ポイッ
ディーンの顔が見れなくて、片手で目を覆って私は俯いてしまった。
(やっぱりだよ・・・絶対そうだと思ってたんだ。ディーンは揉めたって表現してるけど、恐らくアリアナが一方的にイジメたんじゃ無いの?)
ちょっとアリアナ、聞いてる!?と、私は心の中に叫んだ。
「も、申し訳ありません・・・。正直、覚えておりません・・・。あの・・・馬車の事故以来、記憶がどうも・・・」
「ああ、それは知っている。だから・・・もしかしたら君は気分を害するかもしれないが、それを承知で頼みに来たんだ。・・・マーリン嬢を許してやってくれないだろうか?」
その言葉に、私はふと顔を上げてディーンを見た。一瞬目が合って、彼が微かに目を逸らす。
「その・・・きっと昔の事が尾を引いてるだけで、彼女は君の事を誤解しているんだと思うんだ・・・だから・・・」
ディーンの口調は、やはり歯切れが悪い。なんだか私に気兼ねしているようだ。私はやっと彼が、皆より先にやってきた理由が分かった。
(そっか、ディーンがわざわざ二人で話したかった事ってこれなわけね。マーリンの事が心配だったんだ。・・・それに、もしかしたら皆の前で、昔のアリアナの話を出すのを避けてくれたのかもしれないな)
ディーンは多分マーリンの事を・・・恋愛かどうかは置いといて・・・ちゃんと好きだったのだろう。
(優しいね。でもって不器用だ)
気まずそうに目を逸らせたままのディーンに、思わず苦笑してしまう。
「もちろんです」
「え?」
ディーンは驚いた顔で私を見た。
「それに許すも何も・・・あの時は私も結構きつい言い方しましたから、お互い様ですね」
「・・・アリアナ」
「昔の事もちゃんと謝らなくちゃいけませんね。覚えてないと言ったら、もっとマーリンさんを怒らせてしまいそうですが・・・」
首をすくめてそう言うと、ディーンは安心したように笑った。
「ありがとう・・・。てっきり断られるかと思ってたよ」
「だから、ずっと恐い顔してたんですね?」
からかう様にそう言うと、ディーンの顔が少し赤くなった。
「すまない・・・君が怒るかもしれないと思ってたから・・・」
「怒りませんよ。きっと私も悪かったのですし、ディーン様が友達を心配するのは当たり前です。なのに・・・ありがとうございます。あの時、私の味方をして下さって」
「え?」
「一緒に、通常クラスに行くと言って下さったでしょう?」
ディーンは苦笑しながら、
「・・・一番、最後だったよ?」
「最後はパーシヴァル殿下ですよ。しかもディーン様にくっついてですから。全く調子の良い方ですよね?」
思い出すと何だかおかしくなってきて、二人で笑ってしまった。
「でも良かったです。ディーン様がそう言う風に思って下さっていて。私もマーリンさんの事は気になってたんです」
「え?・・・そうだったんだ?」
「ええ。実はクリフ様には言ってあるのです。マーリンさんと普通に接して欲しいって」
「えっ!?」
ディーンは本当に驚いたようだった。
「他の皆さんにも、今日お願いするつもりだったんです。本人のいる教室では言いにくいですから。・・・マーリンさん、この一週間の間、教室では誰とも話していな気がして。短い休み時間も、一人で何処かへ行ってるようですし」
「ああ・・・だが聖女候補の補講ではリリー嬢と二人だから・・・」
「ええ、リリーは凄く可愛くて、優しくて、本当に良い人だから、マーリンさんとも仲良くしてくれていると思うんですよねぇ」
私のリリー大好き熱に、一瞬ディーンの顔が引きつった気がしたが、そんな事は良いとして、これについても今日、リリーに聞きたいと思っていたのだ。
聖女候補の補講では、マーリンは一体どういう様子なのか?・・・誰かに操られているような、そんな素振りは無いのか?
(精神魔術の事についてディーンに話すのは、皆が来てからにしよう。説明が二度手間になるもんな。それよりも・・・)
「ディーン様もマーリンさんに、どんどん話しかけてくださいね。私は立場上、無理なので・・・。余計にマーリンさんを怒らせちゃいそうでしょう?でもディーン様やリリーが、マーリンさんと親しくすると、きっとクラスでの雰囲気も変わると思うのです。それにディーン様は、元々マーリンさんと仲が良かったわけですし」
「いや・・・そんなに仲が良いと言う訳では・・・」
「きっと、お二人って気が合うと思うんですよね!」
だってディーン攻略ルート外では、必ず二人は恋人になってたぐらいだから。
(ふむ・・・昔アリアナが意地悪した罪滅ぼしに、ディーンとの仲を取り持ってあげるってのもアリかもな。そうすれば、私もマーリンと友達になれるかも?だって設定ではマーリンは根は良い子なんだし、私が昔のアリアナとは違うって分かれば、許してくれるかもしれないじゃない?)
昔から好きだったディーンが恋人になれば、マーリンだって即ハッピーだろう。
そんな妄想を繰り広げていたら、ディーンが私をじっとりした目で見つめていた。
「・・・ディーン様・・・何ですかその目は?」
「アリアナ、君さ・・・何か変な事を考えてない?」
「へ、変な事って・・・?」
「私と、マーリンをくっつけようとか・・・。」
「えっ!?私、声に出てました?」
思わずそう言って両手で口を押えると、ディーンはがっくりと項垂れ「はぁ~~~っ」と滅茶苦茶深いため息をついた。
「あ・・・あのディーン様?」
「・・・忘れてない?君と私は一応婚約者なんだけど?」
「そ、そうですが・・・」
「婚約者に他の相手との仲を取り持つなんて・・・ありえるのか?」
「いや、でも、ほら、一応婚約者ってだけで、いつでもポイってできますから・・・」
そう言うとディーンは顔を上げて、キッと私を睨みつけた。
(ひっ!、こわっ)
「ディ・・・ディーン様?」
「いつでもポイ?・・・君は私をそんな風に思ってるのか?」
普段よりも声が低い・・・。マジで怖いぞ!
「ち、違いますよ!?ポイってするのはディーン様の方です。ディーン様が私をポイって捨てるんです。だから・・・」
するとディーンが机をバンと叩いて立ち上がった。私はビクッとなって身を縮めた。
(ひえっ!何で?お、怒ってる!?)
「私がそんな事、するわけ無いだろうっ!!」
だけど叫ぶ様にそう言ったディーンの声を聞いた時、不思議な事に私はスッと冷静になった。そして、
「しますよ・・・貴方は。他に好きな方が出来れば、アリアナなど直ぐに捨てます」
言葉が勝手に口から零れ落ちた。そんな感じだった。自分とは思えない程、感情のこもらない冷たい声。
(嘘つきめ・・・どんなルートに進んだって、ディーンはアリアナを選ばなかったじゃ無いか・・・)
いかん・・・なんか思考が良くない方に向かっている気がする。一瞬ふらっと目眩の様な感覚がして、私は頭を軽く振った。
「アリアナ・・・?」
顔を上げると、つい今まで怒っていたディーンが、心配そうにしていた。
「・・・すみません、言い過ぎました」
頭を下げるとディーンも、
「いや・・・私も大きな声を出して悪かった」
そう謝ってくれた。
だけど私達の間にはまだ、燃え残りの様な火がくすぶって様な気がして、何だか落ち着かなかった。




