口論再び
気まずい空気を誤魔化すように、私は明るい声を出した。
「せ、生徒会はどんな感じですか?随分お忙しそうですけど」
ちょっとワザとらしかったけど、ディーンもきっと話題を変えたかったのだろう、少し表情を和らげる。
「ああ、私達は入ったばかりで、まだ作業に慣れていないし、仕事はいくらでもあるからね。でも学園の為になる事だし、やりがいはあるよ。皇太子殿下もとても親しくしてくれるし」
(げっ・・・)
皇太子と聞いて一瞬げんなりした。あのダンスパーティでの出来事を思い出したからだ。
―――悪役令嬢役はどうしたの?
あの時皇太子トラヴィスが言った言葉は、春休みの間中私を悩ませた。
あれは一体どういう意味だったのか・・・。
(最初は私がアリアナじゃない事がバレたのかと思ったんだよなぁ・・・。でもそれってあの乙女ゲームをやって無いと、分からない事だし・・・)
まさかトラヴィスも私と同じように、別の人格が入っている?でも彼は世間の評判によると、ゲーム通りの完全無欠の皇太子だ。別人のようには思えない。
(もしかしたら以前のアリアナの評判を聞いて、単にあんな言い方をしただけかもしれない)
真意を確かめたいが、皇太子と話す機会なんて無い。それにエメラインに見つかったら、今度は一体何をされるやら・・・。
(おお、こわっ・・・)
私はブルっと身震いした。
動きが取れなくて、結局もやっとしたままなのである。
(ディーンやクラークに聞いてもらう訳にもいかないしなぁ・・・)
そう思いつつも、それとなく探りを入れてみる。
「え~っと・・・皇太子殿下は、噂ではとても出来る方であるとか・・・」
「ああ、とても有能な方だよ。私達が今まで考えつかなかった斬新なやり方を、どんどん提案してくださるんだ。それに人を動かす能力にも長けた方だよ」
ディーンはトラヴィスをすっかり信頼しているようだ。
「だけど生徒会は仕事量の割に人が足りないんだ。クリフが抜けたのは痛手だったな・・・。あいつは優秀なのに、あまりやる気がないから・・・」
勿体ないよ、と言って苦笑する。
(クリフは出世欲とか、そういうの無いもんなぁ。最近は私とお茶してばっかりだし)
「クリフ様らしいですよねぇ」
私がそう言ってくすくす笑うと、ディーンはまたジトっとした何とも言えない目付きで見てきた。
「・・・今度は何ですか?」
「クリフと君が、また噂になってる・・・」
「またですか!?皆さん暇ですねぇ」
ここのところ昼休みや放課後を、クリフと二人で過ごしていたからだろう。でもこの手の噂は今までも何度か経験しているから、もう慣れっこなのだ。ディーンだって気にしないと思ってたのだけど・・・。
「君とクリフが顔を近づける様に、親密に話をしていたって聞いた・・・」
ディーンの口調に咎めるようなニュアンスを少し感じて、私はカッと耳に血が集まった。
「なっ!?ちょっとその言い方はおかしいです!人に聞かれたくない話だったから、小声で話していただけですよ?」
「人に聞かれたくない?そんな秘密の話を二人でしていたのか!?」
「だから言い方がおかしいですって!」
(どうしてこんな口論しなくちゃいけないのさ?)
ディーンと喧嘩なんかするつもり無かったのに。そう思ってたら、メイドのステラがおずおずと私に声をかけた。
「あ、あの・・・アリアナ様?」
「何ですかっ!?」
(今取り込み中なんだけど!?)
「・・・皆様がおいでです」
「えっ!?」
振り返ると入口にリリーやミリア達が、困ったように立っている。
時計を見るときっかり10時半だった。
(げっ・・・)
「ど、どうぞ皆さん、入ってください」
慌てて取り繕ってそう言ったけど、
(き、気まずい・・・)
ちらりとディーンの方を見ると、彼も口元を手で押さえて顔を赤くしている。
(こ、ここは、もう・・・知らぬふりで流そう・・・)
「どうぞ座ってください。ステラ、お茶をお願いします」
私は何事も無かった素振りで、皆ににこやかに椅子を勧めた。ありがたい事に、誰も何も聞かずにいてくれる。空気の読める友人達で助かった。
「アリアナ様!これは父が送ってきた有名店の新作のお菓子です!」
グローシアが私に捧げる様に、お菓子の箱を渡してくれた。
「あ、ありがとう、グローシア。早速頂きましょうね」
時間ぴったりに来たのは、ミリア、ジョー、レティの三人と、リリーとグローシアだ。あとの3人・・・クリフとノエル、パーシヴァル殿下はまだ来ていない。
お茶が配られて少し落ち着いてから、私は集まって貰った理由を説明した。
「日曜日の朝から来てくれてありがとう。実は気になる事がありまして、皆さんに相談したいと思ったのです。でもその話は全員集まってからにしますね。それに新学年になってあまりお話が出来なかったから、色々聞きたくって。リリーの聖女修行はどう?楽しく出来てるの?」
私がそう聞くと、リリーは少し頬を染めて、
「修行と言っても・・・まだ聖女についての授業を受けてるだけなんですよ」
「ねぇリリーの受けてる補講って、あのマーリンって子も一緒なのよね?・・・大丈夫なの?」
ミリアが心配そうに聞いた。
「それが・・・私も最初不安だったのですが、補講で会う時のマーリンさんって、とても良い方なのです」
「ええ~っ!?」
リリーの言葉に、ジョージアとディーン以外は顔をしかめた。
「そんな訳無いじゃない!アリアナ様にあんな酷い事を言った人よ?」
「そうよ!良い人だなんて・・・おかしいですわ!」
ミリアとレティシアはぷりぷり怒ってる。グローシアなどは背中から黒いオーラが立ち上がる勢いで、
「アリアナ様のお許しさえあれば、成敗しにいきたいです・・・」
そんな事を真顔で言うので、私は慌てた。
「グローシア、成敗は駄目だから!ミリーもレティも落ち着いて、とりあえずリリーの話を聞きましょう!」
リリーも3人に遠慮しながらも、正直な気持ちを話し始めた。
「私もマーリンさんがした事に、腹を立てていたんです。だから聖女の補講も最初は憂鬱な気持ちだったのですが・・・でも補講でのマーリンさん、教室とは全く違う様子なのです」
私達はリリーの言葉に戸惑い、顔を見合わせた。
「全く違うって、どんなふうに?」
「とても明るいのです。はっきりものを言いますが、嫌みが無くて・・・。それにとても親切にしてくれます。一緒に授業を受けていて、お互い勉強になりますし楽しいです。今では毎日会うのが楽しみなくらいで・・・」
リリーの言うマーリンの人となりは、ゲームでのマーリンそのものだった。
「クラスで居る時とは、まったく違うじゃない。あの人今でも教室じゃ、下向いてるか、アリアナ様を睨んでるかよ?」
ミリアが呆れたように言うと、ジョーはちょっと難しい顔で腕を組んだ。
「クラスじゃあの騒ぎ以降、完全に浮いちゃってるからね。周りも話しかけないし、マーリンさんも居心地悪くて、自分が出せないんじゃない?」
「当たり前だわ。自業自得よ!」
ミリアは冷たい目をジョーに向けた。
「アリアナ様を侮辱した上に、クラスから追い出そうとしたのよ!?それでも教室に来ているんだから、図々しい・・・。居心地悪くて当然よ!」
ミリアの言葉に、レティシアとグローシアはうんうんと頷いているが、リリーとディーンの表情は少し曇っている。二人はマーリンの苦しい状況を、何とかしてあげたいと思っているのだ。
(う~ん、やっぱり私が言わないとなぁ)
この件に関しては、私が一番の当事者なのだ。
「え~とですねぇ・・・その事なのですが・・・」
私は片手を上げて、皆の注目を集めた。
「マーリンさんの事ですけど、皆さんにお願いがありまして・・・なるべく教室ではマーリンさんと仲良くしてくれないかしら・・・?できればどんどん話しかけて欲しいんだけど・・・」
「アリアナ様!?」
ミリアとレティが驚いた顔を私に向けた。
「そんな・・・嫌ですわ!私あのような方と仲良く出来ません!」
「そそ、そうですわ・・・!あんな怖い方に話しかけるなんて・・・」
私は二人の言葉にうんうんと頷きながらも、宥める様に言った。
「あのね、マーリンさんがあの様な事をしたのは、実は私も悪かったの・・・。前に私は(本当はアリアナだけど)マーリンさんと揉めた事があって・・・、彼女が怒るのは当然なのです。実際の彼女はリリーの言った様に明るくて良い方だから、ミリー達が普通に接すれば、きっとクラスにも馴染んでいくと思うの」
「そんな・・・、アリアナ様は人が良す過ぎますわ」
「でもこのままだと、クラスの雰囲気も悪いでしょ?私は彼女から嫌われてるから無理だけど、皆にはマーリンさんと仲良くして欲しいの。今のクラスの状態を、マリオット先生もお悩みだと思うから」
クラスメイト達はマーリンには近づかないし、私に対する態度もぎこちない。その余波で、せっかくの上級クラスなのに雰囲気が固く、まとまりが無い状態が続いているのだ。
私の言葉にミリアとレティシアは、困ったように顔を見合わせた。でもジョージアとリリーの表情が少し明るくなる。
「OK!私アリアナ様に賛成よ。言う通りにするわ。だって、クラスがぎすぎすしてたらつまんないもん」
ジョージアはそう言って私にウィンクした。
「ア、アリアナ様、ありがとうございます!」
リリーは心底嬉しそうだ。今までマーリンと私の板挟みで悩んでたんだろう。
ミリアとレティシアはまだ納得がいかないようだったけど、「アリアナ様がそう仰るなら・・・」と渋々承諾してくれた。ディーンが安心したように溜息をつく。
(よし!これで一つ問題が片付いたぞ)
マーリンの話が出た所で、ついでに精神魔術の話もしたいのだけど、まだクリフ達がやってこない。
(おっそいなぁ。どうしたんだろう?)
仕方ないのでミリア達にエメライン王女の話を聞くことにした。




