テラスにて
とりあえず私はディーンに謝る事にした。
「すみません!私、ディーン様を傷つけましたか?」
「うん・・・そうだね。・・・少し傷ついたかもね」
(うわっ!やっぱりだ。やらかした!)
「ごめんなさい。私、無神経でした・・・」
「いや、分かってくれたら良いんだ」
(うう、ディーン、可哀そうに・・・)
辛さを隠して笑みを浮かべるディーンをどうやって励ませばいいのだろう。
「大丈夫ですよ!女性はリリーだけでは無いです。そりゃ、彼女は最高に可愛くて素敵でディーン様にはお似合いだったと思いますけど・・・。でもディーン様なら、すぐ素晴らしい相手が現れると思います!だから元気出して下さいね」
慰める様にそう言うと、ディーンの顔からスッと笑みが消えた。なんだか急に周りの温度が下がった気がする。
「・・・前言撤回。やっぱり君は分かって無い」
感情のこもらない声でそう言って、彼は横を向いてしまった。
(え?何?怖っ)
丁度ダンスの曲が終わり、ディーンは私の手を引っ張ってスタスタと速足で歩き始めた。私は引きずられるように小走りで付いて行く。
「あ、あの、ディーン様?どうしたのですか?」
「疲れたから、休憩する」
どうやら飲食スペースに向かっているようだ。
だがディーンの目的は叶わなかった。ディーンとのダンスを目当てにした令嬢達が、一斉に群れとなって突進してきたからだ。
「ディーン様!次は私とダンスを!」
「いいえ、私とよ!」
「何よ、あなた。割り込まないで!」
「ああん、その次は私と踊ってください!」
凄い迫力で押し寄せて来て、私とディーンはあっという間に引き離された。そして声をかける間もなく、ディーンは群れの中に消えてしまった。これじゃ、誰かと踊らない事には抜け出せないだろう。
(気の毒に・・・)
ふと気づくとホールのあちこちで、同じような群れが見えた。その中にちらりとパーシヴァルの姿が見えた気もする。
(あ~成程!人気のある男子に女子が群がってるわけだ。こりゃ大変だねぇ・・・)
どこかで「神セブン~!」と叫ぶ声も聞こえる。グローシアは無事にクラークと踊れただろうか?
私は肩をすくめて、仕方ないから一人でテラスの方へ向かった。慣れないダンスを2曲続けて踊ったせいか、少し顔がほてっている。
中庭にも人がぽつぽつと見られる。会場内の喧騒に疲れた人達なのかもしれない。
風に当たりながら、テラスから庭をぼんやり眺めていると、何処からかわいわいと声が聞こえた。
(なんだ?)
見るとクリフが数人の女子に囲まれて、熱烈にダンスに誘われているではないか。
(おっ、クリフだ!・・・うん、どうやらもう落ち着いてるようだね。さっきは本当にびっくりしたよ)
先程の騒ぎの時の様なピリピリした雰囲気は感じられなくなっていて、私はホッとした。
だけどクリフの表情は冴えない。速足で庭を歩く彼に、まとわりつく様に女の子達が声をかけていた。
「クリフ様、私と踊ってください」
「あの・・・できたら私も」
「ちょっと、私の方が先に声をかけたのよ」
「クリフ様、うちは侯爵家で身分的にも釣り合いますわ。だから・・・」
(ひゃ~、さすがだね。でも中庭まで追いかけられてるのか。モテ過ぎるのも大変だなぁ)
だけどクリフは、綺麗な女の子達には全く興味が無さそうだ。無表情な顔で、
「ダンスは苦手なんだ。気分も悪いし。すまないが、失礼する」
まるでセリフを読み上げようにそう言って、女の子達を振り切る様にスタスタと歩いて行く。残された女子達からは嘆きの悲鳴が上がっていた。
(おいおい、ちょっと良くないんじゃない?可哀そうじゃん・・・ん?)
歩いて行くクリフとふと目が合った・・・と同時に、クリフはくるっと方向を変えて小走りに私の方へ向かってくるではないか。
(え?え?どうした!?)
クリフはテラスの階段を駆け上り私の隣に来ると、焦ったように
「さっきはごめん!」
そう言って目を伏せた。
「な、何のことでしょう?」
「助けようと思ったのに、・・・頭に血が上った・・・」
クリフの綺麗な顔に申し訳なさそうな表情が浮かぶ。
「い、いえいえ!クリフ様にはちゃんと助けて貰いましたよ!叩かれそうになったのを止めて頂きましたし・・・」
私はクリフに慌ててそう言ったが、正直なところ別の意味でも慌てていた。私は横目でチラッと庭の方を見る。
(やっぱり・・・。めっちゃ、睨まれてるよ・・・)
クリフが置きざりにした女子達の視線が、突き刺さる様だった。彼女達は怖い顔でひそひそと何かしゃべり合っている。
(か、勘弁して)
面倒くさい騒ぎは、エルドラ達ので沢山なのだ。なのにクリフは彼女達の様子など目に入らないようで、私に話しかけてくる。
「あの時、ディーンに指摘されたんだ。君が俺を見て怖がってると・・・」
「え・・・」
クリフは恥ずかしそうに片手で口元を隠す様に覆った。少し顔が赤くなっている。
「ディーンが止めてくれなかったら、俺は彼女達に何をしていたか分からなかった。きっともっと騒ぎを大きくして君に迷惑をかけていたと思う。・・・本当にごめん・・・」
彼は自嘲するようにそう言って、テラスの手すりに両肘を乗せて頭を下げる様に俯いた。
クリフのその様子に私は慌てて両手を振った。
「私、クリフ様の事を怖がったりなんてしてませんよ!ちょっと驚いただけです。あの・・・私の方こそ巻き込んでしまって、クリフ様に嫌な思いをさせて申し訳ないです」
「それは、全く君のせいじゃないから・・・。あれから騒ぎは上手く収まった?ディーンに任せておけば大丈夫だとは思ったけど・・・」
「ええ、大丈夫だったので安心してください。・・・実は、先生方にも見つかってしまったのですが、ディーン様やリリーやミリア達が助けてくれましたから」
「そうか、良かった・・・」
クリフはホッとしたように笑みを浮かべた。なんだか随分心配かけていたようだ。自分だって嫌な思いしただろうに申し訳なかったなぁ。
だって正直に言うとエルドラ達からの断罪なんて、私にとっては何てこと無かったのだ。
(ディーンからのに比べたら、エルドラなんて可愛いもんだったよ。夢とは言え本当に怖かったんだからね。あの怒っている時のディーンの目ときたら・・・。あんな凍てついた目で睨まれてごらんよ。蛙みたいにすくみ上っちゃうって!)
私は今朝の夢を思い出して、恐怖に身震いした。




