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ノーフィクション

作者: 恋猫 なつき

中学校に入ってからだろうか、教室で恋バナというものが聞こえ始めたのは。教室では休み時間や放課後にそんな話題で花を咲かしている人たちがいる。小学生の時は教室で休み時間を過ごすことは殆どなかったし、放課後は真っ先に家に帰っていた。友達とも遊んだが、かならず家には一度帰っていた。しかし中学生になってからは、校庭で遊ぶことも無くなったし、放課後は学校での色々な用事があったりですぐに帰宅することも減った。自分が知らないだけで、小学生も恋バナくらいするのだろうか。

恋バナの内容は文字通り、恋についてである。

「ねぇ聞いた?あの子、サッカー部の部長と付き合ったらしいよ!」

「えぇ!それマジ⁉あの子って、前まで違う人と付き合ってなかった?」

「それが別れたらしくて、あの子から振ったらしいんだよ」

「乗り換えってこと⁉感じわる~」

大体の内容は、誰かが付き合った、誰かが別れたの二種類である。

話を聞く限り、恋というのはみんなにとって軽いもののように聞こえる。誰かと付き合って、別れて、また付き合う。自分にあった人を探していると言う人もいるが、何度も繰り返せるほど軽いものなのだろうか。別れる時はどうするのだろうか。悲しくないのだろうか。泣かないのだろうか。自分は恋なんてしたことがないからよくわからないが、恋バナに出てくるようなものは自分の思うものとかけ離れていた。

「ねぇ、あんたはどう思う?」

二人で話していた女の子が他の女の子に聞いていた。

「……よくわからない」

ぽつりと呟いた。それは自分に向けられた質問ではなのに。


彼女に出会ったのは、中学三年生になった時である。クラス替えで下から上がって来たのだ。今自分がいるクラスは成績上位者で構成されている。成績が良くなればこのクラスに入ることができ、成績が悪くなると進級時に別のクラスに飛ばされる。下から上がってきたというのは前者の方を指す。だから彼女は賢かった。このクラスに指一本でつかまっている自分と違って。

話し始めたのは夏の終わりぐらいだったろうか。移動教室時に彼女が落とした可愛らしい小袋を拾った時にはじめて声をかけたのだ。出席番号が近く移動教室での席も隣だったのに、それまでは彼女が近くにいることに全く気づかなかった。それから少しずつ話すことが増えた。最初はその授業でしか話さなかったが、共通の趣味が見つかって教室でも話すようになり、僕たちは友達になった。

彼女は良い人だ。良いところを挙げろと言われればいくらでも出てくる。自分の思っていることをはっきりと言えることや大人びていること。他にも、自分にないものすべてを持っていると思った。でも、そういう具体的なことじゃなくて、もっと何か、直感的な何かが一番そう感じさせていた。しかし、クラスでの彼女に対する評判はあまり良くなかった。彼女の物事をはっきりと言うところが気に食わないのか、大人びているのが気に食わないのか。理由は分からないが、彼女を良く思う人が見当たらないのだ。そんな状況を見て、自分のことを少し特別に感じた。自分以外彼女の魅力に気づいている人がいないのだ。自分だけが彼女を理解している、そんな気がした。当たり前なのかもしれない。だって僕は、自然と彼女の行動を目で追うようになっていたのだから。


連絡先を交換したのはいいが、まさかその日に掛かってくるとは思わなかった。彼女からの着信を受けた時、色々理由を考えたが、なにも心当たりがない分余計緊張してしまった。恐る恐る電話に出て、理由を聞いてみる。答えはいたって単純な、暇だから、というものだった。色々な不安と期待が混ざった感情には理解しがたい理由だ。でも嬉しかった。学校以外で話すのはこれが初めてだった。彼女の表情は見えないが、笑っていることがよくわかる。このことがきっかけで、彼女との時間はかなり増えた。電話で次の日の下校時に寄り道を一緒にすることを約束したり、休日に出かけることを約束したりした。行きつく先が何となく見えた気がする。


いつものように電話がかかってきた。夜遅くに掛かってくることは珍しくはない。けど今日はいつもより遅い時間だった。半分寝かかっていた自分の意識は彼女からのコールで戻る。彼女からの電話はすべて出るようにしていた。

それからいつものように会話が始まった。が、内容は珍しく恋バナだった。彼女からこの話題を振ってきたのだ。自分にはそんな経験がないので大した話は出来ないと言ったが、それだけが恋バナじゃないと言われた。

それから彼女は、今付き合っている人はいないと明かしてくれた。これは、彼女からのサインだったのかもしれない。

ここしかない、今しかない、そう思った。

「好きです。俺と付き合ってください」

勘違いだったらどれだけ恥ずかしいだろうか。本当に言ってしまうのか。そんな不安を置き去りにして出た言葉だった。おそらくこれからの人生でこれほどまでに思い切ることはないだろう。

数秒の沈黙が僕の心を削る。

「……うん」

彼女は「彼女」になった。


十月十一日は記念日になった。カレンダーにも書き込んだ。人生山あり谷ありと言うが、おそらく僕は今花畑にいるだろう。しかも一人でいるのではないのだ。抑えられない喜びは自然と体から溢れ出していた。

特に何かが変わったというわけではなかった。いつものように学校で話し合ったり、放課後に寄り道をしたりした。「彼女」であることを意識すると話がうまく出来ない気がしてあえて考えないようにしたが、少し無理があった。彼女は笑っていた。

電話をすることも変わりなかった。次第に話題がなくなってきて沈黙が続くこともあった。けど、嫌な時間だと感じたことは一度もなかった。ただただ彼女が近くにいてくれるだけで嬉しかったのだ。彼女との時間を多く作りたかった。

もちろん特別なこともあった。用事が終わった後の彼女を迎えに行ったときは大変だった。夜遅くに親にばれないよう家から抜け出して行ったのだ。その後は夜道を二人で歩いて、手をつないで、会話をした。まるで夢の様だった。

家に呼んだこともあるが、これも彼女の近くに居たかったからである。ただその時は、彼女がいつも持っていた小袋は彼女のカバンに入っていなかった。


いつものように電話が掛かってきた。夜遅くに掛かってくることは珍しくはない。けど今日はいつもより早い時間だった。自分の用事があったが彼女からのコールで戻る。彼女からの電話にすべて出ることは当たり前だった。

それからはいつもの会話が———

「別れよ」

始まらなかった。理解が追いつかないまま理由を聞いた。答えはいたって単純な、好みじゃないから、というものだった。信じられなかった。信じたくなかった。だって、だって。

言葉を紡ぐことができなかった。


———————————————


沈黙が数秒続き、嘘や冗談じゃないことを理解した。理解すると同時に視界がぼやけた。彼女がそう言うのだ。本当に違いない。

「分かった」

震える声で答えた。

「ごめん、私には—」

「でも」

彼女に伝えることで頭がいっぱいだった。

「でも」

ふり絞った言葉がそれだった。

「本当に好きなんだ」

「……ありがと。こんな私を好きになってくれて」

十二月のことである。「彼女」は彼女になった。


冬休みが明けてから彼女を見なくなった。自分が避けていたわけではない。彼女が学校に来ていなかったのだ。彼女に会いたい気持ちと他の色々な気持ちが混ざりあって、よくわからない日々を過ごしていた。そして彼女はついに学校から居なくなってしまった。それまでに一度も連絡は取っていない。こちらから理由を聞く勇気もなかった。

一部の噂で、彼女は妊娠していたことが呟かれていた。相手は十数歳も年が離れている社会人だそうだ。


彼女の恋は軽いものだったのだろうか。

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