嬉しいライバル
クリフは自分で自分の運命を変えた。
(凄い人だ・・・)
ゲームの中で見た暗い影を背負った彼はもういない。真っすぐな目で話すクリフ。
「デイビットから聞いた叔父のたくらみも、全部父に話したよ。父は皇帝と前皇帝にも報告したから、これから奴らへの処分が決まるようだ。俺もまだ色々聴取されるみたいだし、もしかしたら何かの処罰を受けるかもしれないけれど・・・」
「大丈夫ですわ。クリフ様のお父様がそんなことをさせる筈がありません」
私はあえてどちらの父かは言わなかったけど、きっとその両方だと言う事はクリフも分かっただろう。彼は全て洗い流したようなすっきりした顔で笑った。
「今まではさ、爵位は辞退するつもりで適当に生きてきたから、ちょっと反省しているんだ。これからはもっと自分を大事にして生きてみるよ。欲しいものもできたし・・・」
そう言ってジッと私を見つめた。何故だか少し頬が赤くなっている。
「欲しいものですか?。ウォーレン侯爵家の財力でしたら大抵の物は手に入るのでは?」
私がそう聞くと、
「お金で買えるものでは無いんだ。俺は相当努力しないと無理だろうな・・・。強力なライバルもいる事だし」
「はぁ、ライバルですか・・・」
それを聞いてはたっと思い当たった。
(お金で買えない・・・、努力・・・、ライバル・・・それって、学園の成績の事じゃないの!?もしかして欲しいものって学年1位・・・年間最優秀成績者の称号!?)
そして私は恐ろしい事に気付いた。今までは多分、クリフは勉強も適当に流してたのだ。それなのに彼は学年5位の成績を収めているのである。
(クリフは私の地位を脅かす存在になるかもしれない・・・)
はっと彼を見やるとまだ私を見つめている。そしてその目には何か熱いものが込められているように感じた。こんなやる気に満ちてるクリフは初めてだ。
(そういう事なのか!?・・・と言う事はライバルって、もしかして私の事!?)
そう思うと不思議と心に嬉しさが込み上げて来た。これはなんだろう?もしかして好敵手を見つけた時の戦士ってこんな気持ちなのかも?
(ふ・・・ふふふ・・・良いでしょう。上等よ!受けて立とうじゃない!)
なんだか闘志がわいてきた。
「分かりましたわ!負けないですよ、私も!」
「は?」
「クリフ様にライバルと言って頂けて光栄です!それに恥じないよう、次のテストも全力を尽くしますわ!」
そう宣言して両手の拳を握った私を見てクリフは口をぽかんと明けた。そして美形にはそぐわない間抜けな顔で、彼はしばらく私を見ていた。
そして今、皆と夏休み前の最後のお昼休みを過ごしているわけなのだが・・・
(あの後何故かクリフの笑い上戸が爆発して、話にならなかったのよね・・・)
クリフは私の寮のリビングで散々笑い転げた。あまりに笑い続けるからメイドもクラークも心配して様子を見に来たぐらいだ。あげくの果てに「息が出来ない・・・。死ぬ・・・」と言って私達を慌てさせた。
(まぁ・・・人んちであれだけ馬鹿笑い出来るって事は、元気になった証拠だよね)
そう結論付けて私はお茶をゆっくり飲んだ。
だけど帰り際のクリフを思い出すと、何だかむずむずとした落ち着かない気分になる。
あの時心ゆくまで笑ってから正気に戻った(?)彼は、私達にしっかり非礼を詫びた。そして玄関で見送りに出た私にいきなり跪いたのだ。
「ク、クリフ様!?」
彼は動揺する私の手を取り、
「今回の事は君のおかげだ。君に心からの感謝を・・・」
そう言って私の手の甲に口付けたのだ。
その瞬間私は全身の血液が逆流し、全ての髪の毛が逆立ったような気分になった。
(きざっ!マジできっざ!でもあのビジュアルなら全然許せるっ!ていうかむしろウエルカム!)
思い出しただけで頬が赤くなるのが分かった。
(クリフはヤバい!その気になったらあの美貌で国一つぐらい落とせそうだぞ・・・)
そんなくだらない事を考えていると、
「アリアナ様どうなさいました?お顔が少し赤いようですが、お体の具合でも・・・?」
ミリアが怪訝そうに私を見る。
「い、いえ!何でもありません。とにかく皆様クリフ様は絶対に元気になっています。私が保証します!だから夏休みは皆で目いっぱい楽しく過ごしましょう」
初夏の日差しは眩しく私達を照らしていて、私の気分は上々だった。
だけどその日の夕方。私が実家に戻る荷物の準備をしていた時だった。
明日は両親や屋敷の使用人達へのお土産を買いたい。だからクラークと城下町に行く予定だ。
だから持って帰る物・・・ほとんど勉強道具だけど・・・バタバタとをまとめていた時、玄関のチャイムが鳴った。
(は?誰じゃい?)
この忙しい時に。
メイドが開けた玄関をチラッと見ると、ドアの向こうにディーンが立っていた。
「えっ、ディーン様?」
私は玄関に向かった。
「どうしました?。何か御用ですか?」
「アリアナ、良かったら少し散歩しないかい?」
「・・・」
「少し話したい事があるんだ。私は明日、領に戻るから・・・。」
「分かりました」
(つまり今日しか話せない、そして今日私に話さなければいけない)
ディーンにとってそういう話があるのだろう。私は背筋を伸ばした。
兄のクラークは日が傾いてから出かける事に不満そうだったが、私はディーンと一緒に外に出た。彼の話したい内容に心当たりがあったからだ。
(・・・きっとあれだ)
私はディーンがある決心をしたのではないかと思っていた。
嫌な思い出だらけの縁起の悪い裏庭を横目に見ながら、私達は中庭の方へ歩いて行った。
そろそろ夕暮れも近い。薄暗くなってきていたけど中庭はカフェも多いし、街灯も多く設置されている。そしてこの時刻には上級生のカップルが沢山いるのだ。
そんな中、ディーンは私を端の方にある小さな山小屋風のカフェに誘った。
頼んだお茶がテーブルに並べられたがディーンは手を付け無い。そして何か言いにくそうしばらく逡巡していたけれど、意を決した様に座り直すと目を伏せたまま「ごめん」と言った。
(やっぱりか・・・)
私は予想が当たっていたと確信した。




