赤い唇
エライシャ先生は厳しい顔で、パンパンと2回手を打ち鳴らした。
「ミリアさん、落ち着きなさい!今は今年度を締めくくる大事なパーティの最中です。争い事は許しません!・・・エルドラさん、話を聞くとどうやらあなた達の方に非があるようです。罰として今からパーティの参加を禁じます。今日は寮に戻って反省していなさい。あなた達からは日を改めて話を聞く事にします」
「そんな!」
「どうして!?」
エライシャ先生の言葉に、女生徒達から悲鳴の様な声が上がった。
このダンスパーティは皆が一年間、楽しみにしているものだ。まだ始まって間もない時間に帰れと言われた事に、ショックを受けたのだろう。再び泣き出してしまった女子もいた。
するとあの美人先生がすっと前に出た。
「お黙りなさい」
静かながらも威厳が込もった声に、女生徒達は静かになった。
「エライシャ先生の仰る通りになさい」
すると先ほどまで騒いでいた女生徒達が、急に素直に言葉に従い静かになる。そしてそのまま何も言わずに礼をして、パーティ会場から出て行ってしまった。
(な、何?今の不自然な感じ・・・)
思わず美人先生に視線を移して、私はギョッとしてしまった。彼女も私の方を見ていたからだ。
私と彼女の視線が絡まる。そして先生は私と目を合わせたまま、真っ赤な口紅が塗られた唇を弧の様にして笑った。その瞬間、背中にゾクリと悪寒が走る。
(この先生・・・)
でもそれはほんの一瞬の事だった。彼女はふいっと私から顔を逸らすとエライシャ先生の方へ歩いて行き、優雅に頭を下げた。
「エライシャ先生。わたくしのクラスの生徒が失礼を致しましたわ」
「モーガン先生のせいではありませんよ。クラスの生徒の全てを把握するのは、難しい事です」
エライシャ先生は頭を押さえて溜息をつき、そして私達の方へ目を向けた。
「アリアナさん」
「は、はい」
「良い友人を持ちましたね」
普段めったに笑わないエライシャ先生が、笑みを浮かべていた。
「パーティはまだまだこれからですからね。皆さんとお楽しみなさい」
「は、はい。ありがとうございます!」
そうして先生方は去って行き、私達を取り囲んで成り行きを見物していた人垣も、ゆるゆるとほどけて行った。
「アリアナ様、大変でしたね。すみません・・・私は何も言えなくて・・・」
レティシアが申し訳なさそうに涙ぐむ。
「いえいえ、ダンスを中断してこちらに来てくれたんですよね?一緒に居てくれて嬉しかったですよ」
「それにレティはあの子達をちゃんと睨みつけてたわよ。私も一発殴ってやりたかったなぁ」
物騒な事を言いながら、ジョーがこちらにやってきた。何故かグローシアを羽交い絞めする様に後ろから抱きついている。
「ど、どうしたの?」
「ちょっとね、グローシアが危なかったので引き留めてたのよ」
グローシアは青ざめた顔でぶつぶつ何か呟いている。耳を寄せると、
「殺す・・・あいつら・・・。アリアナ様を傷つける者は、死をもって制裁する・・・」
グローシアの目が、完全にすわっている。これはヤバい!
「グローシア!私は大丈夫ですから!・・・えーっとその・・・お、お兄様とはもう踊れたのですか?」
クラークの名前を聞いた途端、正気に戻った様にグローシアの目に光が戻った。そして頬を赤く染めて、
「まだです!騒ぎの中で、ア、アリアナ様の声が聞こえたので・・・」
「心配して駆けつけてくれたのね?ありがとう!貴方は本当に私の騎士だわ」
私はグローシアの手を両手で握った。グローシアの表情がぱぁっと明るくなり、背筋を伸ばすと私に向かって騎士の礼をした。
「皆も庇ってくれてありがとう。おかげで助かりました」
「本当に何だったんでしょうね、あの方達。アリアナ様にあんな言いがかりをつけるなんて。しかもこんなパーティの最中に。・・・ちょっと異常な感じでしたわ」
ミリアが険しい口調で顔をしかめた。
「本当に。・・・何だかあの方達、様子がおかしかった気がします」
リリーも眉を潜める。
(やっぱりそう思ったよね?)
聡明な二人は何かを察したのだろう。
「確かにあいつら、誰かに操られてる感があったわね。ねぇでもせっかくのパーティだから、今からでも楽しみましょうよ!私、早くご馳走食べてケイシー先輩と踊るんだぁ」
,
(ケイシーと踊るよりも、ご馳走食べる方が優先なんだ。それにしてもさ・・・さすがジョーは野生の感というか、なんというのか・・・)
ジョーはズバッと核心を突くような事をあっけらかんと言う。私も女生徒達がまるで操り人形の様に思えたのだ。特に、あのモーガン先生が現れてから・・・
ミリアとレティシアは「では、私達ももう少しダンスをしてきますわ」と待機場所に向かって行った。ホールは軽快な曲が流れ、沢山の男女が踊っている。それぞれ皆楽しそうだ。私はそれを目で追いながら、ああそうだと思い出した事があった。
私はディーンを振り返った。
「ディーン様、私達もさっさと踊っちゃいますか?」
そう言うと、ディーンの顔の表情が固くなった気がしたが、気のせいだろうか?
「・・・さっさと・・・?」
「そうです。でないと他の方が何時までたってもディーン様と踊れないでしょう?」
「どうして私が他の女性と踊らなくてはいけないんだ?」
「えっ?だって先程から、沢山誘われていたじゃないですか?」
私がそう言うと、ディーンは「はぁ~」と深い溜息をついた。
(あれ?私、何かマズい事言った?)
私達の様子を見ていたリリーがくすくすと笑った。
「ふふ・・・ディーン様、色々とたいへんですね」
(ん?どういう事?)
リリーは笑ったままグローシアの背中を押し始めた。
「私はジョーと一緒に飲食スペースに行きますね。グローシアはクラーク様と踊るのでしょう?早く行かないと!」
リリーの言葉にグローシアが急に慌てだす。
「あっ!ではアリアナ様、しばし失礼を。有事の際には参りますので!」
そう言ってあっという間に消えてしまった。
「アリアナ様はディーン様とごゆっくりなさってください」
「えっ?」
リリーは悪戯っぽい笑みを浮かべると、手を振って人混みの中に居なくなった。
(ゆっくりって・・・)
私が思わずディーンを見上げると、ディーンは黙ったまま私に手を差し出した。
(あっ、そうかダンスだ)
私がディーンの手に自分の手を重ねると、ディーンは私をエスコートし、ダンスホールの空いている場所に移動していった。




