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その1.失格になる

 今日は鑑定士ギルドの実技試験の日だ。

 だけど、


「お前は失格だ」


 結果は散々だった。


「マリオンと言ったか? その眼鏡は飾りか、ええ?」


 担当の試験官が俺の書いた鑑定書をぐしゃりと握り締めた。


 特におかしなことを書いた覚えはなかったから驚いた。あとこの眼鏡も気に入ってるのに。


「お前には何の効果もない安物の腕輪が、俊敏の腕輪に見えるのか?」


 何の効果もない? まさか。

 身のこなしを5倍に強化する腕輪だ。けっこう貴重な効果だと思う。

 ただし効果が現れるのは睡眠中だけという、トリッキーなアイテムだからうまく活用するのは難しそうだが。

 それについても鑑定書にちゃんと書いておいた。


「この解毒ポーションの鑑定結果もどういうつもりだ? 副作用として、使用後はささくれが出来やすくなる、だと」


 それもそう見えるのだから、見えるままを書いただけだ。

 あれって地味に集中力を削がれるからすぐカットしたくなるんだよな。

 

「お前の鑑定書はどれもこれも、ふざけて書いたようにしか見えん! 鑑定士ギルドを馬鹿にしているのか?」

「いえ……そのアイテムは全て書いた通りの効果があるはずです。使用していただければわかるかと」

「馬鹿者。儂も老巧の鑑定者だ。使うまでもなくそんな効果があるようにはとても見えん」


 試験官は握り締めた俺の鑑定書を更にくしゃくしゃに丸め潰した。


「お前は、失格だ」


 こうして俺は試験会場を追い出されたのだった。


 ■


 マリオンの鑑定結果が受け入れられなかったのは無理もない。

 なぜなら彼にはアイテムの効果が他人よりも見えすぎるからだ。


 マリオンには生まれつき鑑定の才能が備わっていた。

 そして、それ以外の取り柄がなかった。


 だから16歳になって鑑定士ギルドに所属できる年齢になった時、真っ先に試験を受けに行った。

 結果は上記の通り残念なものだったが。


 この世界で鑑定というものは、アイテムに含まれる術式を魔力で解析して行われる。

 初歩の技術なら、良い効果か悪い効果、どちらをもたらすかを見分けるだけで精一杯といったところだ。

 それに加えて品質や、装備した時の能力の変動値や特殊効果がわかる者はこの国に一握りしかいない。


 つまり、マリオンの鑑定能力は、アイテムの研究者が知ったら泡を吹いてひっくり返るくらいすごかった。


 残念ながら今回の試験の場でマリオンの能力に気づく者はいなかったのだが……。


 ■


 試験に落ちてしまった俺は、ひとりパンドレアの街中を歩いていた。


「村にいた頃は鑑定を失敗するなんて無かったのに……まさか都会と村じゃアイテムの性質が違うのか!?」

 

 セルフ反省会をしながら、これからどうしようと思っていると。


「ん?」


 視線の先に小型の馬車が止まっているのが目に入った。

 人だかりができている。


 近づいてみると、魔法職らしき人々が馬車へ向かって次々に回復魔法を唱えている。


「う……うう……」

「ああ、どうか、どなたか妹を助けて」


 馬車の中から、苦しむ若い声と悲痛な大人の声が聞こえてきた。

 野次馬が騒いでいる声も耳に入る。


「なにがあったんだ」

「あそこの娘さんが、急に苦しみ出したんだよ。いい馬車に乗ってるから、きっとどこかのご令嬢じゃないかね」

「あら、可愛らしい子じゃないの。あんなに顔を真っ青にして、かわいそうにねぇ」


 なるほど、それで回復が出来る者たちが向かっているのだろうなと思った。

 俺には回復の心得はない。心苦しいが、誰かが治療してくれるのを願うしかない。


 その時、不思議な術式の流れを感知した。


 気配はまさに馬車の奥から流れてきている。


 大きく開いた馬車の扉の奥には、ドレスを着た令嬢らしき姿がうずくまっている。

 乱れた金髪から覗く額には、汗の玉が浮かんでいる。辛そうに肩で息をしていた。


「あれは……?」


 その髪を留めているリボンに目がいった。


 見える。


 俺は急いで馬車に近づいていった。


「あの、すみません」

「ああ……! あなたも妹のために回復魔法を?」

「そうではなくて……そのリボン、よくないもののように思います」

「え?」

「その子の髪を解いてあげてください」

「は、はい……!?」


 苦しむ令嬢に付き添っていた姉らしき貴婦人が、なにがなんだかわからないといった顔でリボンを解く。

 たちまち、令嬢の頬に赤みが戻り、呼吸が落ち着いてきた。


「やっぱり。このリボンには、複雑な呪いの術式が組み込まれていたようです」

「まあ……!」


 貴婦人が信じられないといった表情で両手で口を覆う。


 リボンを直接手に取ったわけではないから詳細までは見えなかったが、呪いの効果を持っていることははっきり『鑑定』できた。

 死なない程度に着用者を蝕み苦しめる類の呪いだ。タチの悪い。

 おそらく回復魔法をかけたそばからリボンの効果が発動していたので、回復魔法では解決しなかったのだろう。


「このリボンは、妹への贈り物にといただいたもので……まさか呪いがかかっていたなんて、誰も気づきませんでしたわ」


 俺は鑑定結果を貴婦人に耳打ちした。

 貴婦人は驚いて固まる。


 ユニコーンリボン。呪いの発動条件は『男性が身に着ける』。


「そんなことが……」

「不躾ですがこちらのご令嬢は、男性なのですか?」

「ええ、事情があってこのような格好をしておりまして……最近は本人もこちらの装いの方が気に入っているくらいで。すみません、話が逸れましたわ。この子を助けていただいて、ありがとうございます」


 感謝を述べる貴婦人の隣で、リボンを解かれ髪の乱れた人物がゆっくりと上半身を起こした。


「う……姉さん?」

「アシュレイ! 具合は平気?」

「大丈夫……」


 さっきよりだいぶ顔色が良くなっている。

 可憐な少女のような丸い瞳のすぐ上に、引き締まった眉が不機嫌そうに歪められた。


「あいつ。贈り物なんて珍しいと思ったらボクを嵌めたんだ」

「まあアシュレイ、叔父様を疑うものではないわ。きっと何か手違いがあったのよ」

「姉さんはどっちの味方する気なの」


 何か、ややこしそうなお家喧嘩が始まる雰囲気だ。

 これ以上滞在する必要もないと思い、俺は「お大事に」とだけ言って馬車に背を向けた。


「あ、待ってよ! お礼言ってない!」


 背後から叫ぶ声が聞こえたが、構わず人混みを通り抜ける。


「あら、治ったのかい。良かった」

「なんでも呪いが原因だってよ」

「へぇー、よく見破れたものね。呪いなんて」


 周りでは集まっていた野次馬がすっかり和やかな雰囲気になっていたが、その声もぼんやりとしか届いていなかった。


 やっぱり俺の鑑定は間違いなんかじゃなかったんだ。

 そんな安心感でいっぱいになっていた。


 リボンの呪いの効果は見たままだった。

 都会で鑑定の力が通用しなかったわけではないと知って、俺のメンタルは回復していた。


 明日、もう一度ギルドに行ってみよう。

 そして俺の鑑定結果が正しいってちゃんと認めさせてみせるぞ!

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