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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

熱を帯びた月

私、あかいこんくり以外の方による転載、自作発言、無断使用などは許可しておりません。

もしそういったことが起こった際は、場合にもよりますが料金などを請求するなど対応を取らせて頂きます。


誤字脱字などの修正や、内容の改稿、作品の消去などを突然行う場合があります。

また、内容に関するクレーム、場合によっては質問などには、お答えすることができません。


予めご了承ください。


また当作品には、以下の描写が含まれます。


・血液、傷病などの描写

・なんとなくSF(細かい設定については詰めておりません)


それらを踏まえて、読後自らの感情に責任が持てる方のみお読みください。

 彼は、それを知らない、と言った。そうだろう、と納得しつつ、私は久方ぶりの興味を覚えたのだ。

 科学の力によって造られた人工偏桃体。それを移植する前の彼の人生のことは知らない。知っているのは事故で脳が欠けた損傷遺体とそれ以降の感情の無い虚ろな瞳だけ。私が作り出した研究成果は、人を生き返らせても、人間には戻せないようだった。

「じゃあ、行ってみよう」

 自動運転のスイッチを押す。助手席の彼は無機質な声音でどこへ、と言った。

「その海、とやらへ、さ!」

「うみ……」

 先程傍受した警邏の声によると、私は一級犯罪者として追われることになったらしい。人を不法に生き返らせ、非人道的に生かしている罪。

 そうこれは、私にとって最後の研究なのだ。

 青い空に蒼い海。暗い霊安室から運び込まれた損傷遺体が、光に満ちた桟橋を歩いたら……。人間になってくれるだろうか。

 私は明るすぎる期待を抱えながら、車の起動音を聞いている。



 ■



「君は海へたどり着いたら、何をしたいかい?」

「なにを、とは」

「そうだな……、泳いでみたい、とか、飛び込んでみたい、とか」

「そうする必要が、あるのですか」

「……したいと思ったらしてもいいんだよ」

「必要がないのに、するのですか」

「あぁ……、そうだな。人間ってね、不必要のかたまりなんだよ、言ってみれば」

「意味が解りません」

「ふふふ」



 ■



 にげることをはじめて、どれくらいたっただろう。

 自分を『つくった』といったこの人はなぜか、『けいさつ』とよばれている人々におわれている。わるい人……、ではないはずなのに。

 ふと頭のおくがいたんだ気がして、額に手をやる。さいきん、頭の中の何かがぷすぷすと煙をあげている気がする。最初は『あさひ』をはじめてみたとき。次に『もり』のくうきをすったとき。

 そして今は。ふと横に目をやる。そこには自分とにげてきたその人がねていた。ねない自分が夜の『みはり』なのだ。

 つかれた顔でねているこの人をみたとき、ぷすぷすと、また何かが燃えたきがする。どこかとおくに熱をもっている。

 いきている、とはなにかがあつくなることなのかもしれない。それのくりかえしなのかもしれない。何度目かの、朝日、をみたとき、ぼくはそう思った。



 ■



「今日は、『疲れた顔』をインプットしました」

「あれ。それって私のこと?」

「……」

「黙ることも覚えたか。……おっと。こりゃまずい」

「どうしましたか博士」

「車を降りろ。どうやら追手がこの車を捉えたらしい。悔しいな、このモデル結構気に入ってたのに」

「不法投棄は禁止されています」

「……私は一級犯罪者なんだ。これくらい普通さ」



 ■



 肩口から出血。その量は多く、どう頑張っても失血の為あと数分で私は気絶する。そういった状況だった。


 先程、警邏に発見された。その一人が、躊躇なく銃口を向けた。私ではなく、研究体の彼に対してだった。

 人工偏桃体で蘇生した人間。それはこの世に存在してはいけない。それが明確に提示された瞬間、私はとっさに彼を庇ったのだった。


 汗と血で滑る眼鏡を押し上げ、隣の彼を見る。彼は彼自身も何かに耐える顔で、私を肩に手を回すようにして引きずりながら歩いている。

潮の香りが徐々に強くなる。海まであともう少し、けれどももう無理だろう。だから言う。

「逃げなさい。見つかったら君は、」

「熱い。熱い。熱いんです博士」

 それを聞いて、私の口は止まった。この躊躇は興味か。いいや、違う。ならば、この重苦しい気持ちは、何だ。

「……海辺は、涼しいぞ」

 私はそう言って、見えてきた桟橋を指し示した。


 もはや視界は色彩を亡くし、ぼやけた輪郭しか残っていない。それでも私は見る。海の広大さを見た彼が、私から離れ、桟橋の上にヨタヨタと歩み出していくのを。頭を手で抱え、時折苦悶の声を上げながら。それでも、桟橋の先へと進んでいく。

 そしてついにその端へと行き着いた彼は、私の方へ振り返った。

「自分は……。ぼくは、今、熱くて、熱い、は、生きる、で、そして……、そして……」

 ―――海は、きれい、ですね。

 彼の口がそう発した。と同時に彼の動作は停止し、傾ぐ。彼の中の何かに対する偏桃体の処理容量が、限界を超えた。身体がゆっくりと海の中へ倒れていく。

 彼は終始笑顔で、子供のように両手を上げていた。

 私は、充分だと思った。それを見届けると、視界が暗転した。





 ■



 それが海面からあがったとき、次の言葉を表示した。

「……ガ、きr……eす……」



 ▶



 夜の海辺。静かで、空には円形の月がぽっかりと浮かぶ、ただそれだけの海。何かが物足りないが、ここは自分があの晩発見された海だ。

 十年以上前に作られた人口偏桃体。その中にある意識が自分である。どうやら元々は人間の死体に埋め込まれていたものだったようで、それが肉の壁となり、おかげで見つかった際、腐食などのダメージは少なかった。そのままこの海辺の研究所で復元され、今こうして自我を取り戻すことが出来ている。ただひとつ。未だに再起動されるまでの―――つまり目覚めるまでのメモリーだけがデバックできていないが。

 今はこうして機械体に移植され、どういった経緯でここにたどり着いたか、調査されているところだ。調査も今年で何年目になるだろうか。それでも経緯が分からない。ここの研究員によれば、少し前から実用実験が始まった人口偏桃体とは別のアプローチで作られたものなのだそうだ。そしてだからこそ、そんな代物を十年以上前に誰が作ったのかを知りたい……。自分が調査、保存されているのは、そういった目的らしい。


 今日は、他国からとある人物が自分を訪ねてくるそうだ。だからこの夜の海辺で待機をしている。

 おーい、という音声を認識し、その方向へカメラの焦点を合わせる。研究長と自分のデータには存在していない車椅子の人物。後者が立ち上がり、杖を伴ってこちらへ歩いてくる。足に障害があるようで、足取りが不安定だった。コンクリートで護岸された箇所から砂場になると、それは増した。砂に足を取られるらしい。それを見て、介助に向かうよう自分の足へ命令を出した。

 ようやく腕を取ったところで、逆にその人に自分の腕を掴まれた。

「……あの時、痛くなかったか?」

「質問の意図が分かりません」

「痛くなかったか、だよ。……あの時桟橋から落ちて、強かに身体を水面に打っていたから」

「桟橋……」

 脳内データをスキャンしながら、空を見上げた。丸い月が浮かんでいる。桟橋。そうだ、あの日発見されて視覚を開いた時。あの晩も同じように月が浮かんでいた。

 それをデバックした瞬間。エラーコードが大量に表示された。―――熱い。内部から発火しているかと思うほどに。沢山のプログラムが押し寄せ、自分を押し潰さんばかりに容量を圧迫していく。冷却も追いつかない。この熱、経験があった。……あぁ、血と潮風。熱。桟橋。そうだ、桟橋だ。この海には桟橋が足りなかった。そして、感情はいつも本当に凄まじい容量を伴う。

 自分―――いやぼくは、初めて過去の記録のデバックに成功した。すべてを思い出したのだ。

 その人―――博士の手に自分の手を重ねる。博士の瞳からは水分が流れ出していた。これが涙というものか。あぁ、私にも涙腺が欲しい。

「いいえ……、いいえ! あの晩もこんな月が浮かんでいました!」

 発声装置のスピーカーが音割れを起こすほどそう叫んだあと、ぼくは博士へ視線を戻した。

「海も綺麗でした。けれどあの晩も今夜も。月が綺麗ですね」

 そう言うと、年老いたその人は涙を流しながら微笑んだ。ぼくらはやっと同じ体温を感じあったのだ。


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