微かな違和感
私は腕を組んで相手をあごを逸らせた。こうなったら悪役令嬢っぽさ全開だ。
「マーリンさんは不正と仰いましたが・・・私はどうやってテストで不正をしたというのでしょう?」
「知らないわよ!どうせ、カンニングでもしたんでしょ!?あなたのやりそうな事だわ!」
(おいおい、アリアナのイメージ酷いな)
興奮しているせいか、マーリンはは口調が荒くなっている。お嬢様言葉を使うのも忘れてるようだ。
(ふん・・・口喧嘩は熱くなったら負けだよ)
私はあくまで落ち着いた口調で、マーリンの矛盾をついて行く。
「私が不正をしたというのなら、テストを監督して下さった先生方は皆、私の不正を見逃した事になりますね?そのような事はありえます?」
すると彼女は私を軽蔑する様に笑いを浮かべた。
「コールリッジ公爵家の権力で押さえつければ、可能かもしれないわよ?ご自分の胸に聞いてみたらどうよ!?」
私は彼女の言い分に呆れた。
(はぁ?・・・この子、本気でそう思ってんの?)
「もしそうだとしたら、14教科のテスト監督なさった全ての先生に、私は圧力をかけた事になりますが?」
「そうよ!」
「さすがに無理がありませんか?そもそも当日のテスト監督が誰になるのかなんて、分からないですし・・・」
一瞬マーリンはムッと口を引き結んだ。でも、直ぐに見下すように笑いを浮かべると、
「学園中の先生に圧力をかけるくらい、あなたならしそうだわ」
あまりの荒唐無稽さに、思わず私も笑ってしまった。それを見たマーリンの目が吊り上がる。
「何を笑ってるのよ!?」
「ごめんなさい。本当にそんな事を考えてらっしゃるのかと思って。そうですね・・・もし私が不正をしたと仮定しましょう。私ならそんな非効率な事はしません。だってテストを作る先生をターゲットにすれば良いだけでしょう?それなら圧力をかけるのも14人の先生だけですみますもの」
くすくす笑う私は、どうやらマーリンの神経を逆なでしたようだ。顔つきが険しくなる。それでも彼女は勝ち誇ったように胸を反らせた。
「白状したわね!やっぱりそうだったんじゃない!」
(短絡的・・・)
私は頬に手を添えて小首を傾げた。
「仮定の話と申しましたが?」
成り行きを見ていたクラスメート達は、こちらを見ながらコソコソと喋り合っている。マリオット先生はおろおろと「落ち着いて!二人とも落ち着いてください」と私達二人の顔を見回すばかりだ。
目の端にリリーが心配そうに見つめているのが見える。ミリアは眉間にしわを寄せてマーリンを睨み、ジョーはただ頬杖をついて眺めている。レティは眉尻が下がり、少し顔色が悪い。
(ふうん、こういう時って性格がでるよね)
皆の反応を見るのが面白かった。それくらい私は落ち着いていた。
パーシヴァルはつまらなそうに外を眺め、ディーンは私達二人を冷静に観察している。そして何故かクリフは愉快そうに私を見ていた。
私はクリフの様子を見て少しホッとする。ダンスパーティの時の様に、彼が怒り出さないかと心配していたからだ。
(まぁ、あの時はクリフもお金目当てみたいに言われたから、腹が立ったんだろうなぁ)
私はマーリンに目線を戻す。彼女は完全に勝ったつもりのようだ。私はわざとらしくため息をついた。
「でも、マーリンさん。もしもその14人の先生が不正に手を貸したとして、私の成績を満点にする必要はあります?」
「魔力ゼロが上級クラスに入るのには、それくらいじゃないとダメだって、マリオット先生も言ってたじゃない!」
いきなり話を振られたマリオット先生は、大慌てで両手を振り回しながら、
「い、いや、マーリンさん。僕はそうじゃなきゃダメとは言って無いよ!全科目難点は上級クラスに相応しいと言っただけ・・・」
「でしたら!」
申し訳ないが、正そうとしたマリオット先生の言葉に被せる様に、私は口を挟んだ。
「でしたら、成績を満点にするような目立つ事をせず、私が魔力ゼロである事を隠した方が簡単ではありません?魔術実技の先生を抱きこむだけですみますよ?」
(はっは、我ながら悪い手を考えるなぁ・・・。そんな事しないけどさ)
マーリンがいきり立って地団太を踏んだ。
「あ、あなたって、なんてズルい人なのよ!」
(だから、例えばの話だってば・・・)
この子、ほんとに話を聞かない・・・ていうか、とことんアリアナが不正したって考えに固執してる。
(なんだろう?この感じ・・・)
前にも似た様な違和感を感じた様な・・・。
微かに記憶がよぎったけど、ぎゃんぎゃんと私をなじり続けるマーリンの顔を見て、急にテンションが下がった。
(ああ、もう!面倒くさくなってきたぞ)
なんで、こんな子の相手しなくちゃいけないのさ!?
私はマリオット先生にクルリと顔を向けた。
「マリオット先生。私、通常クラスに参ります」
私がそう言うと、マリオット先生はまたぽかんと口を開けた。再度眼鏡が斜めにずり落ちる。だけど、先生は慌てて眼鏡を押さえて頭を振ると、気を取り直して私を止めにかかった。
「ア、アリアナさん!そ、それは駄目です!そんなことは・・・!」
「アリアナ様!?」
「そんなっ!?」
リリーとミリアの声も聞こえる。クラスのざわめきも、これまでで一番大きくなった。
「ほらみなさいよ!やっぱり不正をしたからよ!通常クラスに行くのが当然だわ!」
私を言い負かしたと思ったのだろう、大喜びでそう言うマーリンを、私は再び冷えた目で見つめた。
「わたくしが、通常クラスに行くと言ったのは、不正をしたからではありません。あなたと同じクラスなのが嫌だからです」
「は!?何ですって!?そんなのただの負け惜しみじゃない!」
「別にどう思って頂いても良いですけどね・・・・。だけどあなたの仰る事って、まったく論理的では無い上に、整合性に欠けているんですよ。人を攻撃する事だけを目的としていて、大変不愉快です。それに、元々私はクラスにこだわりは無いのです。勉強は一人でもできますもの。ただ、友人達とは同じクラスでありたいとは思いましたけど・・・」
(みんなと同じクラスでいたいとは思うけど、正直このマーリンって子といるのはごめんだわ)
さて・・・どうやってクラス移動の手続きをすれば良いいだろう?それこそ、公爵家の権力でも使おうか・・・?
そんな風に思っていると、混乱する空気の中で、クリフがゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、俺も通常クラスに行く事にしよう」
「ク、クリフ君!?」
マリオット先生の声が裏返った。
「アリアナ嬢が行くなら、通常クラスの方が面白そうだ」
クリフは私にニヤリと笑みを向けた。




