恋なんてしたことない
ディーンとリリーの二人がくるくるターンする度に、周りには光が溢れる様だった。さすがリアル!ゲームのイラストでは味わえない醍醐味だ。
(ほわ~~~~)
魅せられたようにぼーっと見ていたら、隣にクリフが立つ気配がした。
「気になる?二人が」
「ええ、もちろん!無茶苦茶お似合いだなぁって思って・・・」
(あ、このセリフは婚約者としてはマズいかな・・・?でもクリフだったら良いか)
「身長もピッタリですし、完璧です!私よりもリリーの方が・・・」
ディーンに相応しいと言おうとした時、胸がギュッと痛むのが分かった。
(何・・・?なんだか辛い)
一瞬(アリアナ?)と思ったけれど、それだけでは無い事に気付いた。
(うそ・・・もしかして今、胸が痛かったのは『私』!?)
正直な所、どちらの感情だったのか良く分からなかったのだ。
(どうして!?そんな馬鹿な・・・)
その瞬間、思い出したのはイーサンの言葉だった。
――――もう一人は弱いから、お前に抑え込まれてるんだ。それに、もう半分以上溶け合っている
(まさか・・・嘘でしょ!?)
アリアナの『恋』が私の心に溶けてきている?
背中にゾッと悪寒が走った。
「アリアナ嬢・・・」
クリフが小声で私の耳元でささやいた。そして、私の顔の前に、私の目を隠す様にして手をかざした。
「外に出よう。今なら誰も見ていない」
誰もがディーンとリリーのダンスに夢中になっていた。
私はクリフに引っ張られる様に、テラスから中庭に出た。夜も更けて、空気がさらに冷たくなった。人影も少なくなり、居るのは人目を忍ぶカップルばかりだ。
クリフは私をベンチに座らせると、ハンカチを取り出して私に渡した。
「・・・なんですか?」
「気づいて無いのか?」
(えっ!?)
そう言われて初めて分かった。私の目から涙がこぼれていたことを。
「う、嘘・・・」
慌てて渡されたハンカチで涙を拭う。
(有り得ない。こんなの初めてだ。何なの?これってアリアナ、あなたが泣いてるの?)
なんだか良く分からなかった。前にアリアナがこの身体を使った時は、彼女の存在をはっきりと感じられたのに・・・。
(本当に、溶け込んでしまった?アリアナが私に!?)
「・・・なんで?どうして?」
混乱するばかりで、イーサンのあの言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。動揺のせいか、ハンカチを持つ手が震えた。そんな私を見て、クリフは私の前にしゃがんで目線を合わる。そして震えを抑える様に、そっと私の手を握った。
「ディーンとリリーを見るのが辛かった?」
「い、いいえ、違います!そんな筈は無いのです。そんな・・・」
(だって、私は違う!ディーンの事は友達で・・・私はアリアナとは・・・)
かぶりを振る私の手を、クリフはぎゅっと強く握った。
クリフの手の温もりがじわじわと伝わってくるのが分かった。目を合わせると、私を覗きこむ紫の瞳が奇麗で、見ていると安心できる。
(そうだ・・・。パニック起こしててもしょうがない。落ち着け!)
私は気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと呼吸をした。心臓の動悸が少しずつ収まっていく。
「すみません。大丈夫です。ご迷惑をかけました・・・」
私がそう言うと、クリフは立ち上がってゆっくりとベンチの隣に座った。手は握ったままで、そこから気遣う様な優しさが伝わってくる。
「・・・寮に帰るかい?送って行くよ?」
「いえ・・・皆に黙って帰ると、心配かけますから」
ホールに戻りますというと、クリフは心配そうに眉を寄せた。
「もう、大丈夫です。落ち着きました。・・・クリフ様、この事は内密にお願いできますか?」
「いいけど・・・」
もう涙は乾いた。それに今はディーンとリリーの姿を思い返しても、さっきみたいに心が痛む事も無い。あの一瞬の突風の様に駆け抜けた感情は、いったい何だったんだろう?
「違うのです・・・。あんなの私では無いのです・・・。だって私は・・・」
誰かに恋なんてした事無いのだから。
(アリアナの恋心に、ちょっと巻き込まれたか・・・まいったな)
アリアナはディーンに関する事だけは私を超えてくる。体も心にも作用してくるとは・・・
「ありがとうございました、クリフ様。・・・その・・・恥ずかしい所を見せてしまいました。あれはなんでも無かったのです。え~っと・・・多分二人のあまりの美しさに感動してしまいまして、それで・・・」
クリフはあたふたと言い訳する私の頭に、ふわりと手を置いた。そして、
「聞いて」
そして真っすぐに私の目を見て言った。
「俺は何があっても君の味方だから。・・・君がこれからどんな選択をしても俺はそれを尊重するし、そばに居て君を守るから・・・」
「クリフ様?」
「友達だからね。俺達は」
ウィンクしながらそう言って笑った彼の顔は、気のせいか少し寂しそうだった。




