まさかの出会い
リリーとグローシアは私の後ろを付いてきて、私を挟んで一緒にソファーに座った。
(誰だろう?この人・・・)
年の頃は30前後くらいか・・・、服装や物腰からして結構な身分の人に見えた。
戸惑う私に母が「ほほほ」と笑った。
「アリアナ、あなたは覚えていないかもしれませんね。前にもお会いしたことはあるのよ」
母がそう言いうと、男性は少し首を振って
「いえいえ、前回お会いしたのは・・・そう、アリアナ嬢がまだ婚約される前のことだからね。確か・・・5年も前になりますか。覚えてなくて当然ですよ」
そう言って男性は私に柔らかい笑みを向ける。
(ふむ・・・まぁ5年前だろうと去年の事だろうと覚えてないんだけどね、私は)
何せ事故前のアリアナの記憶はゼロなのだ。
(こういう時、色々困るのよね・・・。でも相手が覚えてなくて当然だって言ってくれてるから、今回は助かった)
そう思いながら愛想笑いを浮かべると、
「ああ、でも随分お奇麗になりましたね。ギャロウェイ公爵子息に奪われてしまったのが残念ですよ」
「まぁ、リガーレ公爵様ったら」
母がまた「ほほほ」と笑いながら父の方を見た。父も一緒に笑っている。
リリーとグローシアは小声で「まぁっ!」「えっ?」と声を上げて、興味深々な様子で男性を見た。
だけど私は男性のこの言葉を聞いた途端、氷水をかけられたように一瞬で体が冷え切ってしまった。
(こ、こ、こ、こ・の・ひ・と・は・・・)
男性と父と母は、楽し気に会話を続けていたが、なんだか水の中の会話を聞いているようだ。その上耳鳴りまで聞こえてきた。
(まさか、まさか、まさか・・・)
このふわりと分けた七三の髪型・・・、そしてインテリそうな口ひげ、何より私を見るその目つき!。
(隠しきれてないのよ!。なんかやらしいんだって!)
やばい、汗が止まらなくなってきた。
(なんでここに居るのよぉぉぉぉ!このロリコン親父がぁぁぁ!)
私はソファーにもたれたまま、気が遠くなりそうなのを必死でこらえた。
グスタフは両親と会話しつつも、絶妙なタイミングで私に話を振って来る。
(ぐっ!やめて・・・、流し目するのやめて・・・。)
いくら見た目がイケおじだとしても、中身を知ってる私にはキツイ・・・。
しばらくクラクラしながら状況に耐えていたら、リリーが私の様子がおかしい事に気付いてくれた。
「あの、すみません・・・アリアナ様?。もしかしたらお身体の調子がすぐれないのでは・・・?」
「そ、そうなのです。す、少し気分が・・・、か、風邪をひいたのかも」
ワザとらしくごほごほと、咳なんかしてみる。
「それはいけない、アリアナ!部屋に言って休みなさい」
兄にも劣らず過保護な父がそう言ってメイドを呼んだ。
「私達もアリアナ様に付き添いますわ」
グローシアとリリーも心配そうな顔で、私と一緒にティールームを後にした。
「アリアナ様、大丈夫ですか?」
リリーが体を支えるように寄り添ってくれる。
グローシアも私の右手をとって、先導してくれていた。
「不覚・・・。アリアナ様の体調不良に気付かないとは・・・このグローシア、痛恨の極みです。お許しください」
「だ、だいじょぶ・・・」
(はは・・・、ごめん、今日は突っ込む元気もないよ)
油断しきっていたところへの、ロリコン親父アタックはダメージが大きかったのだ。
私は自室でベッドに横になった。
(うかつだった・・・。奴がこんなにも近くに迫ってたなんて)
よく考えれば卒業時に結婚なのだから、それまでに面識があってもおかしくないのだ。
(ゲーム内ではアリアナはモブだから、細かい背景なんてわかんないもんなぁ・・・)
自分の認識の甘さに思わず溜息が出てしまう。
「お辛いですか?アリアナ様」
ベッドの脇に座っているリリーが、心配そうに私を見る。
「あ・・・いえ、大丈夫です、リリー。少し疲れただけだから」
(ああ、ヒロインに心配してもらえるなんて、それだけで癒されるわぁ)
ニヤニヤしてしまいそうだ。
「やはり医師を読んできた方が・・あ・、わたくしが馬を飛ばして・・・!」
(いや、待て!グローシア)
「大丈夫ですから、落ち着いて!」
今にも走っていきそうなグローシアをなだめ、咳払いして私は二人に言った。
「少し眠ろうと思います。お二人は心配なさらないで。良かったらお散歩でもしてきてください」
「そんな、体調の優れないアリアナ様をおいて、散歩など・・・、このグローシアには出来ません!」
「でも、アリアナ様のお休みの邪魔になってはいけないですよ、グローシアさん。アリアナ様。私達は隣の部屋に居ますから、御用がありましたらいつでも呼んでくださいね」
リリーがそう言うと、グローシアも納得して二人は私を気遣いながら部屋を出た。
(さすがリリー。気遣いまでヒロインだよ。ふーっ・・・ちょっと一人で考えたかったから有難い。でもまだ頭が混乱しているや)
楽しい夏休みに、まさかこんな悩みが浮上してくるとは。
「ううう、もう!」
私はベッドの上でこめかみを両拳でぐりぐり押さえた。




