前皇帝の子
昨日皆が帰った後、寮を訪ねてきたのはクリフだった。
「クリフ様!?」
突然現れたクリフに私は驚いてしまい、名前を呼んだまま呆然としてしまった。
そんな私に彼はちょっとはにかむ様に笑ってから、「入っても良いかな?」と尋ねた。
「ど、どうぞ。こちらへ」
「遅い時間にごめん」
リビングでお茶を出して貰った後メイドには席を外して貰った。クラークは最後まで私と居ると粘ったが、自室に引っ込んでもらった。彼の事だからドアの前で聞き耳を立てているかもしれない。
クリフはリビングに入っても椅子にも座らずに立ったままだった。そして私にむかってゆっくり頭を下げたのだ。
「君がデイビットのせいで誘拐されたって聞いた」
辛そうな声だった。
「巻き込んでしまってごめん」
「あ、頭を上げてください!クリフ様のせいではないです。それにあの、私は全然無事でしたから」
「俺があんな奴らの言葉を真に受けて、馬鹿な事を考えていたからだ。俺のせいだよ。本当にごめん!」
クリフがまた頭を下げたので、私は困ってしまった。
「と、とりあえず座りましょう!。メイドが美味しいお茶を入れてくれましたから」
しばらくお互いは黙ったままお茶をすすっていた。ちらちらとクリフの様子を伺って気付いた。
(なんだか、前よりもクリフの周りの空気が柔らかい気がする・・・)
以前彼から感じていた、何かを諦めているような空虚さが無くなっているのだ。
(それに以前より、益々美形度が増したというか、見ているだけで眼福というか、お茶飲んでるだけでも絵になる・・・いやいや、そんな事考えてる場合じゃない!)
私はよからぬ妄想を頭から追い出して、思い切ってクリフに切り出した。
「そういえばクリフ様はどうして急に実家に帰ってしまったのですか?。皆心配していますよ」
「ああ、実は君にその話にしに来た」
「はい?」
(私に?)
「この間、俺に言ってくれただろう?俺の事を思ってくれてる人の心を考えろって」
「あ、はいはい、そうでしたね・・・」
(なんか、偉そうな事言っちゃった気がする。でもそれがどうしたんだ?)
「君にそう言われて考えた。俺の事を一番思ってくれる人は誰なんだろうってね。だから家に帰ったんだ」
「は、はあ・・・」
「で、父と母に聞いてみた。俺が本当に前皇帝の隠し子なのかって」
(なるほど・・・)
(育ての親のウォーレン侯爵に確かめに行ったのか。ゲ、ゲームのストーリーとは随分違ってるけど大丈夫なの?。もし変にこじれてたら私のせいじゃん!?)
そう思うとなんだか不安になってきてクリフの顔を上目遣いで伺うと、彼は予想に反して笑顔だった。
「やっぱり知ってたんだ」
「えっ?」
「俺が前皇帝の子だって言った時、君は全然驚かなかっただろう?」
「えっ、あっ!」
(うかつ・・・)
「あの時、話を聞いていた?。それともその前から知ってたのかな・・・、ふふ、君の家の力を考えれば不思議でもないか・・・」
クリフはそう言って、紅茶を一口飲んだ。
「俺の事を一番に思ってくれてる人たちは俺の両親だ。でも・・・俺は自分の両親が本当の親ではない事を昔から知っていた」
「えっ?」
「デイビットみたいにさ、いらない事を言ってくる奴は他にもいたからね。それに、両親は俺の親にしては年齢が上過ぎるんだ。両親がどこかで買ってきた子供だっていう奴もいた。それか捨てられた平民の子を拾ってきたんじゃないかってね・・・・。でも、俺は今までその事を両親に確かめる勇気は無かった。聞いて関係が壊れるのが怖かった。あの人達は俺に本当に良くしてくれているから・・・」
クリフの声が辛そうにかすれる。彼も両親を大事に思っているのだ。
「俺があの人達の本当の子供では無いならば、俺は侯爵家を継ぐべきではないと思った」
(そうか・・・だからクリフはいつもどこか冷めていたんだ。諦め顔で侯爵家を継ぐ気は無いって言ってたんだ)
「そんな時に、自分が前皇帝と亡くなった姉・・・俺の姉だと聞かされていた人との子供だって聞いて心底驚いた。姉は身ごもっていた時に前皇帝に捨てられ、悲しみのあまり亡くなったと、デイビッドはそう言ったんだ」
クリフは両手をぎゅっと握りしめた。
「俺はうかつにもその話を信じてしまった。色々と馬鹿な事を考えて、前皇帝だけでなく皇族全部を憎むところだった。俺を育ててくれた両親まで裏切る所だった。でも君の言葉を聞いて・・・俺は俺の事を一番に思ってくれている両親が、俺に嘘をついているのは何故だろうって思った。本当に母が前皇帝に捨てられたからだろうか?。それとも他に理由があったのだろうか?って。だから領に戻って、その思いをぶつけてみる事にしたんだ」
(なるほど・・・そうだったんだ)
クリフの両親・・・実際には祖父母にあたるのだが、ウォーレン侯爵夫妻は驚きながらもクリフに全てを語ってくれたそうだ。
前皇帝アイヴァン・レイヴンズクロフトがウォーレン侯爵の一人娘ラナリーに出会ったのはある屋敷でのパーティーの時だった。
アイヴァンは正妃を早くに亡くしていた。
新正妃を望む声は多かったが、なかなか彼の心に沿う女性はいなかった。そんな中二人は出会い、そして恋に落ちた。
親子程年が離れていたが少しずつ愛を育み、やがて前皇帝はラナリーを正妃に望むようになった。
「でも、母は若くして病に襲われた。医者に長くは生きられないと言われたんだ・・・」
それでもアイヴァンは短い間でも構わないと、ラナリーを正妃にしようとした。
しかし、ラナリーはそれを拒んだ。自分では皇帝を支える事はできない、むしろ邪魔になってしまうと考えたそうだ。
泣く泣く別れを受け入れた二人だったが、その時既にラナリーのお腹にはクリフが居たのだ。
「俺を産む事は母の命をさらに縮める事になる。それでも母は周りの反対を押し切って俺を産んでくれたんだってさ」
クリフを出産し、ほどなくしてラナリーは亡くなった。
そしてそのすぐ後にアイヴァンは皇帝位を息子に譲り、田舎の離宮に住居を移した。ラナリーの死はそれだけアイヴァンを打ちのめす出来事だったのだ。彼は今もそこで静かに暮らしている。
そしてラナリーもアイヴァンもクリフが皇位継承問題に巻き込まれる事を望まなかった。
「だから祖父母は俺を息子として、ウォーレン侯爵家の跡取りとして育ててくれたんだ。俺は実の息子で無いという事だけ周りから聞いてしまっていたから・・・ふふ、ほんとに馬鹿な事を考えていたな。あんな能無しのデイビットに侯爵家を継がせようと思ってたんだから」
クリフは自嘲する様に笑う。
「俺は、両親・・・本当は祖父母だけど二人が大好きだから、二人の子供じゃないって聞いて、それが悲しくて拗ねていたんだ。ガキだよな。だから彼らと血の繋がりがあった事が本当にうれしい・・・。これからも本当の親だと思って接するよ。二人もそれを望んでいるから」
そう言って少し恥ずかしそうに、そして紫色の瞳に優しさを湛えて微笑んだ。




