さぁ来い、婚約解消!
私は先日の事件以来、ディーンに会っても恐れたり焦ったりする気持ちが無くなっていた。
(ディーンは皆と一緒に私を助けに来てくれたんだよなぁ・・・)
その気持ちが素直に嬉しかった。あんなに嫌っていたアリアナを助けようとしたんだもんね。
アリアナを断罪して婚約破棄する奴だけど、彼もきっと辛かったのかもしれない。
(ふむ、多分だけどね)
ディーンは俯いたまま話を続けた。
「この前、足を怪我したという君を寮に送って行ったとき・・・」
ディーンは一瞬言葉に詰まったが、顔を少し上げ私の目をまっすぐ見た。
「君とクリフ殿の間を疑うような事を言って済まなかった。たわいない噂を信じるような事をして恥ずかしいと思う。・・・・それから私は・・・」
彼はまた私から目を逸らし、もう一度深く頭を下げた。
「私は・・・確かに一時期リリー嬢を好ましく思った時もあった。君という婚約者が居るのに、それは本当に申し訳なかったと思う・・・。すまなかった」
なぜか心がズキンと痛んだ。だけどこれは私の感情では無い。不思議とそれが分かる。
(ああそっか、アリアナだ。アリアナが傷ついているんだ)
私は自分の胸にそっと右手を添えた。
(一時期好ましくねぇ・・・。はっきりリリーが好きだって言えば良いのにさ。まっ、そういう訳にもいかないか。曲がりなりにも婚約者の前だ)
ゲームと違ってアリアナは悪役令嬢をやってない。だからディーンはアリアナの非をあげつらう事は出来ないだろう。だからこそディーンには誠実な態度を取って欲しいと思う。
私はディーンの次の言葉を待った。今回の事件でディーンは光の魔術を使ったリリーを素晴らしいと言っていた。あの聖なる光を放つリリーを見た時の感動は私だって忘れられない。
彼女は美しく、そして神々しかった。誰もが心を奪われたに違いないのだ。アリアナだって・・・彼女には敵わないって思い知っただろう。
私は握りこぶしで心の準備をした。
(さぁ、来い!婚約解消!アリアナ泣かないでよ!私が付いてるからさ。頑張って受けて立とうじゃん!)
でも、しばらく待ったがディーンは何も言わない。
(ん?)
「あの、ディーン様お話をどうぞ」
「えっ?」
「お話があるんですよね?さぁ、どうぞ」
「えっ、いや・・・話なら今終わったけど・・・」
私と彼の間でしばらく沈黙が流れた。
「ええっ!終わった!?肝腎な事を仰ってないでしょう?」
「えっ!?いや、本当にこれだけだけど・・・」
ディーンは顎に手を当て、真剣に言い忘れたことがあるだろうかと考えてるようだ。
「あれ?あれれっ?」
私は戸惑いから、公爵令嬢らしからぬ間抜けな声を出してしまった。
「えっと、なあんだ・・・それだけなんだ・・・」
拍子抜けとはこの事である。
一気に脱力している私にディーンが訝しい顔をした。
「ああ、それだけだが。何か不満でも?」
「いえいえ別に不満なんて・・・ただ、てっきり婚約解消を言い渡されるのかと思いましたので・・・」
つい正直にそう言うと冷静だったディーンの顔色が変わった。
「なっ!、そんな事、勝手に出来るわけないだろう!?」
椅子から立ち上がらんばかりにそう言う。
私はそんな彼を見て(はぁ?何言ってんだ?)と思った。
(いや、ゲームの中じゃあなた、結構勝手にやってましたよ?)
「こ、公爵家両家の約束事だ。自分の我を通すような事は出来ない!」
(いんや!かなり我を通してたってば)
呆れた私は椅子を座り直して、少し背筋を伸ばした。
「別に、公爵家同士の約束とは言え親同士の口約束ですし・・・。ディーン様が嫌がれば誰も無理強いはしませんよ。・・・他にお好きな方が出来たのであれば、正直に仰って良いですよ・・・」
最後の方は、私の感情とは裏腹に勝手に語尾が震えた。
(アリアナか・・・そりゃ辛いよね・・・)
私がアリアナの気持ちを思ってしんみりしていると、突然ディーンが立ち上がって私の方に身を乗り出した。彼の顔が真っ赤になっている。
「な、何を言ってるんだ!?いや、その・・・先ほど言ったように、リリー嬢の事はただ好ましく思っただけで、好きとかそう言う訳ではなく・・・。友人として・・・」
冷静な私とは正反対に、ディーンの口調はしどろもどろだ。
「君だってそうだろう?。ク、クリフ殿の事を友人と言ってたじゃないか。友人として好ましく思っているのじゃないのか?」
(・・・ディーンってば何でこんなに動揺してんだ?)
不思議に思ったけど、質問には素直に答えた。
「まぁ、そうですねぇ。確かにクリフ様の事は友人として好きですよ。あの人クールに見えて本当は凄く笑い上戸なんですよ。笑い出すと止まらないんです。それに意外と親離れしてないっていうか・・・ギャップがあって、一緒に居ると面白いですよ」
クスクス笑いながらそう言うと、何故かすーっとディーンの目が冷たくなった。
「・・・随分、彼の事を良く知ってるんだね」
「ええ、そりゃまぁ、同じクラスの友達ですし」
「いくら友人でも仲が良すぎるんじゃないか?異性なのだから適切な距離は保った方が良いと思う」
真面目な顔でそんな過保護な父親みたいな事を言う。
(かったいなぁ。真面目過ぎなんだよね、ディーンは)
なので、ちょっとからかってみたくなった。
「ディーン様。そんな事を仰ると、まるでやきもちを焼いてるみたいに聞こえますよ」
私がそう言うとディーンは一瞬きょとんとした。だがみるみる顔が真っ赤に染まり、目を泳がせて口元を腕で隠した。




