その12.事件の始まり
「勇者候補……?」
「そうっす、隣国から、うちのダンジョン目指して来るみたいっす」
食堂で食事を取りながら、ジークの噂話に耳を傾ける。
すっかりいつもの日常と化した風景だ。
「うちの国のダンジョン、他国には解放してなかったじゃないっすか。それがなんと勇者候補の選定の場として、今回だけ特別に許可が出たっぽいっす! おかげで最近は、あちこち勇者対決の話で盛り上がってるっすよ」
隣国のブルーベルは確か、勇者育成に力を入れている国だったか。
「お隣は超戦歴社会らしいっす! 勇者の育成機関があって、そこに入れた者だけが将来を約束されるとか」
「……隣国に生まれなくて良かった」
鑑定しか取り柄がなくて戦いなんぞ出来ない俺には、とても生きていけそうもない国だ。
最近は鑑定スキルの魔導書のおかげで、戦える鑑定士もちらほら出てきている。
ダンジョンに同行できる鑑定スキル持ちは、とても重宝されているらしい。
その場でアイテムを鑑定して、持ち帰るものを取捨選択できるのだからそれはそうなるだろうなと思う。
俺は相変わらず団舎でデスクワークの日々だ。
団舎に籠っていると、ついつい外の情報に疎くなる。
活発なジークの情報網がありがたい。
「育成機関があるくらいだから、勇者候補っていっぱいいるんだな」
「その中でたった一人しか勇者として名を残せないのは、めちゃシビアすね。ちなみに今度ダンジョンに来るのは勇者の第一候補と第二候補らしいっす!」
聞けば、第一候補と第二候補の二人が、どっちがダンジョンからレアなアイテムを持ち帰れるか競うのだと言う。
「マリオンさんはどっちが勝つと思います?」
「いや、どっちも知らないから……」
「まじすか!?」
ジークは意気揚々と語り出した。
こういうジークのお喋りなところは地味に助かっている。会話を主導してくれるのは話下手な俺にとってありがたいことだった。
「まず第一候補のメイユール、彼女はすでに剣聖って二つ名がついてて、ぶっちゃけダントツの候補っす! 名門の出身で、物心ついた時から鍛えてる正統派の剣技が見るものを魅了するとか。 唯一の欠点としては実戦の経験がほとんどないことっすかね」
「ふんふん」
「第二候補のソニアは二刀流の使い手で、腕前はメイユールには劣ると言われているもののポテンシャルは充分。何より剣聖メイユールに追いつこうとするガッツが高く評価されてて、番狂わせが期待されてるっす」
「なるほど。ライバルって感じの関係なんだな」
「らしいっす」
勇者候補対決について、この時の俺はまださほど興味を持っていなかった。
またジークと飯を食う時にどうなったか聞けたらいいな、くらいの興味だった。
しかし、その数日後にジークが血相を変えた様子で団舎に飛び込んできた。
騎士たちが一斉に注目する中、彼は叫んだ。
「た、大変っす!! 勇者の第二候補が、第一候補を殺したらしいっす!!」
「えええええ!?」
■
どよめく騎士たちから次々に声があがる。
「おい、まじか」
「俺の聞いた話と違うぜ。第一候補はいまだ行方不明だって」
「第二候補が殺したってのか!?」
「お、オレは、そう聞いたっす……」
「なんだ噂かよ」
他にもこんな噂を聞いたと皆が話し始めて、団舎は大騒ぎになる。
騎士団は勇者候補の対決にかなり注目していたようだ。口々に挙げられる話はほとんど初耳だ。
俺が団舎に籠りすぎてて知らなすぎるだけか……?
「マリオンさん、とんでもないことになったっすね」
「ああ……よければその話、詳しく聞かせてくれないか?」
騒ぎの中から這い出てきたジークに尋ねてみる。
「ええと……昨日の朝早く、二人の候補は同じタイミングでダンジョンに潜ったらしいっす。その深夜、第二候補だけが帰還して。彼女は精巧なティアラを握り締めていて、『この宝を見つけたのはメイユールだ、でもあの子はもういない』って証言したみたいで」
「もういない……か」
「メイユールの居場所を問い詰めてもソニアは何も言わなかったらしくて。それで、証言の怪しさから彼女が第一候補を殺したんじゃないかって疑いが」
「決定的なことは何もないわけか」
「でも実際、第一候補のメイユールは行方不明だし、無事ならじゃあどこにいるんだって話っすよ」
ダンジョン内でそんな事件が起きていたなんて。
「やっぱ、第一候補のことを邪魔に思ってたんすかね。そんなん悲しすぎるから違っててほしいっすけど」
「でも、『宝を見つけたのはメイユール』って言ったんだよな? もしライバルを蹴落としたかったなら宝を見つけたのも自分の手柄にするんじゃないか?」
「そこは良心のカシャクがあったとか? んー、気になってモヤモヤするっす」
確かに気になるが、俺たちにどうにか出来る話ではなくその場は解散となった。
翌日になっても第一候補は発見されなかった。
疑いをかけられていた第二候補は、メイユールの行方については黙秘するばかりだった。
しかし挙げられている噂についての証拠もないので、勇者候補対決は彼女の勝利ということで決着がつきそうになっていた。
その後も街の噂はおさまらず、行方不明になった第一候補の姿を見たとか、若い令嬢と一緒だったとか、真偽不明の目撃情報も出ていた。
団舎内もまだまだその話で持ち切りになるんだろうなと思っているころ。
「マリオン、お前に話を聞きたいという人が来てるぞ」
意外な人物が俺の元を訪れた。
「あなたは……」
「お久しぶりでございます。一度、お会いしております」
目の前に現れたその婦人の姿は、確かにどこかで見たことがある。
「わたくしはアデラ。アシュレイの姉の、アデラ=アルマ=チュベローズと申します」
思い出した。アシュレイと初めて会った日、同じ馬車に乗っていた婦人だ。
「どうも。マリオン=シンクレアです」
つられて滅多にしないフルネームの名乗りをしてしまう。
「不躾にお訪ねして申し訳ございません」
「ええと……俺に何の用でしょうか」
「アシュレイは、こちらに来ておりますでしょうか」
アシュレイと最後に会ったのは勇者候補の騒動の前だ。
何の用かふらっと気まぐれに遊びに来ては、帰っていくような奴だった。
「いえ、最近は姿を見かけてないです」
「そうですか……あの子が行きそうな場所にお心当たりはございますでしょうか」
「心当たりと言いましても……」
俺はアシュレイのことをほとんど何も知らないのだと思い知る。
「アシュレイ、何かあったんですか?」
「その……団長様にはお話をしておりますが、あの子、しばらく家に帰ってきていないんです」
「え!?」
騒動というものはどうしてこう立て続けに起きるのだろう。
「何かの事件に巻き込まれたのか、それとも自主的に出て行ったのか、わたくしには見当もつかず……」
「自主的に?」
「ええ。あの子はお屋敷でいつも居心地悪そうにしておりましたから」
アデラは言いづらそうに声を落とす。
「それから、アシュレイに似た背格好の子をお見かけしたという方がいて……見慣れない剣士の女性と一緒だったというのですわ」
剣士の女性?
それって、噂に聞いていた勇者の第二候補のことか?
アシュレイ、お前もこの件に関わってるのか?
俺はさっぱりわけがわからなかった。