違和感の正体
「そ、それは、どうも・・・」
クリフにそんな風に言って貰えたのは滅茶苦茶嬉しい。でも反面、気恥ずかしくて私は顔が上げられなくなった。きっと顔が赤くなってるんだろうな、頬が熱い。
(き、気まずいな・・・なんか話題は・・・)
あっそうだ、と思い出した。
「そ、そう言えば、クリフ様はディーン様と、仲直りされたんですね」
「ん?ああ、そうだね」
「・・・いったい何があったのかは、教えて貰えないんですよね?」
「う~ん、そうだね・・・」
クリフが苦笑交じりにそう言った。
私が聞いたのは、もちろん先月の終業式ダンスパーティでの事である。
ダンスパーティで殴り合いの喧嘩をしたらしい二人は、次に会った時はすっかり普通に戻っていた。というか、前よりも親しくなったようにも見える。
心配してた身としては拍子抜け。二人に何があったのかを問うても、はぐらかされるばかりなので、詳しくは聞いていない。
「色々誤解があったんだ。・・・気になる?」
「そりゃ、気にならない事はないですよ。心配しましたから。でも無理には聞かないです。ただ・・・」
私は周りに聞こえない様に声を潜めた。
「噂になってたのですが、リリーを取り合って殴り合ったと言うのは・・・。」
「それは違うから!」
私の問いをクリフは食い気味に否定した。この態度を見るからに、やはり噂は間違っているのかな・・・?
(う~ん、ゲームでも似たようなイベントがあったから、アリかな?とも思ったんだけど・・・そうか、違うのか・・・)
ゲームファンとしては、しびれる展開なんだけど、当事者はしんどいだろうしなぁ。
「本当に違うからね!・・・単に俺が誤解して・・・ディーンも悪かったんだけど・・・」
珍しくクリフが必死で弁解するように言うから、私は慌てて両手を振った。
「了解です。分かりましたよ」
何かはあったのだろうが、人には話したくない事なのだろう。
クリフは息を吐いて髪をかき上げ、気を取り直す様に椅子を座り直した。
「そんな事よりさ。君も今朝から大変だっただろ?どうするつもりなんだ?」
マーリンとのごたごたの事だ。
「その事なんですけどね・・・」
今日の授業中も休み時間になっても、マーリンはずっと思いつめた顔をして、誰とも話す事は無かった。周囲も腫れものを扱うような感じで、彼女はクラスですっかり浮いてしまったのだ。
(まぁ、それは私も同じだけどさ)
でも私には仲間がいる。だから・・・
「出来ればクリフ様達は、マーリンさんと普通に接してくれませんか?」
私がそう言うと、クリフはあからさまに眉間にしわを寄せた。
「どうして?彼女は随分と、君に酷い事を言ってたと思うけど?」
「ええ、それは否定しないです。でも、ちょっと引っかかるんですよ・・・」
私は人差し指を立てて、眉間に当てた。
「彼女が私を嫌ってるのは間違い無いと思うのですが・・・だからって、あんな風に根拠も無く、暴走するタイプには見えないんですよね。そこがちょっと納得いかないと言うか・・・」
「どういう事?」
クリフも興味を持ったようだ。
「先月のダンスパーティでの、エルドラさん達の事覚えてます?」
「ああ・・・」
クリフがあの時の事を思い出したのか、心底不愉快そうな顔をした。
「ダンスパーティで騒ぎを起こすにしては、短絡的過ぎるというか、根拠が薄い気がしませんでした?」
「単に彼女達が、浅薄で低能だっただけじゃないのか?」
(ボロカスだな・・・)
クリフはたまに辛辣だ。
「ま、まぁ、そうかもしれませんが、それにしてはやたら自信ありげでした。裏付けも全くとってない状態で、どうしてあそこまで多きな行動に出れたのかが不思議で・・・」
そう言うと、クリフも何か思い当たるようで、考え込むように口元に手をあてた。
「・・・なるほどね。小物にしては行動が大胆だとは思ったけど。確かに、俺達のつまらない噂を信じたとして、断罪を行うのに証人を集める事もしてなかったな・・・」
さすがクリフ。理解が早いね。
「そうなのです。今回のマーリンさんの時も、同じような違和感を感じたのです。彼女は上級クラスに入れるくらい優秀な方です。しかも聖女候補。学年の最初の授業で、思い込みだけでこんな騒ぎを起こすような、無謀な方とは思えないのです」
クリフの表情に真剣さが増す。
「うん、確かに・・・」
「それと、もう一つ気になる事があります。エルドラ達には、彼女達に入れ知恵をした黒幕がいます」
「え?」
「私を断罪した内容について、『あの方に聞いた』と言っていたので、彼女達より年長か、身分が高い人だと思うのですが・・・」
彼女達はその黒幕を信じきっていた。多分、今もそうだろう。だから今日の昼休憩の時にも、私に嫌がらせをしてきたのだ。
「学園内では身分の上下を問わずと言われてますが、私は一応公爵家の肩書を持っています。だから普通なら陰口は言っても、直接攻撃するのは避ける筈なんですよ。後々面倒事になるって思うから。それをあえてしてきたというのは・・・」
「ふうん・・・そこそこの身分の者が、後ろにいるって事か」
「一応、目星は付いています」
私がそう言うと、クリフは顔を上げた。
「クリフ様はあの時いらっしゃらなかったので、気づかなかったでしょうが、エルドラ達はモーガン先生と、何かしら繋がりがあります」
「モーガン?今年3年生の担任をしている女性の?」
クリフはピクリと眉を動かした。
「ご存知なのですか!?」
「確か、元侯爵家の方だ。ただ・・・父親のモーガン侯爵が犯罪を犯して爵位を剥奪されてから、しばらく行方不明だったんだ。今はデンゼル公爵の第二夫人になってる」
「えっ、そうなのですか!?よくご存じですね」
「俺の母の・・・本当は祖母だけど・・・実家の遠縁に当たるんだ。だからこの学園の教職に就く時、父が手伝ったんだ。旧姓を名乗っているのは、第二夫人である事を、あまり公にしたくないからみたいだよ」
(第二夫人か・・・。有力貴族の中には第二、第三と奥さんを持つ人がいるって聞くけど、要はお妾さんの事だよね?・・・家の中が色々揉めそうだなぁ。アリアナの家は両親ラブラブで、そんな影も無いから有難いけど・・・)
「だけどそのモーガン先生が、どうしてエルドラ嬢と関係があると?」
クリフの問いに、私は考えをまとめながらゆっくりと答えた。
「まずエルドラさんは前年度、モーガン先生のクラスだったらしいのです。・・・それに加えてエルドラさん達の態度と言うか、雰囲気というか・・・」
(う~ん、説明が難しいな・・・)
「・・・結局あの騒ぎの時は、先生方が来てくれて治まったのです。エルドラさん達はエライシャ先生に注意された時は不服そうだったのに、モーガン先生の一言で大人しくなったんです。しかもその時の彼女達がまるで・・・」
「まるで何?」
「操られてると言うか・・・急に素直になって、催眠術にでもかけられてるような感じだったのです」
クリフの目がスッと細められた。
「そういう魔術ってありましたよね?」
「ああ、でもそれは日常での私用は禁じられている・・・」
人間の精神に作用する魔術は、犯罪に利用されると危険だ。過去には国を揺るがす様な大きな事件もあったらしい。
相手と目を合わすだけで好意を持たせたり、言う事をきかせたり、挙句の果てには人形の様に操ったり・・・。そういう魔術を使える者は少ないらしいが、一定数はいる。だから見つかった場合は、強制的にそれを封じる魔法具を付けられるのだ。
(そういえば私がイーサンに眠らされたのも、精神魔術の一つだよね・・・?怖っ、あいつはそんな魔術も使えるんだ)
あの隠しキャラはどこまで能力高いんだ?と思いながらクリフを見ると、彼はすっかり考え込んでしまっている。さすがに学園の先生が精神魔術を生徒に使っていると言うのは、突飛すぎるだろうか・・・?
「すみません。ちょっと、考えが飛躍しすぎたかもしれません」
私は笑いながらそう言った。でもクリフは真剣な顔を崩そうとしない。
「いや・・・俺も少し気になるから、モーガン先生について、もっと詳しく父に聞いてみるよ」
「えっ!良いのですか?」
「ああ、それとマーリン嬢がモーガン先生と関係しているかも、調べた方が良くないか?」
「そうなんですが・・・。そう言うのってミリアが得意じゃないですか。でも今はエメライン王女のお世話で忙しそうで・・・」」
私じゃ目立ちすぎて、こっそり調べると言う風にはいかない。う~ん、どうしようかと思っていると、中庭の向こうから誰かが猛スピードで、誰かが走って来るのが見えた。髪が長いので女生徒だ。
(すっごいスピード。男子より早いんじゃない?それにしてもスカートがひるがえり過ぎだよ・・・ん?)
彼女は真っすぐこちらに向かっていて、何かを叫んでいる。それに・・・あの髪の色って・・・。
「ア、アリアナ様ぁ~~~っ!」
「グ、グローシア!?」
グローシアが土煙をあげる勢いで、こちらに走ってきていたのだ。
「ちょ、ちょっとグローシア!スカートで、そんなに走ったら・・・!」
私は思わず椅子から立ち上がって両手を前に突き出した。走ってきたグローシアは私の前で急停止すると、目の前にひざまづいた。
「申し訳ございません、アリアナ様!このグローシア、アリアナ様の有事にはせ参じる事が出来きなかった事、大変申し訳なく・・・」
「そんな事は良いから早く立って!スカートが汚れるから!」
それにこんな生徒が大勢いるカフェで、これじゃ目立ち過ぎでしょ!?
「ば、場所を移動しましょう。ノエル様はいらっしゃらないのですか?」
グローシアはスカートをはたきながら立ち上がった。
「もうすぐ来ます。わたくしは一刻も早く、アリアナ様にお会いしたかったので」
「そ、それはありがとう・・・」
クリフはクスクスと笑いながら椅子から立ち上がった。
「俺はさっきの件について、今から父に手紙を書くよ。ノエルが来たらそう言っておいて」
「あ、はい。ではまた明日教室で」
「ああ」
クリフはそう言って、中庭の芝生を寮の方へ向かって歩いて行った。周りにいる女生徒達が皆、頬を染めながらずっとクリフの方を目で追っているのが見えた。
(ほわぁ~さすがだよね・・・。ああいう人とさっきから二人で喋ってたと思うと、ちょっと不思議な気分になるねぇ)
何せ神セブンの一人だ。ただ歩いている姿ですら絵になる。
大したもんだと思いつつ、私はグローシアと場所を移動した。
 




