土の中の恋人(ホラー・SS)
ファーブル昆虫記「狩りをする蜂」より
――サア ゴハンノ ジカンダ、タベナサイ。
ちゅうちゅう。
「誰だ! 俺を溶かして食ってるのは」
あたち。だってゴハンのじかんなんだもん。
「冗談じゃない、それじゃ俺は死んじまう!」
ゴハンおいちい。あたち、ゴハンうんと食べておっきくなる。ゴハンすき。だーいすき。
「俺はお前なんか大嫌いだ。ちくしょう、動けない、死にたくない。誰か助けてくれ!」
おいちい、おいちい。ちゅうちゅうちゅう。
ねえゴハンちゃん、何かお話ししてよ。
「うるさい! 何で俺を食ってる奴にそんな事してやらなくちゃならないんだ」
だって、退屈なんだもん。あたし、お母さんがゴハンちゃんに私を産みつけて、一緒に巣穴に入れた時、まだ卵だったから巣穴の外の事なにも知らないの。
「たぶんお前にはまだ目がついてないんだ。光のない土の中じゃ必要ないからな、ガキめ」
もう大人だよ! 体だって巣穴の半分になったんだよ。
「おかげで俺が半分になった」
だって……アイツがゴハン食べなきゃだめって言うんだもん。
「アイツって、お前の本能だろう? 本能には逆らえないよな。お前のお母さんの狩人蜂に捕まって針で刺された時、俺の本能が言ったんだ。『終わりだ。諦めろ』だから俺はもう諦めた。
お前の暇つぶしに付き合ってやるよ。なんでも聞きな」
光ってなーに?
「大人になって、外に出るときには光が見えるようになってるさ。
翅が生えて、お母さんみたいに飛べる。
俺がキャベツの裏で、卵から孵って歩き出したときは、世界は光で溢れてた。暑くて眩しくて、いつも葉っぱの裏側にいるようにしてた。
大きくなって土に穴を掘れるようになってからは、昼は土に潜って夜だけ外に出ることにした。俺は、夜盗虫だからな。
夜は涼しくて良い。空には満天の星、キラキラと金を砕いて散りばめた美しい光が、ゆっくりと天を廻る。一晩中見てても飽きない美しさだ。
でも朝が太陽の、ギラギラした光で、星をかき消すと、俺も土の中に隠れて暑い昼をやり過ごさなくてはならない。一日中夜なら良いと思ったよ」
星って素敵なんだね、早く見たいなあ。
「でも夜空で一番素敵なのは月だ。毎晩形が変わる。
だんだん太って、満月になると銀色の鏡みたいに夜を優しく照らしてくれる。『明日、お前は蛹になる。土の中で蛹で夏をやり過ごしたら、秋には大人になって空を飛べる』でも、その日のうちにお前のお母さんに捕まった。
満月に向かって飛ぶのが俺の夢だった。……飛んでみたかった」
あたしに翅が生えたら、一緒に月まで飛ぼうよ。約束ね!
「そうだな……疲れたから、俺は寝る」
お休みなさい。またお話ししてね。でもゴハンちゃん、なんか声が前より小さいね。
――トキガキタ アシタオマエハ サナギニナル。ハネノハエタ オトナニナルンダ。
ゴハンさん起きて! 私大きくなったの。もう少しで巣穴いっぱいになる、そしたら蛹になって翅が生えて一緒に月までいけるわ。
「そうか……でも飛ぶのは君だけだ」
え? ゴハンさん、声小さくて聞こえない。
「君は俺をじきに食べ尽くす……だから俺は死んでいなくなる」
いなくなるってなに? 私達一緒に土の中から出て飛ぶのよ、約束したじゃない。
「君は月に飛べ……俺の分も」
ゴハンさん? ゴハンさんの体冷たい! なにが起きたの、ゴハンさん返事して!
――シンダ。クサルマエニ タベツクセ。オトナニナルタメニ。
ハネガホシインダロ?
あぁ、ゴハンさんごめんなさい。
私、必ず月に飛ぶから。ちゅうちゅうちゅうちゅう。
眩しい! これが外? 星は、月はどこにあるの。
あの丸く光っているのが月なの?
――アレハタイヨウダ。ゴハンハ ヨトウムシ。イッショウヲ ヒヲサケテクラス ヨルノムシダ。
タイヨウノヒカリノナカヲトブ オマエトハ チガウ。
初めから一緒には飛べなかったのね、知ってて貴方は黙っていた。
貴方なんて大嫌いよ!
――キライデケッコウ。アア、オスガヤッテクル。
ツレアイニナル メスヲサガシテ。
雄ってあんなに小さいの? 私の半分もない。
ゴハンさんは凄く大きかったのに。
――ソウダ。ソレヲオマエノオカアサンハ オマエノタメニ ヒトリデツカマエタンダ。
私にできる? わたしの卵が大人になれる、素敵なゴハンを見つけることが。
――デキルサ ワタシガオシエル。
ホラ オマエノアタラシイコイビトガ トンデキタヨ。
小学校の時、ファーブル昆虫記の「狩りをする蜂」を読んで、いきながら食われていくと言う、最悪の死に恐怖しました。食うものと、食われるものに心があったらどうなるのか?そんなお話にしてみました。