その14.それぞれの秘密
「……さて、何から話そうかな」
治療院内の待合室を借りて、俺たちはアシュレイと向き合っていた。
「まず、勇者第一候補のメイユールさん、彼女は無事だよ」
「無事……なのか」
「うん。この治療院に来たときは、パニックを起こしてたけど。今は安静にして元気になってる」
「いったい何があったんだ?」
「メイユールさんは、閉所恐怖症なんだ」
閉所恐怖症。閉鎖的な空間に対して、強い恐怖感を抱く状態。
そしてダンジョンは閉鎖空間だ。
つまり勇者第一候補は、ダンジョンそのものに恐怖を抱く体質だったということか。
「メイユールさんは実戦経験がなかったから、今回のダンジョンで初めて自分の体質に気づいた。でも、無理をして潜ろうとしたんだろうね。ここに来た時はひどく怯えて憔悴した状態になってた」
「アシュレイが彼女を治療院に連れて来たのか?」
「ボクと、第二候補の人がね。ソニアさんって人」
「え!?」
「ソニアさん、ダンジョンでこっそりメイユールさんと同じルートを取ってたんだって。後をつけてたら、だんだん様子がおかしくなったから、無理矢理連れ戻して。土地勘がない場所で、中心街から外れた場所を彷徨ってたところをボクが見つけたんだ」
「じゃあ回復魔法の痕跡は、その時の……」
「回復魔法もアイテムも効かなかったから、一番近い場所にあったこの治療院まで案内したんだよ」
まさか第一候補にそんな事情があったなんて。
「でも、それならそう発表したら良いだろ? 第二候補に至っては、第一候補殺しの噂まで出回ってるんだぞ」
「それは、本人たちから聞いた方がいいかも。ボクが言えるのは……ソニアさんが『憧れのメイユールが勇者失格の烙印を背負うのは耐えられない』って言ってたこと」
「そんな、ダンジョンに潜れないくらいで勇者失格だなんて……」
「彼女たちの国、ブルーベルは、ボクらの想像を絶する戦歴社会なんだよ」
だからと言って、勇者候補が勇者になれないというだけで、人生が終わりになるなんてことがあるのか?
「それがあるんだよ、お隣では。だから勇者候補の二人は話し合った結果、メイユールさんはダンジョンで行方不明になった、ってことにしようって決めたんだ」
「そういう事情だったのか」
「ボクは席を外してたけど、説得の様子、奥の部屋まで聞こえてきちゃった」
――――回想――――
「メイユール! あんたもっと自分を大事にしなさいよ!」
「ですが……わたくしが勇者候補として成果を出せなかったら、みなさんを失望させてしまう……!」
「あのね! あんた勇者になりたいの!? それとも失望されたくないだけなの!?」
「……え」
「後者なら無理だからそんなの、あんたがどんなに頑張っても期待と失望はついて回る。でもそれは、周りが勝手にやってること。こんなに弱ってまで、周りの声に振り回される必要なんてもうない」
「わたくし……は、」
「……あんたの体、それ昨日今日出来た傷じゃないでしょ」
「……! この腕の火傷は、8歳の頃に稽古を休もうとしたら師範に火箸で焼かれた時のものです。この傷は10歳の頃……」
「狂ってるよそんなの! そんなのが勇者の使命だって言うなら、あんたの本心じゃないなら、もう解放されるべきなんだ!」
「ソニアさん……!?」
「お願い、勇者の重荷は私に預けて」
「……!」
「それでも、ここまでのあんたの頑張りが無駄になるわけじゃないから。私に目標を、光をくれたあんたのこれまでは私が引き継ぐ。だから、出来るならどこか争いの無い場所でゆっくり過ごして欲しい。あんたは私の……一生の憧れなんだから」
――――――――――
「ソニアさんは全てを胸に秘めてブルーベルへ帰った。メイユールさんは、もう少し気持ちが落ち着いたら、どこか落ち着ける土地を探しに出発するって」
そんな、とフリアエが肩を震わせている。
「彼女を殺した、なんて噂を流されても、勇者第一候補の立場を引き受けるために帰ったっていうの……」
「ソニアさんは覚悟を決めたんだろうね」
なんというか、言葉が出ない。
「勇者候補たちの事情は……わかった。でも、アシュレイ、お前のことはどうなんだ?」
「あ」
「家に帰っていないんだろ? 第一候補を治療院に送り届けて、そのまま帰らない理由はなんだ?」
アシュレイはばつが悪そうに声を落とした。
「……別に、今回が初めてじゃないよ。父さんや叔父さんに嫌がらせされたから腹立って家出してるだけ」
「嫌がらせって……大丈夫なのか?」
「まあ、命取られるまではされてない」
まったく笑えないぞそれは。
「実はね、メイユールさん達にくっついてたのも、ちょっとだけ打算があったんだ」
「どういうことだ?」
「メイユールさん、呪い解除のアイテムを持ってたの。それが欲しかったから、容体が回復するのを待って、ボクのティアラと交換してもらったんだよね」
「呪い解除のアイテム?」
なぜアシュレイがそんなものを欲しがるんだ?
「……せっかくだから、ボクの家のことも話していいかな」
「無理のない範囲で聞かせてくれ」
ここまで来たらとことん聞こうじゃないか。
「ボクの母さまは、男性の存在を認識できない呪いにかかってるんだ」
「え?」
「男性の姿も声も匂いもわからない。そこにいるって認知できない。そんな呪い。母さまにとって男性はこの世にいない存在なんだ」
「そんな呪いが……存在するの?」
フリアエが驚いている。魔法の知識が豊富な彼女でも知らない呪いのようだ。
「色んな呪いの解除方法を試してみたけどダメで……次こそは、この方法なら、このアイテムなら、っていうのを繰り返してきた」
「アシュレイが探しているアイテムっていうのは、母親の呪いを解くことができるアイテムだったんだな」
「うん。これまでは、ボクがこの恰好をすることで母さまに娘として認識してもらえてた。でも、最近は……ボクを見ると記憶が混乱したりするようになっちゃったから、あんまり会いに行けなくて」
「会いに行けない……?」
「母さま、別棟に幽閉されてるから」
アシュレイは弱々しく呟いた。それは今まで聞いたことのないような、感情を押し殺したような声だった。
「……母さまを救いたい。何よりボク……母さまに、忘れられたくない」
「アシュレイ……」
顔を上げて、聞いてくれてありがとうとアシュレイは笑う。
「この治療院も、呪いのことに詳しい先生がいるって聞いて。最初に相談に来て以来、よく家出先に使わせてもらってるんだ」
「そう言えば……俺たち怪我人でもないのに、居座って大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ? ちょっと先生に聞いてくる」
アシュレイはぴょんと立ち上がって奥の診療室に向かっていった。
扉の隙間から顔を突っ込んで少し話していたかと思うと、すぐに戻ってくる。
「先生、泊まっていいってさ」
「泊まり? ご厚意は嬉しいけど、一応の目的は果たしたから団舎に帰らないと」
突然、外泊となるとさすがに抵抗がある。
団舎にも心配かけるかもしれないし。
「団長には、もし泊まりがけになる場合も、わたしが責任をもって守ると約束してある」
そこまで許可を取っていたのかフリアエ。
「やったー! みんなでお泊まりだ」
「お泊まり……はじめて」
「いや、治療院だし、はしゃげるテンションでもないし……まあいいか」
まったく思ってもなかった流れで治療院に泊まることになってしまった。
でもアシュレイも笑顔が戻ったし、フリアエも泊まることを肯定してくれるならこのまま流されるのもいいかもしれない。