ダンスの相手!?
ホールではトラヴィスとエメラインのダンスが続いている。周りも遠慮して近寄らないから、二人の周りには大きな空間が出来ていた。今見た感じでは二人の仲は良好そうに見えるが、それが続かない事を私は知っている。
(どのルートでも、トラヴィスとエメラインの婚約は破綻するんだよなぁ)
そしてヒロインにとっては、2年生になってからがメインの物語なのだ。彼女を取り巻く環境はどんどん複雑に、そして彼女の選択肢によっては過酷になっていく・・・。
(モブ悪役の私はお役御免で退場ってとこだけど、陰ながらリリーを応援しようっと)
トラヴィスとエメラインよ、願わくばリリーにあまり関わってくれるな。
(ていうかさっ、トラヴィスってば暗殺者にばっか狙われんじゃないよ!おかげでこっちはイーサンに酷い目にあってんだからね)
理不尽な愚痴を叩きつけて、私場所を移動する。そいて人の間を縫って歩いていると、突然声をかけられた。
「あ、アリアナ嬢!アリアナ嬢もダンス相手を探してるの?」
(ん?)
「ノエル様?」
歩いている内にダンスの相手を見つける場所に来ていたらしい。さっきミリアとレティシアが行ってた所だ。
「いえいえ、たまたま通りかかっただけですなのです」
「なんだ、そうかぁ・・・。僕はせっかくだから、誰かと踊りたいんだけどね。でもさっきから声をかけてるのに、誰も踊ってくれないんだ・・・」
(あらま・・・)
ノエルはシュンとした表情で力なく笑った。
「何故かなぁ・・・やっぱり僕って背が低いからかなぁ・・・」
(う~ん、ここに来ている女子のほとんどは、長身イケメンと踊りたがっているからなぁ)
根性のある女子は神セブンに向かって突進していくのだろうし、他にも背が高くて格好いい男子もいるから、それ以外の女子もそっちに流れていくのだろう。
(なんて不憫な・・・)
なんだかノエルが気の毒になって来た。
「あの・・・ノエル様。もし私で良ければダンスのお相手を致しますが」
「ええっ!?」
「私ではご不満かもしれませんが、いかがでしょう?」
「ふ、不満なんて無いよ!最高だよ!ア、アリアナ嬢と踊れるなんて。本当に良いの!?」
「はい。私も先程、少々モヤモヤする事がありまして、ちょっと思いっきり運動したい気分なのです。それに私達って身長差的にぴったりだと思いません?きっと踊りやすいと思うのです」
何故かノエルは顔中真っ赤になった。頭から湯気が出そうな勢いだ。
(そうか・・・そんなにダンスを踊りたかったのか)
彼は額に汗をかきながらも満面に笑みを浮かべて、
「そ、そうだよね!?ぴったりだよね!あ~僕、チビで良かった!で、で、ではアリアナ嬢、よろしくお願いします!」
と、ノエルが差し出した手に私が右手を乗せた時だった。それはちょうど曲が終わったタイミングで、辺りはまたカップルチェンジにざわついている。
そしてどう言う訳なのか、そのざわめきはそれまでよりも緊張感を孕んでいた。それが私達に向かって大きくなって来ている。
ノエルと二人で顔を見合わせ、ざわめきの方向へ顔を向けた途端、私達は揃って固まった。あろうことか皇太子のトラヴィスが、長い脚でこちらに向かって真っすぐ歩いて来るでは無いか!
彼が進むごとに、まるでモーゼの海の如く人混みが割れる。そしてトラヴィスは私達の前で立ち止まると、スッと手を差し伸べてきた。
「アリアナ・コールリッジ嬢。ぜひ、ダンスの相手をお願いしたい」
(・・・・・・へ?)
ノエルの手を掴んだまま、固まったままたっぷり数秒間が過ぎていった。
軽快なダンスの音楽がゆったりと流れていく。私は混乱する頭を奮い立たせながら、必死で足を動かしていた。ここで間違えて相手の足を踏むわけには絶対にいかないのだ。
「もう少し、楽しそうにしてくれると嬉しいのだが」
「は、はあ・・・」
仕方なく私は引きつった笑顔を浮かべる。
「ははっ、面白い顔だね」
(・・・くっ)
完璧な皇太子スマイルを浮かべた皇太子トラヴィスと、私はホールのど真ん中でダンスを踊っていた。
(意味が分からん!どうしてトラヴィスが私をダンスに誘うのさ!?)
今までトラヴィスと関わった事なんて一切無かったのに。本作ゲームでだって全く接点は無いはずだ。唯一繋がりがあると言えば、弟のパーシヴァルと知り合いって事ぐらいで、理由とするには薄すぎる。
なんだかもうトラヴィスのきらきらした皇太子スマイルですら、薄気味悪く思えてきた。しかし、それ以上に恐ろしいのは・・・、
(滅茶苦茶、睨まれてるよ・・・)
刺さるどころじゃ無い!剣で突き通すような殺気を感じるのだ。
もちろん、その視線の主はトラヴィスの婚約者である王女エメライン。彼女の赤い髪が燃える様に逆立って見えるのは気のせいか・・・。
(視線だけで殺られそう・・・。さすが真正悪役令嬢だよ、はは・・・)
そんなエメラインの様子に気付かないはずが無いのに、トラヴィスは上機嫌でダンスを続けている。その澄ました顔にイラっとした。
(この馬鹿皇太子がっ!あんたのせいだよ!どうして私がエメラインに目を付けられなきゃいけないのさっ!?)
いまやダンスホールは静まり返り、聞こえるのはダンスの生演奏の音だけ。周りで踊っている人達も、見ている人達も緊張した面持ちで私達に注目しているのだ。
(・・・曲よ、早く終ってくれ)
もう、家に帰りたい・・・。私はそんな気分だった。




