お世話係の未来
あのエメラインの所で1週間。心なしか3人がやつれて見えるのは気のせいか・・・。
「えっと、ミリア達のお世話係の方はどうですか?色々大変そうですけど・・・」
「ううっ・・・」
ミリア達3人が唸り、顔があからさまに曇った。
「せ、先日は申し訳ありませんでした!アリアナ様」
「エメライン王女の事をを止められなくて・・・」
「しかも、びしょ濡れのアリアナ様を放っていく事になってしまって・・・ううう」
ミリアは立ち上がって頭を下げ、ジョーは頭を抱えて天を仰ぎ、レティは泣きながら両手で顔を覆った。三者三様の陳謝を受けて、私は慌てて両手を振った。
「いえいえ!それはもう前に謝って貰いましたよ。それに、あれは全くあなた達せいでは無いでしょう?」
私がそう言うと、ジョーは顔をしかめながら頬をぽりぽり掻いた。
「いや・・・まぁそうなんだけど・・・あの時エメライン王女に何も言えなかったし、助けられなかったのは事実だから・・・」
「そんなの当然ですよ!あの状況では無理です。あの場でエメライン王女に逆らったら、あなた達の方が大変な事になってましたよ。それに頭から水かけられるくらい、どうって事ないですから」
そうだよ3人は全く悪くない!酷いのはあくまで、あのくっそ意地悪なエメラインなのだから。そんな風に思ってると、隣からなんだか異様な空気が漂ってきた。怪訝に思って顔を向けると、
(・・・げっ!)
グローシアから黒いオーラが立ち昇っているでは無いか!
「・・・・どういう事です?アリアナ様が水をかけられたと言うのは・・・私は処刑執行人に転職した方が良いでしょうか・・・?」
グローシアの顔から表情が消え、瞳が真っ黒に淀んでいる。
(うおい!?)
これはマズい!
「駄目!駄目だからね!転職は禁止。騎士で良いから!」
一生懸命グローシアを宥めていると、今度は向かいからヒンヤリした空気を感じた。
「頭から水をかけられた・・・?どういう事だいアリアナ。私は聞いて無いけど・・・?」
ディーンの薄っすら笑った顔に、ゾッと悪寒が走った。
「ディ・・・ディーン様はお忙しくて、お話しする暇が無かったのです・・・」
「へぇ・・・ではクリフには話してるって事かな?」
なんでそこでクリフの名が・・・!?しかもディーンからの冷気が増したぞ!
「ク、クリフ様にも話しては無いです、はい・・・そ、それに・・・そもそも、たいした話では無いので・・・」
そう言うとディーンの目がギラリと光った。
「頭から水を浴びせられたのが、たいした話じゃ無いというのか!?」
(どうして、ディーンが怒るのよ!?)
びびって思わず目を瞑り、身を縮めた私をリリーが庇う様に抱きしめてきた。
「ディーン様、落ち着いてください!アリアナ様に怒る事では無いですよ。・・・グローシアも座りましょう。フォークを机に突き刺しては駄目よ!」
(ううう、リリー、ありがとう・・・)
私がヒロインの優しさに浸っていると、ジョージアが突然バンッと机を叩きながら立ち上がった。
「やっぱりいやだ・・・決めた」
キッと前を見据えて大きな声で言う。
「ジョ、ジョー・・・?」
どうしたの?と聞こうとすると、
「私、決めたわ。エメライン王女のお世話役、断わる!」
「えっ!」
「ちょ、ちょっと!」
「ジョー!?」
ミリアとレティの呆気に取られた顔。ジョーはカップを鷲掴みにすると、紅茶をぐびぐびとあおった。
「止めないで!そもそもお世話係なんて、向いてないし」
「で、でも、私達の方から断ったら、家の方にも何をされるか・・・」
レティの声が震えている。
「構わないわよもう!きっと父や母だって分かってくれるわ。これ以上エメライン王女に仕えるのは、私の矜持に関わるのっ!」
握りこぶしを天に突きあげた。だけどさすがに私も焦った。
「ま、待って、ジョー!私はあんなの全っ然、気にしてないからね。それにあれ以来、顔も合わせてないから・・・ほら、今は何もされてないよ?」
両手を広げてみる。だけどジョーの宣言を横で聞いていたミリアが固い表情で口を挟んだ。
「・・・いいえ、アリアナ様。エメライン様は、今後もアリアナ様への嫌がらせを計画しているんです」
「えっ?」
(なんですと?)
「上級生が開くお茶会に、アリアナ様だけ呼ばないとか。陰でアリアナ様の悪口を言いふらすとか・・・」
(子供かよ?レベル低・・・・)
「そんなの、全然気にしないですよ」
「それだけじゃ無いんです。・・・私達に、アリアナ様の机に泥を入れてこいとか、階段から突き落とせなどと・・・」
(げっ!)
急に犯罪めいて来たぞ。
「きょ・・・教科書を汚されるのは困りますね。階段も普通に怪我しますし・・・」
少し腹が立ってきた。
「それに、自分じゃ無くてミリア達にやらせようっていうのが、気に入らないです。・・・ごめんなさいね、私の為にあなた達まで嫌な気持ちにさせて」
私がそう言うと、しっかり者のミリアが一瞬泣きそうな顔をした。だけど、スッと居住まいを正すと、真っすぐな目で私を見る。そして、
「アリアナ様。私もお世話係を断りますわ」
きっぱりとそう言った。
「ミリー!あなたまで!?」
レティシアが悲鳴の様な声をあげる。
「私の家はエメライン王女に睨まれると困るでしょうね・・・。でもきっと、父も母も兄弟も、その為に私の大事な友達を犠牲にしろとは言わないわ」
「ミリー・・・」
(あ、あれれ?・・・な、なんか大変な事になってきてない・・・?)
ジョーやミリアの気持ちは有難いけど、実家にまで影響があるのはマズく無いか?
私は半泣きのレティシアを見て、おろおろしてしまった。
「レ、レティ・・・泣かないで」
だけどレティシアは一度大きなため息をつくと、ポケットからハンカチを取り出すと涙を拭き鼻をかんだ。なんだか目が据わっている。
「・・・二人が居ないのに、エメライン王女の所に一人で残れって言うの・・・?そんなの無理よ!わたくしもやめる。お世話係やめるわ!」
そう言うと急に早口でまくしたて始めた。
「だってお世話係やってると、全然絵が描けないんですもの!も~凄く、凄くストレスが溜まっていたのよぉ。わたくしは綺麗な人達の絵を描いてたいのっ!絵を描くのが一番の幸せなのっ!」
ミリアがそれを聞いて「分かるわ」と言った。
「私・・・実は生徒会にスカウトされてたのよ。分かる?生徒会よ!?将来の権力が約束されるのよ!?そっちの方が断然、面白そうでしょ?」
ミリアも吹っ切れた様に叫んだ。ジョーは、それにうんうんと頷きながら、腕を組む。
「私も誰かにへこへこするのって、向いて無いのよねぇ。侍女になるのだってごめんだもん。あ~やっとスッキリして、お菓子を食べる事が出来る!」
そう言って、ケーキをばくばく食べ始めた。そう言えば、珍しくジョーはお菓子に手を付けて無かったなぁ。それだけ気になっていたと言う事か。
だけど私は三人の宣言に、呆気に取られてしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!本当に大丈夫なのですか!?お家にまで影響が及ぶなら、考え直してくださいよ。それに・・・あなた達まで、エメライン王女から嫌がらせをされるかもしれないですよ!?」
「そんなの構いませんわ。・・・ああ、そうなったら、アリアナ様への嫌がらせが減るかもしれませんわね?」
名案を思いついたようにミリアが手をポンと打った。
「ミリー冴えてる!そうなると意地悪が分散するから、余計に大したことないわ」
「わたくしは絵さえかければ、嫌がらせなぞ気になりませんわ」
3人できゃっきゃと盛り上がり始めたので、私は何も言えなくなってしまった。
(大丈夫かよ~?エメラインってゲームじゃ、結構えげつなかったんだから・・・。自分の取り巻き使ってヒロインに、それはそれは酷い仕打ちをしたんだからね。しかも意外と取り巻き達も魔力が強くて、乙女ゲームにしては珍しくバトルシーンが・・・)
そこまで考えて、ハタッと思い当たった。
(あれ・・・?ゲームでリリーに嫌がらせしてたエメラインの取り巻きって、今のお世話係達よね?・・・ってことは、もしかしてミリア達・・・)
確かゲームの中のエメラインの取り巻きは5、6人。名前の記載は無くて、取り巻きA、B、C、D・・・って書かれてた。
(待て待て・・・取り巻き連中には、特に魔力の強い三人の女生徒が居たっけ・・・という事は、もしかしてあれはミリア達か!?)
トラヴィス・ルートでは、選択によっては、エメライン達とのバトルになる。その時に手こずる相手がこの三人なのだ。
(もしミリア達がお世話係を続けたら、この先リリーがトラヴィスを選んだ場合、ミリア達とバトルになる可能性も・・・)
なんて恐ろしい展開じゃ!
(だとしたらエメラインのお世話係は、やっぱ辞めて貰った方が良いのか?で、でも3人の実家は本当に大丈夫なの・・・?)
そんな風にぐるぐる考えていたら、ふとリリーと目が合った。彼女は私の心の中を知らないだろうに、私を安心させるようにふわりと笑った。その途端心が温かくなり、思考も落ち着いてくる。
(ふはぁ・・・聖女の微笑みだわぁ。・・・うん、そうだね.・・・やっぱりリリーの為にも、エメラインの味方は減らしておいた方が良い。それにミリア達だって悪い事に加担するのは辛いだろう)
私も腹を据えた。
「分かりました。もしあなた達がエメライン王女に何かされたら、教えてください!私の方でも出来るだけ手を打ちますから」
3人の顔に笑顔が浮かぶ。
「ありがとうございます。アリアナ様!」
こうなったら権力でも何でも使ってやる。本当に三人の家がマズい事になったら、アリアナ父に相談だ。筆頭公爵家は伊達では無いのだ。
 




