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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
閑話_変化(ディーン目線)
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決意

 リリー嬢はアリアナを背に庇ったまま、私を睨みつけている。


 (どういう事なんだ?これじゃまるで・・・)


 「アリアナ様は、私が他の方達に囲まれている所を助けてくださったのです。もう少しで手を上げられるところを止めてくださいました。きっとご自身も怖かったでしょうに・・・」


 リリー嬢はそう言って、気遣わしげにアリアナを振り返った。


 (まるで私に虐められているアリアナを、リリー嬢が庇っているようじゃないか!)


 「それにディーン様はアリアナ様の婚約者でいらっしゃいますのに、アリアナ様を疑うなんて信じられません!酷過ぎます」


 その言葉を聞いて、私は頬を叩かれた様な衝撃を受けた。何か言わなければと思うのに、思考がバラつき心が状況に追いつかない。


 「アリアナ様に謝ってください!ディーン様」


 (謝る・・・私が・・・?あのアリアナに・・・?)


 何も建設的な事が思い浮かばない。これじゃただのボンクラじゃないか。私はこんなにも無能な人間だっただろうか?


 ぐるぐると迷路の中を走っている気分で言葉を捜していると、見かねた様にアリアナが声を上げた。


 「よ、良いのです。誤解が解けたのなら大丈夫です。もう参りましょう!」


 「で、でもアリアナ様・・・」


 「本当に良いのです。ではディーン様、ごきげんよう!」


 彼女はそう言って、リリー嬢の手を引っ張る。


 (あ・・・)


 美しいピンク色の髪と、ふわふわのハニーブロンドが揺れながら、あっという間に私の視界から消えてしまった。



 何が起きたのか理解出来なかった。


 午後の授業は全く身が入らず、休み時間も気まずくて、リリー嬢に話しかける事も出来ない。


 唯一分かったのは・・・私がとんでも無く思い上がっていたという事だった。


 「何がリリー嬢を守るだ・・・。何がコールリッジに逆らう覚悟だ・・・」


 寮の机の上で両手を組んで額を乗せた。こんなにも自分を情けなく、恥ずかしく思ったのは初めてだった。


 「それに、いったい・・・どうして・・・」


 アリアナがリリー嬢と共に走り去っていく時、私の方に向けた表情が目に焼き付いて離れない。


 いつも高慢で、私に対する執着を隠そうともしない顔を見るのが嫌で、会っても視線を逸らすようにしてきた。


 久しぶりにちゃんと見たアリアナは、最初に見た時と同じように妖精の様に可憐で、ふわふわしたハニーブロンドの髪がいつまでも私の心の中で揺れていた。


 次の日授業が始まる前、教室に続く廊下でリリー嬢は私を中庭へと呼んだ。


 「ディーン様。ディーン様がいつも私を庇ってくれたり、親切にして頂いてる事にはとても感謝しています。でも昨日のディーン様のアリアナ様へのなさり方は、あまりにも思いやりに欠けていたと思います。アリアナ様はきっと傷ついていますわ」


 「あ、ああ・・・すまない・・・」


 「謝るのならアリアナ様になさって下さい。私はアリアナ様はディーン様に相応しい素晴らしい方だと思いました。こんな事でお二人が喧嘩するのは悲しいです」


 リリー嬢にそう言われるのは、なんだか凄く複雑な気分だった。


 「ディーン!リリー嬢と何の話をしてたんだ?」


 教室に戻ると、パーシヴァルがニヤニヤしながら好奇心丸出しにそう聞いてきたのが煩わしい。私は何も答えられず、溜息を付きながら彼から離れた。


 リリー嬢にはアリアナに謝る様に言われたが、私はまだ納得できていなかった。冷静になって考えてみると、あのアリアナが人を庇うなんて考えられない。もしかしたら、リリー嬢に対して何か良からぬ事を企んでいるのではないだろうか?


 そんな疑いが首をもたげたが、アリアナを善人だと思い込んでいるリリー嬢に、それを言うのは藪蛇な気がした。だからと言って、直接アリアナに確かめる事も憚られる。


 (本当にボンクラじゃないか・・・)


 アリアナはあの日会ったっきり、一度も私の所へ来ることは無かった・・・。


 何も出来ず、考えも進まないままの日々が過ぎていった。


 リリー嬢は相変わらず他の女生徒とは馴染めないようだ。今度のピクニックの馬車の組み分けでも、女生徒のグループに入れて貰えなかったようなので、男子ばかりの私達のグループに誘う事になった。


 たまに嫌がらせも受けたりしているようだ。だからやはり、私とパーシヴァルが一緒に居る事が多いのだが、以前とは少し雰囲気が違う気がしている。


 彼女は前と同じように親しみやすく、私達に感謝の意を伝えてくれる。だが私に対しては、あくまで「アリアナの婚約者」という態度で接してくるようになったのだ。


 それはどこか一線を引かれているようで少し寂しく、そして何故かもどかしさを感じたが、今の自分には何も出来ない。何かが終わってしまった様な、そんな感覚だった。


 ピクニックの日は、あつらえたような晴天だった。空は抜けるように青く、湖は太陽を映してきらきらと輝いている。なのに私の心はスッキリとしないままだ。


 馬車が着いてしばらくして、リリー嬢は「少し用があるので・・・」と私達から離れていった。


 なんだか心配だったが、パーシヴァルが、


 「男子ばかりと居るのは気づまりなんじゃない?他のクラスに友達が居るのかもよ?」


 そう言ったので、気になりながらも私は友人達と、湖のほとりで遊んでいた。


 どれくらい経ってからだっただろう?


 昼食の準備が出来てもリリー嬢は戻ってこなかった。


 (他のクラスの友人達と一緒ならば良いのだけど・・・)


 食事をとりながらも、何気なく彼女の姿を探して、周りをぼんやり眺めていた時だった。


 「きゃーっ!」


 「危ない!馬がっ!」


 突然誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。


 慌てて立ち上がると、馬車をつけたままの馬が、食事中の生徒達に向かって暴れながら走っていくではないか!


 (なぜっ!?馬車で使う馬は大人しい筈なのに!)


 あわや一人の女生徒を踏みつぶさんばかりに、暴れ馬が立ち上がった時だった。


 ドンっという衝撃音と共に、馬は馬車もろとも後方へ吹っ飛んでいった。


 何が起こったのか分からず、一瞬辺りは静かになった。だけど我に返ると、慌てて現場に走って行く先生方の姿が見える。


 「おい、衝撃波魔術だ!あんな強度で使える奴がいるなんて凄いな!・・・相当な魔力の持ち主だぜ」


 パーシヴァルがヒューっと小さく口笛を吹いた。


 私も正直驚いていた。私も衝撃波は使えるが、あそこまでの威力は出せないだろう。


 (先生だろうか・・・?もし生徒だとしたら凄い才能だ)


 「おい、あれってリリー嬢じゃないか!?」


 パーシヴァルの声にハッとして見ると、確かに騒ぎの場所でピンク色の髪が光っているのが見える。


 「行こう!」


 私はパーシヴァルと共に現場に向かって走った。だけどその場所に思いもしなかった人物を見つけて、思わず私は立ち止まった。


 (え・・・アリアナ!?)


 彼女は一人、ピクニックシートの上で頭を抱えて座り込んでいる。


 (さっき馬に襲われていた生徒はアリアナだったのか!?)


 アリアナは恐々と顔を上げると、飛ばされた馬の方を見ている。だけど急によろけながら立ち上がり、馬の様子を見ていた男子生徒に駆け寄った。


 (・・・?)


 二人はさほど会話もせず、けれど肩を並べて、馬が繋がれている木の方へと向かって行く。


 (どういうことだ・・・?)


 私は一瞬、二人の方へと足を踏み出しかけた。


 「おい、どうしたディーン、早く来いよ!」


 (あ、そうだ。リリー嬢は・・・)


 パーシヴァルの叫ぶ声に我に返り、私は踏み出した足とは反対の方向に走った。


 リリーの周りには見知らぬ女生徒達がいた。やはり他のクラスに友人が出来たのかもしれない。


 「リリー嬢、大丈夫か?」


 そう尋ねると彼女は


 「は、はい。私は大丈夫ですが・・・」


 彼女の口調はなんだか歯切れが悪い。でも怪我が無いのなら良かった。そう思って安心していると、


 「すみません、貴方はディーン・ギャロウェイ様ですよね?」


 リリー嬢と一緒にいた茶色の髪の女生徒が私に話しかけてきた。どう言う訳か彼女の口調は少し険しく、表情も厳しい。


 「あ、ああ、そうだが?」


 「余計なお世話かと思いますが、最初に無事を確認する相手を間違ってませんか!?」


 「え・・・?」


 「貴方は、アリアナ様の婚約者ですよね?」


 そんな風に言われて私は言葉を失った。その女性徒は明らかに私に対して不快感を示している。ここに居る他の女生徒達も、そして・・・恐らくリリー嬢も・・・。


 何も返せない私と彼女達の間に、割って入る様にパーシヴァルが声を上げた。


 「まぁまぁ、そんなに怒らないで。だってほら、アリアナ嬢はどこかに行ってしまったから仕方ないでしょ?それに見るからに元気そうだったしさぁ」


 パーシヴァルが気まずい空気をなだめるようにそう言う。


 「あっ、僕はパーシヴァル・レイヴンズクロフト。ディーンの親友。で、リリー嬢の友人ね」


 人見知りのしない彼は、ちゃっかりとピクニックシートに座り、相手の心をほぐす様な笑みを浮かべて女生徒達に話しかける。


 「レイヴンズクロフト!?・・・では第二皇子の!」


 こちらを睨んでいた女生徒達が驚いて、頭を下げようとしたが、


 「気にしなくていいよ、そんな事。それより君達は何組?名前を聞いてもいいかな?」


 パーシヴァルは明るい調子でどんどん話しかけて、いつの間にか場の空気が変わっていた。如才ない彼は、女生徒達の目を自分の方へ向けさせる事で、私を助けてくれたのだろう。


 「みんなリリー嬢の友達なの?」


 「今日友達になったのよ」


 赤い髪の元気そうな子がそう答えた。


 「アリアナ様がまずリリーさんと友達になったの。だから私達も。ね?」


 そう言ってリリー達に笑顔を向ける。


 「・・・ふうん」


 今までのアリアナを良く知っているパーシヴァルは、怪訝そうな顔をした。私も彼と同じ気持ちだった。アリアナはいつも我儘で、高慢で、嫉妬深くて・・・


 (・・・友達なんて、一人もいなかった)


 そうだ。彼女には友達なんていなかった。いつもトゲトゲしたオーラをまとい、私以外の人を寄せ付ける事が無かった・・・。


 (ああ、でも・・・)


 急に私の心がグッと重くなった。


 (もしかしたら・・・、それはとても寂しい事だったのかもしれない・・・)


 私に対する彼女の執着は、気に入った玩具を取られないように暴れる子供のように、あまりにも幼稚で不器用で・・・そして激しかった。


 (私は・・・無理やり婚約させられたのが気に入らなくて、彼女を避けるばかりだった。彼女ときちんと向き合おうなんて、思った事すら無かったんだ・・・)


 婚約者だなんて肩書だけで、私も彼女を一人にしていた。


 (なんて小さいんだ!家の格の違いで勝手に卑屈になって、自分からは何も行動しなかったじゃないか・・・)


 爪が食い込むほど手を握りしめた。私は今までの至らない自分に、やっと気付いたのだ。



 ピクニックではその後、アリアナとリリー嬢は他の女生徒とのトラブルに巻き込まれ、アリアナはボートから湖に落とされると言う災難に見舞われた。


 パーシヴァルが無理やり私を引っ張って、彼女達のボートを追いかけていたのが幸いだった。私は溺れているアリアナを助ける事が出来たのだ。


 湖に落ちたショックのせいだろう、彼女はボートの上で気を失ってしまった。リリー嬢はそんなアリアナに、ずっと心配そうに寄り添っていた。


 (本当に二人は友達になったんだな・・・)


 今までのアリアナなら考えられない事だけど、多分きっとそういう事なのだろう・・・。


 気を失っているアリアナを抱き上げた時、そのあまりの軽さと細さに胸が痛んだ。


 (私はこんなか弱い少女を、まるで悪鬼のように恐れて避けていたんだ・・・)


 それに・・・アリアナはやはり変わったのだ。彼女は外の世界に目を向け始めている。苦しいほど私を必要としていた彼女は・・・多分もういない。


 (これからどうして行けばいいのか・・・)


 アリアナは今までの私に見切りをつけたのかもしれない。だから学園に来てから、私に全く会おうとしなかったのだろう。


 あれ程望んでいた事なのに、何かが手の平からこぼれて行ったような感覚。・・・もう一度取り戻すにはどうすれば良い?


 (私も・・・彼女の様に自分を変える事ができるだろうか?)


  ああ、そうか。まずは、


 「あの時、誤解してアリアナを責めた事を謝りに行こう」


 彼女の乗った馬車を見送りながら、そう心に誓った。

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