ぼっち飯
新学年の1年間が始まった。
(あ~久しぶりだなぁ、この感じ・・・)
2年生初日の昼休み。私は中庭で一人、買ってきたサンドイッチをもしゃもしゃと食べていた。こんな風に一人で食事をするのは、ミリア達と友達になってからは初めてだ。周辺には男女それぞれのグループが楽しそうに、あははうふふと談笑しながら昼食をとっている。
そんな中でどうして私がぼっちになっているのかって?原因はもちろん、しっかりとある。
まずリリーがここに居ない理由。それは彼女が予定通り、聖女候補に選ばれたからだ。
ゲームの内容と同じで、この国の神官は世界の危機を予言した。
―――この危機を救えるのは、光の魔術を使える聖女だけなのだぁ!
神官は、そう高らかに宣言したそうな。
(まんま過ぎて笑ったわい。大体、危機っていったい何なのさ?)
それはゲームでも3部に行かないと分からないのである。
聖女候補ともなれば通常授業に加え、聖女としての修行を兼ねた授業もプラスされるので、昼休みや放課後も補講が入る。リリーとは授業の間の休み時間しか話せなくなってしまったのだ。
(ううう、寂しいよぉ・・・)
ヒロイン好きの私には潤いが足りない。リリーの笑顔に癒されたかった。
そして、ディーンとクリフ。彼らは成績優秀で魔力、魔術ともにとびぬけている事から、生徒会にスカウトされたのだ。今は年度始めで何かと忙しいと、昼休みになった途端に呼び出されている。
次にグローシアとノエルであるが、あの二人は成績の関係で私達とは違うクラスになってしまったのだ。ちなみに私達は上級クラスで、彼らは通常クラス。
授業のカリキュラムが違うので、休み時間がズレてしまった上に、教室の建物がかなり離れてしまった。なので昼休みは挨拶程度にしか会えない。
そして最後にミリア、ジョー、レティの3人であるが・・・、
(あ~あ、まさかこんな事態になるとはね・・・)
3人はあろうことか、エメライン王女のお世話係の候補に指名されたのだ。
前のお世話係達が卒業してしまったとの事だったが、エメラインの我儘に耐えかねて、自主退学したとの噂も聞く・・・。
おいおい大丈夫かよ、そんなの断っちゃえば?と思ったが、なかなかそうも出来ないようで・・・。実はミリア達3人はもともと遠い親戚同士らしい。しかも共通の親類がエメライン王女と同郷で、その縁でお世話係に推薦されたのだ。
―――下手に断ると一族中に迷惑がかかるのです。
渋い顔でミリアは溜息をついていた。
(しがらみだねぇ、面倒くさいったら。おかげで私はぼっち飯・・・)
えらい迷惑だ。
しかもエメライン王女も聖女候補に選ばれた。これもゲームの筋書き通り。つまりエメラインとリリーはライバル同士となる。
(候補とは言えミリア達がエメラインのお世話係になっちゃうと、リリーと友達関係を続けるのは難しいだろうなぁ・・・)
私は空を見上げて溜息をついた。
でも憂鬱なのは、それだけが理由では無かった。どちらかと言えば、もう一つの方がメインだ。時は数時間前に遡る。
始業式の後、私達は新クラスの教室に入った。そして椅子に座った途端の事だった。
(なんだ・・・?)
私は強烈な視線を感じたのだ。
(・・・この刺すような視線・・・)
私には覚えがあった。先月の終業式で、最優秀成績者の表彰中に感じたもの同じ。
そしてその視線の主は、直ぐに自らその正体を顕わにした。
先生が上級クラスの説明を始めた時だった。後ろの方の席に座っていた一人の女生徒が手を上げて立ち上がった。
「先生!私、この上級クラスの生徒の選定に疑問があります!」
突然そう言いだしたのだ。
クラス担任の若い男の先生は、見るからに動揺して眉を下げた。
「ど、ど、どういう事でしょう?。えーっと・・・マーリン・ファンカムさん・・・?」
先生は、まだ名前と顔が一致しないのだろう、おろおろしながら出席簿を確認している。
驚いた事にこのクラス担任は、ダンスパーティで私が他の女生徒に絡まれている時に、謎の美人先生と一緒にいた例の男の先生だったのだ。しかも、
(この先生が最後の神セブンってわけだ・・・)
2年生で現れる攻略者の一人、『レナルド・マリオット』なのである。
(それにしちゃ、頼りない)
確かにゲーム設定でも、そんなイメージだったかも?
マーリン・ファンカムと呼ばれた女生徒は、ミルクティベージュの髪を両肩で結び、なかなか可愛らしい容姿をしていた。ヘーゼルナッツ色の瞳も、男子に人気そうだ。
(あれ?・・・うーん、この子。どっかで見たような・・・?)
どこでだったか―――と思っているうちに、彼女は話を続けた。
「はい先生。私はこの上級クラスに、魔力を全く持っていない人が入っている事に不信感を感じています。何か不正があって入ったとしか思えません!」
(・・・ん?)
魔力を全く持ってない?・・・それってイコール私の事じゃん?
クラス中にざわめきが広がり、騒然とし始めた。
「マママ、マーリンさん。と、突然、なな、何を言い出すのですか!?」
めちゃくちゃどもりながら、マリオット先生は慌てたのか、持っていた出席簿を床に落とした。
「お、おっと・・・と、とにかくマーリンさん。クラスの編成に不正など、あ、ありえませんよ」
先生の眼鏡は出席簿を拾った拍子に、面白いくらいズレてしまっていた。
「では、どうして魔力の無い人が、上級クラスにいるんです!?」
マーリンは一歩も引かず、先生に詰め寄る。
「そ、それは・・・い、いえ、その話はまた授業の後にでも・・・」
ズレた眼鏡を直しつつ、先生は誤魔化す様にくるりと黒板の方を向いた。
(おいおい、それじゃ全く解決しないじゃん)
思わず突っ込みを入れたくなる。
もちろんマーリンも追撃の手を緩めるわけは無く、
「いいえ、納得できませんわ!私達は上級クラスに入る為に、毎日努力してきました。この上級クラスは身分の上下関係無く、学問の成績と魔力、魔術の才を持つものだけが入れるクラスのはずです。その伝統を権力の力で崩した方がいるのですわっ!」
「マ、マーリンさん・・・」
マリオット先生は、すっかり困ってしまったようだ。額には大汗をかいている。
(ゲーム設定ではこの先生、優秀なんだけど、ちょっと優し過ぎて優柔不断って書いてあったよなぁ。でもそういう所が可愛いって評判だったっけ。私は攻略してないからあまり知らないんだよね)
確か私達より8歳は年上のはずだ。グスタフよりはマシだが、生徒に手を出しちゃいかんだろ!?・・・まぁ、最終的に恋愛関係になるのは卒業の時だけどさ。
それよりも今はマーリンの事である。
彼女が文句を言っている相手は、間違いなく私だ。先生に進言してる形で、ほんとは私を糾弾しているのだ。
(・・・しょうがないなぁ)
これじゃ授業が始まらん。面倒臭いと思いつつも、私はゆっくり立ち上がった。
「先生。マーリンさんが仰っているは、私の事ですね?」
「ちょ、ちょっとアリアナさん・・・」
マリオット先生はますます慌てたようで、額どころか顔中に大汗をかいている。そしてばたばたと両手を振り回しながら、説明を始めた。
「ち、違います。あなたは最優秀成績者で表彰されたほど、素晴らしい成績を修めています。上級クラスに入るのは当然です」
「でも、マーリンさんが仰った『魔力無し』は、このクラスでは私だけですよね?」
そう言うと、クラスはますます騒然となった。「魔力が無いの?」「貴族のくせに?」「なんで上級クラスなの?」という声も聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと皆さん、静かに!・・・良いですか、上級クラスは魔力が無いと入れないわけではありません。魔力が弱くとも、他に抜きんでた才能を持つ者が、過去に在籍していた事もあります。アリアナさんの場合は、1年次のテスト全てで満点であった事が、それにあたります。これは学園創立以来の事ですから、充分上級クラスに値するのです」
マリオット先生の説明に、クラスの人達は一応静かになった。でも完全に納得した訳じゃ無いだろうな。もちろんマーリンもその筆頭だろう。彼女は「ふふんっ」と馬鹿にしたように笑うと、
「先生、私はそれに関しても疑問に思っています」
「・・・え?」
マリオット先生はぽかんとした顔で、マーリンを見つめた。眼鏡がまた少しずり落ちる。
(ふむ・・・なるほど。こういうとこが、この先生の可愛い所なのか)
見た目はイケメンで、いかにもデキる雰囲気なのに、ちょっと抜けている所がギャップなのだろう。あいにく私の趣味では無いが。
そしてマーリンにもその魅力は通用しなかったようで、先生のとぼけた顔に一層目を吊り上げる。そして私の方を指差しながら、凄い目つきで私をキッと睨みつけた。
「このアリアナさんが、そんなに成績が良いなんて信じられません!ぜ~ったい、何か不正があったのですわっ」
「なっ!?」
マーリンの言葉を聞いて、私は絶叫しそうになるのを辛うじて押し留めた。
(な、な、なんだとぉぉぉぉ~~~~~!?)
いくら私だって、テストの成績を疑われるのは許せない!
(この女ぁ・・・良くも言ってくれちゃったわねぇ。・・・私のあの輝かしい成績を不正だとぉ~?)
私があの成績を維持するのに、どんだけ頑張ったか。血の滲むような努力を知らない癖に、この女・・・。しかも卑怯な事が何より嫌いなこの私が不正!?
温厚な私にも、触れるとヤバい逆鱗はあるのだ。
「マーリンさん?」
あくまで静かな声、静かなトーン。
だけど私の周りの空気が冷え切ったのが分かったのか、マーリンは一瞬ひるんだ顔をした後、気を取り直すように再び私を睨みつけた。
私はそんな彼女に微笑みかけた。はい、もちろん氷の微笑でございます。
「マーリンさん。あなた、私がテストで不正をしたと仰いますの?」
「そ、そうよ!私が知ってるあなたは、顔が可愛いだけの、短気で高慢な馬鹿女だったわ!そんなあなたが、あんな良い成績を取れる訳が無いじゃない!」
(ん・・・?この子、前のアリアナを知ってるんだ。・・・なるほどねぇ、だからか)
とはいえ、ここまで言われて手加減はしない。私は心の中でバキボキと指を鳴らした。
さぁ、反撃じゃ!




