普通の少年
「や、やきもちだって?、・・・私が?。馬鹿な・・・」
ディーンは目を泳がせながら額に汗を浮かばせる。不意打ちに見せられたその姿に私のテンションが上がった。
(うおおお、何だこれ!?可愛いぞ!イケメンが羞恥にもだえる姿・・・良い!ごちそうさんっす!)
ディーンは耳まで赤く染まり、しきりと袖で汗を拭っている。いつも落ち着いている彼のそんな姿を見るのはちょっと気分が良い。
調子に乗った私はさらに追い打ちをかけた。
「婚約者が少し他の男性と話をしただけで気分を害されるようでは、心の狭い方だと思われますよ」
「なっ!・・・う・・・」
ディーンは赤い顔のまま何も言えず、口を手で覆って下を向いてしまった。
(くっくっく、アリアナにこれを言われるのはさすがに堪えるでしょうよ。今まで嫉妬深いアリアナにギャンギャン言われてきて閉口してたんだもんね)
でもディーンの狼狽える姿を見てしばし良くない萌えを感じていたが、さすがにちょっと可哀そうになってきた。
(そうだよなぁ・・・。いくら大人っぽいとは言え13歳の少年なんだもん。この手のネタでからかわれるのは恥ずかしいよね。それに思っていたよりディーンって恋愛に不器用?)
自分がリリーに恋に落ちてるって事も、まだちゃんと自覚してないのかもしれない。初心な少年をからかうのもこのくらいにしてあげよう。
「すみません、冗談です。そんな筈はないですよねぇ。ディーン様が私にやきもちなんて焼くわけないですもの」
「えっ?」
驚いた顔のディーンに私は晴れやかに笑いかけた。
「ディーン様、私達はまだ13歳ですよ。これからまだまだ色んな人と出会い、色んな経験をしますわ。貴族の体面とか矜持とかそんなものに縛られないで、もっと心のままに生きても良いとは思いませんか?」
(彼は真面目だから、ゲームの中でアリアナを断罪する時も本当は苦しかったんじゃないかな。でもそうせざるを得ない程、リリーを好きになっちゃったんだろうなぁ。・・・ねぇアリアナ、聞こえてる?。ディーンが今どういう気持ちかは分からないけどさ、ディーンをほんとに好きなら彼の幸せを考えてあげない?)
私は心の中で、アリアナに語り掛けた。そして、
「お話が終わりでしたらそろそろ戻りません?兄が心配しますから」
そう言うとディーンはまだ複雑そうな顔をしていたけれど、黙って私を寮まで送ってくれた。
私は自分を破滅に落とす魔王の様に思っていたディーンが、同じ年の普通の少年なんだって気づいて少し嬉しかった。
そして二日後、空は雲一つない快晴だ。
「さてと!全部荷物は積み込みましたよね?出発しましょう!」
私とリリー、グローシア、そして兄のクラークは豪華なしつらえの馬車に乗り込んだ。6人乗りなのでゆったりと座れるのが有難い。
私の向かい側でリリーがきらきらした目で笑みを浮かべた。
「嬉しいです・・・。夏休みはずっと寮で一人だと思っていました。まさかアリアナ様のご実家でアリアナ様と過ごせるなんて・・・。私は本当に幸せです!」
そう言って両手を祈る様に組み頬を染めるリリー。
(ううっ・・・苦しい!)
ヒロインの眩しいばかりの可愛らしさに私は心を撃ち抜かれ、全身がとろけそうだった。
(ああ最高!やっぱり推せる。憧れのヒロインと夏休み中一緒に居られるなんて、なんたる幸せ!)
カバンの中を見るフリをしながら隠れてにやにやしていると、リリーの隣でグローシアが敬礼した。
「わくくしにとっても身に余る光栄!道中、命に代えてもアリアナ様をお守りいたします!」
「あ、ありがとね、グローシア・・・でもあんまり無理しないで・・・」
制服では無いグローシアは、完全に男装の騎士の恰好になっている。腰にはしっかり剣を刺し、なんと胸甲までつけている。
「あの・・・さすがにそれは重くて疲れない?」
「いえ!大丈夫です!騎士として鍛えられていますから」
(いやいや、貴女、侯爵令嬢だよね?)
そう突っ込みたかったけど口には出せなかった。そんな複雑な気持ちの私の横で、クラークは朗らかに笑った。
「そういう勇ましい装いのグローシア嬢も格好良くて素敵だね。いつもアリアナを守ってくれていてありがとう。感謝してるよ」
クラークは何の気も無く言った言葉だったろう。だけどその途端グローシアの頬がぽっと赤くなった。
(ん?)
「ク、クラーク様の事もお守りいたします・・・」
「ありがとう。でも僕は男だからね。何かあった時は僕がグローシア嬢を守るからね」
グローシアの頬がさらにぽぽっと赤く染まる。
(んんっ?)
ちょっと待って。まさか、そういう事なのか!?と、流石の私でもグローシアの醸し出す空気にピンと来た。
(いやいや待ってよ!私はラーク×リリーを狙ってるんだからね!そんな伏兵は考えて無かったって!)
焦る私の気持ちも知らず、クラークはグローシアにニコニコと話しかけている。私は溜息をついて窓から外を眺めた。
しばらくしたら別荘にはミリア達がやってくる。それは楽しみなのだけど、予想外だったのはディーンだった。
彼は昨日一足先に自分の領に帰った。そして帰り際にわざわざ私の部屋に寄ると「私も君の別荘に行く」と、そう言ってきたのだ。
「元々クラーク殿から招待されていたんだ。・・・それに君を放っておくと、また要らぬ面倒に巻き込まれていそうだから・・・」
そう言われてカチンときたので、
「あら、別に本当の目的を正直に仰ってくださっても良いのですよ」
とやり返してしまった。
図星だったのかディーンが気まずそうに頬を染め去って行ったのを見て、私は胸のすく思いだった。
(ふん。今までディーンが自主的にアリアナを訪ねて来る事なんて無かったはず。リリー目当てならそう言や良いのに)
私はアリアナじゃ無いから邪魔なんかしない。勝手にやってくれと言う気分だ。
(でも、悪いけど協力はしないからね)
何度も言うが、私はクラーク×リリーを目指しているのだ。
だけどごとごと揺れる馬車の中で、波乱の予感が私の脳裏をかすめていた




