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その16.狂公

――――八年前――――

「……目が、さめちゃった」


 幼い子供が大きな寝台の中で身を起こす。

 床へ足をつくと、ふかふかとした絨毯の感触がした。


「おみず……」


 誰か侍従は近くにいないかと、子供は部屋から出て歩いていく。

 踊り場で誰か二人が囁き合っている声がする。

 なにを話しているのだろう。


「……聞いた? 奥様の呪いのこと。あれって旦那様の仕業なんですって」

「ほんとうなの、それ」

「奥様があまりにお美しいから、他の男と関わらせないよう呪いをかけて囲っているって。もっぱらの噂よ」

「やだー、ここの旦那様、こわすぎ。他のお仕え先を探そうかしら」

「そう言ったってどうやって探すのよ……あらっ、アシュレイ様!?」


 呼ばれた子供はぼんやりと二人の侍従を見つめていた。

―――――――――――


「はっ!?」


 誰かが息を呑んで起き上がる物音で目が覚める。


「アシュレイ? 眠れないのか?」

「あ……えっと、なんか夢を見て起きちゃって……」


 治療院の簡素な寝台は、壁に沿って並んでいる。

 気配のする方へ視線を向けると、隣の寝台にいたアシュレイと目が合った。


 着飾っていないアシュレイの姿を見るのはこれが初めてだった。

 借りた治療着に、長い髪を解いて垂らしている。


「嫌な夢だったのか?」

「たぶん……? なんか小さい頃の夢。父さんがおかしくなりだした頃の夢だったかなあ」

「それは……俺が聞いていい話か?」

「うん。でも、マリオンは寝なくていいの?」


 アシュレイが心配でゆっくり眠れないと正直に話すと、目の前の瞳が驚きで見開かれる。

 言葉を促すように無言で見守っていると、やがて静かな声で話し始めた。


「ボクの父さん、世間じゃ狂公なんて呼ばれてるんだよ。無理もないと思う、突然母さまを幽閉したり、一時期、使用人の人とかも信じられなくなって全員屋敷から追い出しちゃったりしてたし。覚えてないけど、そうなる前はすごくいい人だったんだって」


 狂公。アシュレイの家で何が起こってそうなったんだ?


「叔父さんがなんとか立て直して管理してるけど、ボクの家、長くもたないだろうなってのは何となくわかるよ」

「そんなに大変な状況だったのか?」

「うん。知らなかったでしょ? なら良かった。カンタンに悟られるようなら貴族失格だもんね」

「言ってる場合じゃ……」

「だからさ。母さまに呪いをかけてるのが父さんって、すごく納得できるんだよね」


 アシュレイの口調はこんな時も軽やかだ。


「でも、そうだとしても、父さんはどうして人が変わっちゃったんだろう。母さまを呪ったからおかしくなったの? おかしくなったから、母さまを呪ったの?」

「アシュレイ……」

「ボクは謎を知りたいわけじゃない。ただ、母さまを今の境遇から解き放ちたいだけなんだ」

「どうして母親のことをそんなに強く思ってるんだ?」

「だって、幽閉されてた母さまの傍に一番長くいたのはボクだから」


 そこまで話して、アシュレイは何かに思い当たるように息を呑んだ。


「どうした?」

「そうだ……ボクは幼い頃、別棟で寝泊まりしてたんだ。ボクが母さまを守るって、その時は何も疑わなかったけど。今考えると外出はダメ、誰かの訪問もダメで、境遇は母さまと同じ」

「え?」

「もしかして、ボクも母さまと一緒に幽閉されていた……?」


 え? 頭がこんがらがってきたぞ。


「待て待て、考え過ぎるのはやめよう。仮にそうだとしても、今アシュレイはこうして外出できてるだろ?」

「そうだよね……本題はどうやったら母さまの呪いを解けるか、だけど、父さんが関わってるんなら呪いを解いたとしてもこの先どうしよう、って気持ちもあるし」

「こればっかりは、狂公と直接対峙しないといけないかもな」


 ローワン先生が呪いの術者の話をアシュレイにしなかった理由が実感できる。

 たしかにこれは、他人が首を突っ込んだところで好転する状況じゃないかもしれない。


 でも、俺がここで何もしなかったらアシュレイはどうなるんだ?


「アシュレイ、良かったらアデラさんに一度話を聞いてみたいんだが、取り次いでくれるか?」

「え? 姉さんに?」

「話を聞いて、何かわかることがあるかもしれない」

「うん。姉さんは、いつも父さん側の味方だから。どこまで話してくれるかはわからないけど、それでもいい?」

「ああ。ありがとう」


 ■


 後日、俺は人目を忍んでチュベローズ邸の馬車に招かれた。

 馬車の中で、アシュレイの姉は次のように語った。


 



 ―何から話せばよろしいのでしょうか。

 この度は、アシュレイがご迷惑をおかけしており、申し訳ございません。


 ……迷惑ではない……? ありがとうございます。

 貴方のような方がアシュレイと親しくしてくださって、わたくしの心も少し軽くなったように思います。


 やはり、貴方にはお話しなくてはならないでしょう。

 アシュレイは……あの子は、わたくしの父の実子ではありません。


 父の人生が狂った理由も、そこにあるのです。

 わたくしの母……いえ、母と呼ぶにはおぞましい……ああ、どうかこのような謗言をお許しください。


 あの女は悪魔です。不貞と身勝手の化身です。

 父を裏切り、夜な夜な屋敷の外に出かけては、相手を誰とも知らぬうちに身籠りました。

 それがアシュレイなのです。

 色欲の罪の子が、現チュベローズ当主の一人息子として、生を受けてしまったのです。


 もともと繊細だった父は心を病み、母を呪い、人を信じられなくなりました。


 アシュレイが成長するにつれ、父ではない男の特徴があの子に表れます。

 父はそれを目の当たりにすると、どうしようもなく不安定になるのです。

 今は少女のような姿をしているアシュレイも、この先は更に男性の特徴が強くなるでしょう。


 わたくしはそんなアシュレイの姿を、父に見せるのが怖いのです。


 アシュレイは、ただ無邪気に、あの女を慕っております。

 父やわたくしの苦しみも、あの女の犯した罪も知りません。

 

 しかし、これからも知る必要はないと、わたくしは思うのです。

 あの子は巻き込まれただけの子供です。

 今まで何度も命を脅かされながらも、気丈に生きてきただけの子供です。

 無知の罪というのなら、それだけで充分なのではありませんか?


 このような話を、聞いてくださってありがとうございます。

 どうか我らに、女神様の加護が御座います様に……。

不定期更新となり、お待ちいただいている方がもし居て下さいましたら申し訳ありません。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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