美女の先生
マズったなぁと思っていると、周囲の雰囲気がざわざわと騒がしくなった。そして人垣の間から先生達が現れた。
「何を騒いでいるのです!?」
そう言ったのはエライシャ先生。厳しい目で私達を見ている。
そしてその後ろに知らない先生が二人。きっと他学年の先生だろう。二人ともかなり若い。
一人は若い男の先生。整った顔立ちで優しそうな眼をしていた。そしてもう一人の先生を見て私は目を見張った。
(すっごい美女だぁ・・・)
長くウェーブした黒髪を腰まで伸ばし、体つきが浮き出る様なタイトなドレスをまとっている。背も高くてスタイルが良く、雰囲気のある美人だ。
驚いたの事に、泣いていた女生徒達はその先生を見ると一瞬で静まり返った。(ん?)と訝しく思った瞬間、エルドラが「先生・・・」とすがりつく様な目を彼女に向けた。
(・・・この子達、この美女先生と親しいの?)
だけど美女先生は、泣いている彼女達を全く意に介さず、薄っすらと笑みを浮かべて立っているだけだ。
(・・・?)
私はその様子に妙な違和感を感じた。
そしてそうこうしているうちに、私達の様子をひとしきり観察したベテランのエライシャ先生が、目をキッと吊り上げた。
「何があったのです?。せっかくの学園のダンスパーティで揉め事など・・・。恥ずかしいと思いなさい!」
女生徒達は気まずそうに目を伏せた。
エライシャ先生は私の方も見て眉をひそめたが、目は怒ってはいなかった。そして私に向かって尋ねた。
「アリアナさん。何があったのですか?」
「すみません、エライシャ先生。ちょっとした誤解と意見の相違がありました。先生方のお手を煩わせるような事となり、申し訳ありません」
私は落ち着いた態度で先生に頭を下げた。すると周りの人垣の中から、
「その座っている子が、アリアナ嬢を叩こうとしたんだよ!」
と男子生徒の声がした。そして、
「そうですわ。それをクリフ様がお止めしたのですわ!」
と言う声も聞こえてきた。
「本当ですか、エルドラさん?」
エライシャ先生は厳しい顔をエルドラに向けた。エルドラの目が動揺して揺れ始める。
「で、でもエライシャ先生。私達はアリアナさんの悪行を正そうと思って・・・。私聞いたんです!彼女は権力とお金の力で、ディーン様やクリフ様を自分の周りにはべらせているんです。それにパーシヴァル様の弱みを握って、家来の様に操ってるんですよ!取り巻きに囲まれて、まるで自分が女王にでもなった気分でいるんですわ!」
エルドラは叫ぶように言った。
エライシャ先生はそれを聞いて不愉快そうに顔をしかめた。
「その様な事、誰に聞いたのです!?」
「そ、それは・・・」
エルドラは言い淀んで、辺りをチラチラと見回した。
(ん?)
エルドラの視線が、例の美人先生の方をかすめた気がした。だけど当の先生は涼しい顔で成り行きを見守っているだけのように見える。不思議に思っていると、人の輪の中から声が上がった。
「アリアナは、その様な事はしてない!」
いつの間にか戻ってきていたディーンが、響く声でそう言った。そしてスタスタと横に来ると、安心させるかのように私の肩をぽんと叩いた。
そしてもう一人続けて、輪をかき分けて声が上がった。
「そうです!この方が仰った事は全てでたらめです。アリアナ様はそんな人ではありません!」
「リリー!」
いつの間に来ていたのか、リリーやミリア達も私の周りに集まり、私を庇う様にして立った。
(みんな・・・)
呆気に取られていたら、ディーンが一歩前に出る。そして冷たく燃える瞳を女生徒達に向けた。
「私がアリアナと共にいるのは友人として・・・そして婚約者としても、彼女に惹かれているからに他ならない。私の行動や気持ちを、勝手に捻じ曲げて解釈されるのは不愉快だ!」
彼は厳しい声でそう言い放った。
そのディーンの横に並びながら、飄々とした態度のパーシヴァルが、彼の肩に手を置いた。
「僕がアリアナ嬢に弱みを握られてるって?あはっ、面白いねぇ。それに僕が彼女に家来の様に操られるのって、さぞかし愉快な光景だろうね。・・・ねぇ、教えて欲しいんだけど。僕はいったいどんな弱みを握られてるの?」
いつもの軽薄そうな笑みが、逆に恐ろしく感じる。
今度はミリアが横から私を抱きしめる様に腕を回しながら、女生徒達を睨みつけた。
「アリアナ様は私達を友人と思って親しくしてくれてます。私達もそんなアリアナ様が好きで、いつも一緒にいるのよ!取り巻きなどと言う下品な言葉で、私達の友情を侮辱するなんて許せない・・・。文句があるのでしたら、私がいつでも相手になりますわ!」
そう叫んで手の平を上に向け、バチっと火花を散らした。
女生徒達は信じられない言葉を聞いたかの様に目を見開き、震えながら身を寄せ合っている。いまだ床に座り込んでいるエルドラは、呆然とした顔でまた視線を美人先生の方へ向けた。
(やっぱり・・・)
あの先生、エルドラ達と何か関係している。私はそう確信した。
なのにやはり先生は黙ったままだ。エルドラ達の方に目を向ける事も無く、静かに事の進行を見ているだけだった。




