断罪の結末?
「そしてパーシヴァル殿下ですけど・・・エルドラ様?」
「な、何よ・・・」
「パーシヴァル殿下の『弱み』って何の事ですか?皇族の方がその様な瑕疵をお持ちだと、貴方はお考えなのでしょうか?」
「・・・え?」
エルドラと女生徒達の表情が変わった。
「恐れ多くも第二皇子であるパーシヴァル殿下が、一介の公爵家の小娘ごときに『弱み』を握られる・・・そんな事が有り得ると、本当に思ってらっしゃるのしょうか?それは殿下に対してとても不敬な考えでは無いですか?」
扇を握りしめているエルドラの手が力を込め過ぎて震えている。
(もう一押し)
「その様な簡単な事にエルドラ様はお気づきでは無かったと・・・。それは侯爵令嬢ともあろうお方にしては、あまりにも浅はかで短絡的ではございません?」
そう言って一瞬だけ馬鹿にしたような目でエルドラを見た。彼女にしか分からないくらい、かすかに。
彼女は顔を真っ赤にすると、力を込め過ぎたのだろう、持っていた扇が真っ二つに折れた。
(うおっ・・・すごっ・・・なんちゅう怪力)
そして彼女はその扇を床に叩きつけると、
「こ、このドチビが・・・!」
と、貴族の令嬢とは思えないような乱暴な言葉を発し、私に向かって右手を振り上げた。私は動かないまま、その手が振り下ろされるのを冷静に見ていた。
(よし来い、さぁ殴れ!でもって自分の愚かさを周りに見せつけな)
だけど、その手が私の頬を打ちつける事は無かった。
(ん?)
エルドラの腕は、私の背後から伸ばされた手に捕まれていた。
「あれ?」
(どゆこと?)
「きゃっ!」
エルドラは掴まれた腕を後ろにねじ上げられ、痛みに顔をしかめた。
(あっ!ちょっとこれはマズい!)
私は咄嗟に叫んだ。
「そ、それ以上は駄目です!クリフ様、手を離してください!」
エルドラが私を殴ろうとしたのを、止めてくれたのはクリフだった。私がヤバいと思ったのは、彼が女の子相手に全く手加減していなかったからだ。
私の声を聞いて、クリフはエルドラの手を離した。彼女は床にヘナヘナと座り込み、痛そうに腕を押さえる。そして震えながら真っ青な顔をこちらに向けた。
クリフは私を庇う様に前に立った。
「何をしている?」
冷たい声だった。彼のこんな声は聞いた事が無かった。私を囲んでいた女生徒達はビクッとして身を固くした。
「いったい彼女に何をしていた?場合によっては許さない・・・」
「ち、違いますわ!私達はクリフ様をお助けしようとしたのですわ!」
女生徒達が口々に言い訳を始める。
「ア、アリアナさんの悪行をたしなめる為なのです。正義の為なのですわ」
「悪行?」
「そ、そうです!クリフ様はアリアナさんに、お金の力で縛られているのですよね!?そんなのお可哀そうだと思って・・・」
「何だと・・・?」
突然女生徒達はピタリと黙った。そして全員の顔色がスーッと青ざめ、怯えた表情でガタガタと震え始めた。
(え?何?どうしたの?)
ハッとクリフの方に視線を移すと、いつも飄々としている彼の背中から、殺気の様な気配が漂っている。私の背筋がゾクッとし、体の熱が一気に冷えた。
「お前たちは何を言っているんだ?ふざけるな・・・」
声もいつもよりずっと低くて、凄く怖い・・・
(ちょ、ちょっとクリフ!どうしちゃったのさ!?)
いつもの彼とは違う様子に私は慌てた。
「ク、クリフ様!?」
私はクリフの前へと回り込んで、彼の腕を掴んだ。クリフの目が暗い憎悪に燃えてるのを見て、私は息を飲んだ。
(そ、そう言えばこの人、思いつめるとヤバいんだった。危うく皇太子の暗殺に手を貸しちゃうような人だったっけ)
クリフみたいな壮絶な美貌の持ち主に、こんな顔向けられたらそりゃ怖いって!他の人達もビビっちゃってるじゃん!
女生徒達以外の周りの人も怯えた顔でこっちを見ている。
「ク、クリフ様!落ち着いてください。あの・・・わたくしは大丈夫ですので・・・」
(ど、どうしよう?クリフを何とか宥めないと・・・)
女生徒達は全員、ひと固まりにくっ付いて涙ぐんでいる。
座り込んでいたエルドラも、手で顔を覆ってシクシクと泣き始めた。
(あっちゃー、泣かせちゃったよ)
どうやって収めようかとオロオロしていると、人垣をかき分けてディーンが現れ、焦った顔で私の方に駆けつけてきた。
「アリアナ、どうしたんだ!?」
(うおい!いいタイミングに来てくれた!)
「ディーン様、クリフ様を止めてください!」
ディーンはクリフの顔を見ると眉を寄せた。そして彼の肩を抱くと、
「落ち着け、クリフ!」
そう言ってクリフの耳元で何かをささやいた。クリフがハッと目が覚めたような顔をディーンに向けた。
「こっちへ来い」
ディーンはクリフを女生徒達から引き離すように引っ張って行った。彼は意外にも素直にディーンの指示に従って、人垣の向こうへ消えて行った。
女生徒達はまだ泣いている。というか先ほどよりも大泣きしている状態だ。
(あ~・・・どう処理するよ?この惨状・・・)
ワザと殴られて私がウソ泣きするつもりだったのに。
思わぬ結末に困ってしまい私は溜息をついた。




