モーガン先生の意図
クリフはまだ土下座しているノエルを抱える様に、無理やり引き起こすと、ソファに投げる様に座らせた。
「少し頭を冷やせ。いつまでもそうやってたら、返ってアリアナ嬢を困らせるだろ」
ノエルはしゅんとして俯いたまま、大人しくソファに座った。
その間に私達は、笑顔のまま青筋を立てているクラークに、今までの経緯をかいつまんで説明した。
「という訳で、お兄様が入って来た時、ちょうどノエル様の精神魔術が解けた時だったのです!」
「ふうん成程・・・だけど、どうしてディーンがアリアナに詰め寄っていたんだい?」
兄はディーンに笑みを向けながらも、ピリッとした空気をまとわせていた。
「・・・すみません」
ディーンは恥ずかしそうに顔を赤くして頭を下げた。
先程のディーンの行動の意味は分からなかったけど、彼が凄く落ち込んでいる様に見えたので、私は慌てて話を変えた。
「そんな事よりも、お兄様。禁忌とされている精神魔術が学園内で横行してるんですよ。何とかしないといけないでしょう?」
「あ、ああ、そうだな・・・しかし、まさか精神魔術の話が、ここでも出るとは思わなかったよ・・・」
「・・・どういう事ですか?」
「詳しい事は言えないが、最近王宮内で、精神魔術を使用したと思われる犯罪が発覚したそうだ」
「えっ!」
「今朝はその話で、トラヴィス殿下に呼ばれていたんだよ」
クラークの言葉に私達は顔を見合わせた。
「魔術をかけた犯人は分かっていない・・・が、君達の話を聞く限り、モーガン先生の事は調べてみた方が良さそうだな」
クラークは重々しくそう言った。
「王宮で精神魔術をかけられた者は二名。今は王宮内の牢で拘束されている。トラヴィス殿下はリリー嬢とマーリン嬢に、精神魔術の解術の依頼をするつもりなんだ。今この国で光の魔力を持つのは、二人とエメライン王女だけだからね。だけど、君達が言う様にマーリン嬢も精神魔術をかけられているとなると・・・」
「マーリン嬢は光の魔力を持ちますが、魔力量はあまり強くないようです。どちらにせよ、解術には向かないでしょう」
ディーンがそう言った。
「ふ~ん、さすがマーリン嬢と友達だったから詳しいね」
揶揄する様に言ったパーシヴァルを、ディーンがジロリと睨む。なんだか空気が怪しくなったので、私は慌てて皆に問いかけた。
「マ、マーリンさんは一体どこで、精神魔術にかけられたのでしょうか?」
すると、おずおずとリリーが手を上げた。
「あの・・・私、それについて心当たりが有ります」
「え?そうなんですか?」
「はい。実は、マーリンさんに補講の時に誘われたのですが、彼女はモーガン先生の淑女クラブに入っているのです」
「淑女クラブ!?」
私達は思わず、聞き返してしまった。
(なんじゃ、そのネーミング!?。微妙にいかがわしく聞こえるのは、私だけ?)
どっかのキャバクラの名前みたい。
「貴族の女性のたしなみとして、お茶会を通じて礼儀作法や、会話の仕方などを教えて下さるそうです。学年関係なく、数名の女生徒が参加しているそうです」
クリフが合点がいったように、「成程それだな」と言った。
「恐らくエルドラ嬢を含め、ダンスパーティでアリアナ嬢に絡んできた女生徒達は、そのクラブに所属しているんじゃないか?」
クリフの言う通りだと私も思った。
(と言う事は、そのクラブに入ってる人は、全員なんらかの精神魔術をかけられてると思った方がいいよな・・・これは、思ってたより規模が大きいかも・・・)
だけど一体、モーガン先生は何を企んでるのだろう?
クラークは頷きながら、
「即刻トラヴィス殿下や先生方とも相談して、モーガン先生の調査をするように言いうよ。これ以上被害が広がらない様にしないとな・・・。既に術下にある者に対しては、大変だろうけどリリー嬢に、一人ずつ解術して貰うしか無さそうだ」
そう言って、申し訳なさそうな顔をリリーに向けた。
「私は大丈夫です。私の魔力が皆様のお役に立てるのなら、こんなに嬉しい事は無いです」
笑顔でそう言い切ったリリーに、私の胸は震えた。
(さ、さすがヒロイン!なんて尊い~!)
私は彼女の神々しさに打たれ、無意識に拝むように手を合わせた。リリーの美しい横顔を見ながら、うっとりと余韻に浸っていると、
「ただ、私は良いのですが、トラヴィス殿下は、どうしてエメライン王女に解術を頼まないのでしょう?」
リリーが不思議そうに尋ねた。
エメラインはトラヴィスの婚約者。本当なら、わざわざリリーやマーリンに依頼などしなくても、エメラインに頼めば良い。
だけどリリーの問いに、兄は気まずそうに顔をしかめ、ミリアとジョー、そしてレティもげんなりした表情で顔を見合わせていた。
「エメライン王女にお願いするのは、無理でしょうね」
ミリアが片手を振りながらそう言った。
「気楽に頼み事を出来る様な方ではありませんもの。気位が高すぎて、王族や皇族以外は虫けらの様に思ってらっしゃる方ですから」
(おお・・・!それは完全にゲームの設定と同じだ!)
ゲーム中のエメラインはヒロイン虐めに、気持ちの良いほどの悪役を演じてくれる。トラヴィスルートでは嫉妬に狂って、それ以外のルートでは聖女の位を争って、それはそれは見事に暗躍してくれるのだが・・・。
(平民出のヒロインの事なんて、人とも思って無いっていうか・・・。自分の取り巻きの事も、便利な道具としか思ってなさそうだったよなぁ。でもってアリアナと違って、頭が良くて魔力も強いから、かなり手ごわいんだよね・・・)
そう考えて、私は一つ疑問に思っていた事を思い出した。
「でもエメライン王女も、一緒に聖女の修行をされているんですよね?補講ではどういう様子なのですか?」
そう聞くとリリーは困ったように眉を寄せて、首を傾げた。
「エメライン様は、補講にはいらっしゃっていないのです・・・」
「ええっ?だって、補講は聖女になる為には必須なんですよね?」
「エメライン様は4年生ですから、今までにも勉強なさってるそうで・・・だから、補講は必要無いと聞きましたけど・・・」
「違うわよ」
リリーの言葉に対し、ミリアが口を挟んだ。
「身分の低いものと、一緒に補講を受けたく無いって言ってたわ。それに修行なんてしなくても、自分が聖女に選ばれるって思ってるみたいだから、きっと今までも何もしてないわよ」
(そっか・・・だから昼休みも、優雅にお茶会していられるわけだ)
「聖女の選定は、魔力の強さや家柄で決まるものでは無い。人間性や教養なども重要な基準となる。エメライン王女はいずれ後悔する事となるだろうよ」
クラークは確信を込めてそう言った。
「では、やはりリリーが適任ですね。ノエル様の解術も成功しましたし、魔力の強さも文句なしですもの」
私の言葉にクラークは力強く頷いた。そして怪訝そうな表情で、
「しかし、どうしてマーリン嬢やノエル。それに・・・エルドラ嬢だったか?・・・に精神魔術をかけてまで、アリアナを苦しめようとするのだろう?目的は何なんだ」
「そうですよねぇ。王宮の事件に比べたら、すごく些細な事ですし・・・。第一に当人の私が全くダメージを受けてませんもの。意図が分かりません」
ハッキリそう言った私に、皆が目を丸くした。
(ん?何か変な事を言ったかな?)




