狸と狐
有難い事にグスタフ・リガーレ公爵は、その日のうちに自分の領へと帰って行った。旅行の途中たまたまコールリッジの別荘が近かったので、立ち寄っただけらしい。
(まさか、私がここに居るって事を知ったからじゃ無いでしょうね・・・?)
私はブルっと身震いをした。
(とにかく、グスタフにはなるべく関わらないようにしないと・・・)
私はベッドサイドに置いてある鏡を見た。
(奴が興味を無くす程、アリアナが大人っぽくグラマラスに成長すれば問題ないんだけどなぁ・・・)
そう思いながら私はガクッと項垂れた。
ゲームの設定からすると、それは絶望的なのである・・・。
夜になって両親は、私の夕食を部屋に運ばせようとしたけれど、
「もう、大丈夫です。元気になりましたから」
そう押し切った。
(リリーやグローシアも居るんだし、一人で部屋食なんて寂し過ぎるよ)
だってそもそもは仮病である。
この世界に来てまず驚いたのは、クラーク含めアリアナの両親の余りの過保護っぷりであった。彼らはアリアナの望みは我儘であろうと何でもかなえようとするし、アリアナの体調を異常に気にしているように思う。
(ゲーム設定でも甘やかされたとは書いてあったけど・・・ちょっと度が過ぎてるんだよね。あまり心配させない様にしょう)
リリーとグローシアは食堂に顔を出した私を見て、単純に喜んでくれた。
「良かったです。元気になられて」
(ああ・・・リリー可愛い!)
「本当です!アリアナ様が一緒でなければ、わたくしは食事が咽を通りません」
ちょっと重いけど、グローシアだって良い子なのだ。
(ロリコンにさえ会わなければ、私の体調は常に絶好調だよん)
だけど夕食後の事だった。何故か父に書斎に呼ばれた私はなんだか嫌な予感がしていた。
昼間のグスタフとの会話を私は思い出していた。
ディーンが他の女性(実際にはリリーの事であるが)に心を寄せているという噂の事だ。
(あの場ではごまかしたけど、アリアナの父が納得するとは思えないんだなぁ・・・)
敏腕と名高いコールリッジ公爵は、溺愛している娘の婚約者が他の女のフラフラしていると言う噂を聞いて放っておく様な人間では無い。それなりの対処を既に考えているはずだ。
(でもディーンとは最近、それ程関係が悪い訳じゃないんだよね。前は弱みを握ろうなんて考えていたけどさ。出来たらお互い波風立てないで、ぬるっと婚約解消へと持ち込みたいんだけどなぁ・・・)
そして案の定、書斎に入って開口一番に父は私にこう尋ねた。
「学園での噂は私も聞いているんだよ・・・可愛い娘よ。ディーン君が他の女生徒に意識が向いてるというのは本当かな?」
「え~っと、あのぉ・・・それはですね・・・」
私は返答に困った。
(本当なんて言ったら下手すりゃディーン、失脚するんじゃないか?・・・。しかも相手は別荘に来てるリリーだよ!?)
シチュエイションがシュール過ぎる!。
「どうなんだね?」
ん?と優し気だけど、有無を言わさぬ調子で父は返事を促す。
顔にはにこやかに笑みを浮かべているし、言い方だって優しい。でも私はこのアリアナの父が優しいだけの人物じゃない事を知っている。
(本性は狸なんだよなぁ・・・。この物腰で相手を油断させて、自分の思った通りに周りを動かすんだ)
しらばっくれてはいるが、ディーンの好きな相手がリリーだって事も、既に知ってる可能性も大だ。
(これは下手に返事を間違ったらえらい事になるぞ・・・)
私は表情は変えないまま、気持ちを引き締めた。
「いいえ。仰るような事は全く全くありませんわ。ディーン様が他の生徒に虐められていた方を庇った事はありますけど、きっとそれが悪意のある噂話に繋がったんじゃないかしら?」
うふふふふっと、私はなんでもない事のように笑ってみせる。
「ほう。では君がリリーさんと友人になったのも、そういう経緯があったからかな?」
私の笑みが固まる。
(やっぱり知ってるじゃん!)
この狸親父が!。思った通りだ。全く油断できない。
「そうなんです。私もディーン様と一緒にリリーを助けたいなぁって思って、うふっ」
「はははは、なるほどね。私の娘は可愛らしい上にとても優しいんだね」
「まぁ、お父様ったら。うふふふふ」
あはは、うふふと、狸と狐の化かし合いのような会話が続く。
「君がそう言うのなら、この件は良いだろう。・・・だがね、見た所最近の君は、以前程ディーン君に夢中と言う様子では無さそうなのだが、どうなのかな?」
(ぐっ、今度はそっちから来たか!)
難しい・・・これは難しいぞ・・・。正直ディーンとは円満婚約解消を狙ってるから、父の読みはある意味正しい。でもどうして父がこの話を持ち出してきたのか・・・。それが分からないまま安易な答えは言うのは危険だ。
私は少し深呼吸する様に息を吐いた。
「大人になったのですわ。成長したのです。いつまでも子供の様にディーン様を振り回してはいけませんから」
「本当にそうなのかね?」
「ええ、本当ですとも!どうしてその様な事を聞くのです、お父様?何か他に理由があるのですか?」
これ以上追求されるのも困るので、今度はこっちから切り込んでみた。
「いやね、君という素晴らしい婚約者が居ながら、他の女性を追いかけまわすようなら、処刑ものだからね」
さらっと恐ろしい事を言う。そして煙草に火を付けながら、
「それに、君ならディーン君じゃなくても、いくらでも素晴らしい男性がいると思うからねぇ・・・例えば・・・」
(例えば・・・?)
私は父の言葉の続きを予想して、ゴクリとつばを飲んだ。
「グスタフ・リガーレ卿とかね」
(ぎゃあ!きたーーーっ!やっぱりかぁーっ!)
想像通りの返事が来て、私は心の中で頭を抱えて悶絶した。
 




