君は僕の事が好きなんだ!
ジョーはよっぽどお腹が空いていたのか、お昼前だと言うのにお菓子への手が止まらない。彼女はパイをかじりながら、時計をちらりと見た。
「それにしても、クリフ様達遅くない?もうすぐ11時半よ」
「うん・・・様子を見てこようか?」
とディーンが席を立った時、丁度玄関のチャイムが鳴った。
「あっ、いらっしゃったのかも」
私はメイドが出るのを待たずに、入口の方へ向かった。
思った通り玄関には、クリフとノエルとパーシヴァルが立っていた。クリフは私の顔を見ると、困ったように口もとに手をやった。
「遅くなってすまない・・・。連れてこようか迷ったんだが、実はノエルの奴が・・・」
「ノエル様がどうかなされたのですか?」
ノエルの方へ目を向けると、彼とばちっと目が合った。
「あのさぁ・・・アリアナ嬢。君さぁ・・・」
いつのも明るい様子では無く、口調がとげとげしい。そして何より私を見る目に、ノエルとは思えない凶暴な光が揺れていた。
(え・・・?ノエルってば怒ってるの?しかも私に!?)
「ノ、ノエル様・・・どうしたのですか?」
すると彼は突然私をビシッと指さして、こう言ったのだ。
「いい加減にしなよねっ!ちょっと可愛くて、頭良くて、家柄が良いからって、周りにいる男を振り回すのはっ!」
ノエルの口から想像も出来ない言葉を聞いて、私は一瞬思考が吹っ飛んだ。
(は・・・?)
「僕にもクリフにもディーンにもパーシヴァル殿下にも、思わせぶりな態度をとってさ!君みたいな人を悪女って言うんだよっ!」
「おいノエル!やめろ!」
流石にクリフがノエルの口を押えた。
(悪女・・・私が悪女?・・・悪役令嬢じゃなくて!?)
駄目だ、まだ脳みそが上手く動かない。私は固まったまま、呆然としていた。
「ノエル。悪女って言うのはさ、もうちょっと色気が無いと無理だと思うぞ?」
隣でパーシヴァルがヘラヘラ笑っているのを見て、カチンと来てやっと我に返った。一瞬パーシヴァルをひっぱたきそうになったが、ぐっとこらえる。
私はパーシヴァルをじろっと睨んでから、
「と、とりあえず玄関で騒いでいると、外に聞こえます。リビングに入ってください」
クリフが後ろからノエルの口を押え、パーシヴァルが引っ張る様にして、場所を移動した。
リビングに入ると、今までのやり取りが聞こえていたのだろう、皆が椅子から立ち上がっている。そして殺伐とした只ならぬ雰囲気を感じて、私は慌ててノエルを庇う様に前に出た。
「ちょ、ちょっとグローシア!フォークを構えるのはやめて!ミリアも、手から火花を散らすのはやめて頂戴!」
「処刑します・・・」
「だから、転職は駄目だって!グローシア!」
私はグローシアの手から、フォークを奪い取った。
「・・・ミディアムレアが良いですか?」
「焼いちゃ駄目!ミリア」
今度は必死でミリアの腕を抑えた。だけどミリアの顔は大まじめで、
「止めないで下さい、アリアナ様・・・。愚弟の始末は、私が責任をもって致します」
ミリアの目が物騒な光を放っている。ヤバい、本気だ!
「お、落ち着いてミリア!これには訳があるの。今日一番に相談したかった事がこれなんです。多分ノエル様は、精神魔術にかけられているのです!」
「精神魔術!?」
皆に驚愕の表情が浮かんだ。
「そうです。恐らくマーリンさんや、エルドラさんも精神魔術の被害者です。今までは只の予想でしたが、ノエル様の様子を見て確信に変わりました」
私はクリフと話し合った事について急いで説明する。その間も、暴れるノエルを男子達が押さえつけていた。
「・・・ではノエルは精神魔術のせいで、アリアナ様に暴言を吐いたと言う事ですか・・・?」
そう言いながらも、ミリアは軽蔑したように自分の弟を横目で睨んでいる。
「一発殴れば、治るんじゃない?」
ジョーが拳をバキバキ鳴らす。リリーがジョーの腕を急いで抑えた。
「せ、精神魔術ってそんな単純なものでは無いみたいですよ?」
「でも、一体ノエル様は、どこで精神魔術をかけられたのでしょう?」
レティシアが暴れるノエルを覗きこみながら、首を傾げた。
「それについては、グローシアに聞きたい事があるの・・・」
とグローシアを見て私はギョッとした。
「ちょっとグローシア!ティーカップをノエルに投げようとするのはやめて!」
グローシアの腕を押さえながら、彼女とノエルの受けている、不可解な補習について説明した。
「ノエル様にかけられた精神魔法は、この補習に関係があると思います」
「でも、グローシアは何とも無いのですよね。」
ミリアが首を傾げた。私は頷きつつ、グローシアに尋ねた。
「ねぇグローシア。補習の時に何か変わった事はありませんでしたか?」
「補習に関しては、先生が狂ってる以外、特に気になる事はありませんでした。ただただ、二時間苦痛で疲弊しましたが・・・」
グローシアは心底うんざりした顔をして言葉を続けた。
「ただ、ノエルとわたくしの違いでしたら分かります。ノエル様は補習の後、モーガン先生の部屋へお茶を飲みに行きました」
「えっ!?」
「わたくしも誘われましたが、早く寮に戻りたかったので断わりました。ノエル様は毎日行っていたと思います」
「そのモーガン先生の事だけど、面白い事が分かったよ」
クリフはノエルの口を塞いだまま、ニヤッと笑った
「父に手紙を送ってたんだけど、今朝返事が早馬で来たんだ。父もモーガン先生に関しては、気になっていたようだよ。その内容だけど・・・うわっ!」
クリフが説明しようとした時だった。突然ノエルが「うぉーっ」と叫びながら、体を押さえていた皆の腕を振りほどいたのだ。
「えっ!」
「ちょっと!」
そして凄いスピードで私に近づくと、両手で私の肩をがっしり掴んだ。
(ひっ!)
ノエルはぎらぎら光る眼を私に向け、
「アリアナ嬢!君が本当は誰が好きなのか、僕は知っている!」
叫ぶように私に向かってそう言った。
(近い、めちゃくちゃ距離が近い・・・)
額と額がくっつきそうな状態で、ノエルは私を睨みつけている。
「アリアナ嬢!・・・いや、アリアナ!君が本当に好きなのは、この僕だ!」
(・・・)
たっぷり3秒程、部屋は静寂に包まれた。
そしてぽかんと口を開けしまった私は、彼の鼻息の音でやっと意味を理解した。
「は・・・、はいい!?」
(な、何?なんでいきなりそんな話に・・・)
混乱する私に、ノエルは捲し立てた。
「君はダンスパーティで、僕と身長が合っていると言った。すなわち僕と君は合っていると言う事だ!だから君は僕の事が好きなんだ!」
ノエルの手は肩に食い込むほど力がこもっていた。
(い、痛たたたた。ノ、ノエルてばっ・・・)
私は痛みに顔をしかめた。
「あ、あのノエル様、肩が痛いです・・・」
「肩なんてどうでも良い!さぁ、僕のアリアナ!早くディーンなんかとは婚約解消して、僕と結婚・・・はぐっ!」
突然、ノエルが硬直したように動かなくなった。口を金魚の様にパクパクしているだけだ。
「えっ、えっ!?ノ、ノエル様・・・!?」
ノエルのあまりに異様な様子に、私は思わず引いてしまった。助けを求めて周りを見ると、凶悪な目をしたクリフと目が合った。
(ひっ・・・)
「捕縛魔術をかけた。こいつはもう、一歩も動けない」
「ほ、捕縛?」
「ディーン、手を貸してくれ。床にでも転がしておこう」
「分かった」
ディーンとクリフは、二人でノエルを横にすると乱暴に部屋の隅へと追いやった。
ディーンはノエルのそばで、何やらブツブツ唱えると、
「こいつの周りに、全てを遮断するシールドを張った」
氷の様に冷たい声でそう言った。彼の周りの空気も周りが凍える程ヒンヤリしている。
(こ、怖・・・)
「これで、あいつが何を叫んでいようと、こちらには聞こえない。さぁ、話しを続けよう」
ノエルは床に転がって固まったまま、顔は何か叫んでいるかのように口が動いている。あまりにも異様な姿を見かねたのか、ミリアはツカツカと彼に近寄ると、彼の頭を見えない方向に向けた。
「あ、あの・・・せめてソファに寝かせてあげたら・・・」
「大丈夫ですわ、アリアナ様。弟は床が好きですの。好きなだけ、寝させてあげましょう」
にっこり笑ったミリアの顔が、なんだか一番怖かった。




