、これ、それからこれも呪いの品ですね」
目についた危なそうなアイテムをカゴの中に除けていく。
「面白い人。あなた、名前は?」
「マリオンです」
「わたしは、フリアエ。『闇道具屋シャーデン』の店主」
アシュレイが店内をぐるりと見渡して尋ねた。
「ねえ店主さん、ここにある未鑑定品はどうやって集めたの?」
「お金のない冒険者から。未鑑定品をギルドに持ち込むと、価値のないアイテムだった場合に、鑑定料の方が高くつくなんてこともある。だからその日暮らしの人たちは、未鑑定のまま手放しがち」
ここでもギルドの微妙な評判を聞いてしまった。
「店主さんは鑑定出来るの?」
「それが出来たら、どんなにいいか。わたしは魔術師。いっぱい研究したけど、鑑定スキルは身につかなかった」
アシュレイとフリアエが話し込んでいる間に、俺は引き続きアイテムの選別作業に取り掛かる。
パッと見て危なそうなアイテムはすぐ除ける。見える範囲が終わったら、次は触れて、直接、術式の違和感を探る。
順番に棚からアイテムを取っていくと、
「……ッ!?」
とある小さな箱を手にした瞬間、身体に軽く電流のような衝撃が走った。
アシュレイが驚いて駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
「いや……この箱を触った瞬間、変な感覚がして」
初めて察知する術式の気配だった。
アシュレイがおそるおそる俺の手から箱を取る。
「なんともない。見た目はお化粧品の箱みたい」
「中身だ。中に入っているものから不思議な気配を感じる」
「開けていいの?」
頷くと、アシュレイが箱を開ける。フリアエも立ち上がっており、俺たちは一斉に中身を覗き込んだ。
中に入っていたのは見慣れない模様が刻まれた腕輪だった。
アイテムの勉強をしていて聞いたことがある。御伽話みたいなものと思っていたけど。
「これ、もしかしてアーティファクトか?」
「アーティファクト?」
聞いたことがある、とアシュレイとフリアエは顔を見合わせた。
「アーティファクトは滅多に見つからないんだよ! すごい、ボク初めて見た」
「わたしも……ただの噂だと思ってた」
「俺もです。御伽噺と思っていました。神の遺した遺物、だとか」
「それでそれで、どんな効果があるの?」
腕輪を手に取って、アーティファクトに内包される術式を読みとってみる。
「えーと。魔法を使い放題です」
「え??」
「魔法を使った瞬間、対象者の魔力を瞬時に最大まで回復します。よって無限に魔法が使えます」
「なにそれ!?」
チートすぎる。そんなアイテムならば、とんでもない金額で取引されることは間違いない。
国に献上すれば一生遊んで暮らせるほどの褒賞が期待できるレベルだ。
「とてもじゃないけど、俺が買い取れるものじゃないな……」
騎士団から報酬をもらっているとはいえ、さすがにアーティファクトの値段には届かない。
でもお金があったら欲しいかと言われるとどうだろうか?
正直に言って俺は、「伝説のアーティファクトを鑑定した」という満足感で脳汁が出まくっていて、アイテムを俺のものにしたいなんて感情は一ミリも湧いていなかった。
そもそも、俺はアイテムが欲しくて鑑定しているんじゃない。鑑定したくて鑑定しているんだ。
幻のアイテムを鑑定出来るなんて今日は最高の日だ。
「ボクの探してるものでもないなあ。ってことで、よかったね店主さん」
「え。わたし?」
「もちろん。この店にあったものだもん。フリアエさんのものでしょ」
フリアエは驚きのあまり固まった。