完璧皇子と悪役王女
ホールに戻るとディーンとリリーのダンスは終わっていた。私は何となくホッとした気分で息を吐いた。
「どうする?俺は飲食スペースに行くけど・・・」
ダンスに誘われるのが億劫なのだろう。クリフはそう言ったけど、
「私は、ちょっと兄を探してきます。グローシアがちゃんと兄と踊れたのか心配なので」
「大丈夫?」
「もちろんです!誰かに絡まれても私は気にしませんから」
クリフがそういう意味で聞いたのでは無いと分かっていたが、私はあえてはぐらす。
「分かった。じゃ何かあったら直ぐに行くから」
クリフは苦笑しながら離れて行った。
(何かあったらって・・・どうやって分かるんだ?そう言えば、さっきの騒ぎの時も一番先に助けてくれたけど・・・)
盗聴器でも仕掛けてんのかな?まさかね・・・
私は踊ってる人達を眺めながら、ホールの壁際を歩いた。兄を探すと言ったのは言い訳だった。飲食スペースにはきっとディーンとリリーが居るだろう。何となく彼らと顔を合わすのが気まずかったのだ。
一瞬の事だったし、ゲームのディーンのルートみたいに二人が思い合ってる訳では無いのだろうけど・・・
(あんな風に泣くなんて・・・まるで二人を見て傷ついたみたいじゃ無いか・・・)
それは二人に申し訳ない事だと思った。だって彼らは私の大事な友人なのだ。ディーンはリリーが好きなのだから、思いが通じるのは喜ばしい事ではないか。友達としては祝福すべき事なのだ。
(きっとクリフは誤解したんだろうなぁ。まぁそりゃそうか・・・)
だから、別れ際に『大丈夫か?』と聞いたのだ。
(よく考えると大丈夫じゃないぞ・・・私はアリアナの『恋心』を舐めてたかもしれない!)
夏休みにイルクァーレの滝で、アリアナはディーンに別れを告げた。ゲームのアリアナからは考えられない事だ。
(アリアナはこの身体の中で、私が経験する事を一緒に体感しているんだ・・・。多分それが彼女を良い方向へ成長させたのだと思う)
でもアリアナはディーンに自由を返したけれど、彼を想う気持ちが消えた訳では無い。今でも彼にがっつり恋してるとしたら・・・?
「くそう・・・イーサンめぇ、私にこんな爆弾残していきやがって・・・」
ぼそっと口に出てしまった呟きが聞こえたのか、隣に居た女子がビクッとして怪訝そうにこちらを見た。
「あ、あら失礼。なんでもありませんわ、おほほほほ・・・」
笑って誤魔化して急いでその場を離れる。
(もしイーサンの言った通り、私とアリアナが溶け合ってきているのだとしたら、彼女の好きな人を、私も好きになってしまう可能性があるってこと?マジかよ・・・もしも・・・彼女のディーンへの執着が、私の執着になってしまったとしたら・・・)
サーっと全身から血の気が引く思いがした。
(じょ、冗談じゃない!そんなの絶対駄目だって!折角ディーンとも普通に話せるようになって、良い友人になれたって言うのに)
正直自分がアリアナの様になってしまうとは思わない・・・思わないが彼女に引きずられてディーンを好きになるなんて、それは絶対アウトな事だ。そんなのはディーンとの友情に対する裏切りだろう。
(き、気を付けなくちゃ・・・。ディーンだけは絶対に好きになっちゃいけない!)
だってアリアナと私、どっちの気持ちか分からないのだから。
そんな考えに没頭しているうちに、私は広いホールを半周くらいしていた。曲が終わってパートナーチェンジの為に、辺りはざわざわしている。
ふと見ると兄のクラークが、真っ赤になっているグローシアの手を取っているのが見えた。良かった。ちゃんとクラークを捕まえる事が出来たようだ。
すると突然ホールの中央で、ワッと言う一際大きな歓声が聞こえた。どうやらさっきのディーンとリリーの様な、ビッグカップルが現れたようだ。
(誰だ?どれどれ・・・)
ついつい野次馬根性が出てしまい、人混みをかき分けてみる。するとそこには長身の金髪の男子と、燃える様な赤い髪の女生徒が手を取り、ダンスを始める所だった。
二人ともかなり目立つ美男美女。男子生徒はここに居る誰よりも、威厳があってオーラが半端ない。それに女生徒の方は、自分の美貌に自信があるのだろう、堂々とした態度だ。そして学生とは思えない程グラマラスで、胸が大きく開いたドレスが良く似合っていた。
(うおっ!こ、この二人は、もしかして!)
私は二人の正体に思い至った。
(皇太子トラヴィスと婚約者のエメライン!?)
二人ともゲーム内における2部での主要人物だ。トラヴィスはヒロインの大本命の攻略対象だし、エメラインと言えば、1部でアリアナが退場した後の、真正本家本元の悪役王女なのだから。
(さっすが二人ともゴージャスだねぇ。それにエメラインの存在感ときたら・・・)
モブの悪役とはえらい違いだ。
設定では皇太子はあまりエメラインの事を良く思っていない。隣国の王女である彼女は気位が高く、時に相手に対して攻撃的になる。
エメラインは光の魔力の持ち主だから、リリーが2年生となった時に共に聖女候補となる。聖女候補はもう一人いるが魔力が少ないから、有力なのはリリーとエメラインだ。
聖女となる為の修行の途中で、エメラインはリリーに、多種多様に嫌らしい攻撃を行って来る。そして攻略対象が皇太子トラヴィスとなった場合、特にその苛烈さは凄まじくなるのだ。
エメラインに比べたら、アリアナの嫌がらせなどアリに踏まれる様なもんだ。
(そりゃ自分の婚約者を略奪されるってんだもん、そうなるわな。・・・そう言えばアリアナもそっか・・・)
この乙女ゲームが意外と過激だ。
命を狙われる様なイベントも度々発生するから、出来ればリリーにはトラヴィスのルートは避けて欲しいのだが・・・
(皇太子がねぇ・・・これがまた、完璧皇子様だからなぁ)
攻略対象者の中で最も身分が高く、能力値も高いトラヴィスは、人気キャラクターだ。ゲームのパッケージでも中心に描かれていたくらいだから、製作者側も大本命とみなしているのだろう。
高身長の金髪美形、性格も温厚で爽やか。勉学もスポーツも魔術においても、他者の追随を許さない。とにかく完璧君なのである。
(うーむ、リリーがトラヴィスに会ったら、惹かれないと言う保証はないなぁ・・・というか十分に可能性はあるぞ)
そうなったら、リリーをどうやって守ろう?
親の権力と金はあるが相手は王女で、しかもアリアナよりも数ランク上の悪役王女なのだ。




