ライナス・イーサン・ベルフォート
(魔法だ!私、やられてしまった・・・?)
そう思ったけれど、どこも痛くないし熱くもない。
(んっ?)
眠らされてもいない。そーっと目を開けると、周りは大量の砂埃が舞って視界を遮っている。
「うっ、ごほっごほっ」
その瞬間、思いっきり砂埃を吸ってしまって咳込んでいると、
「アリアナ、大丈夫かっ!?」
「アリアナ様っ!」
一日も経っていないのに、涙が出るほど懐かしい声が聞こえた。
「お兄様!ミリア!」
声の方を振り向くと頑丈な石壁に大穴が開いて外が見えていた。最初の大きな音と閃光はこのせいだったのだ。
そしてその大穴からジョージアが飛び込んできた。
「食らいなさいなっ!」
そう言って両手を天に振りかざすと、ドンッと言う音と共に空から稲光が狐目と髭面に襲い掛かる。
「ギャッ!」
二人はプスプス音を立てながら、倒れ込んだ。
(イ、イーサンは?)
探すと彼は無傷で立っていた。こちらを眺めてなんだか愉快そうな顔をしている。
「へぇ・・・、学園の生徒にもマシな使い手が居るんだ。でも、これはどうかな?」
そう言って、先ほどの様にゆらりと右手をふり上げた。
すると、ジョージアが作った稲妻の数倍の閃光が空間に生まれ、兄やミリア達に向かって空から襲い掛かった。
「あ、危ない!」
ドォーンッ!!
耳をつんざく様な爆発音が響いた。
だけどイーサンの攻撃は皆の周りで、球体の様な見えない何かで弾かれて煙を上げながら散っていった。
(もしかしてシールド!?)
煙の中目を凝らして見ると、皆の後ろの方を見るとディーンが両手を広げて周りにシールドを張ってるではないか。
「えっ?嘘。ディーン!?」
(ディーンまで、私を助けに来てくれたんだ)
シールドの中からジョージアが再び稲妻で攻撃をしかけた。だがそれをイーサンは片手で簡単に払いのける。レティシアも氷の礫を吹き付けたが、イーサンの前で霧散してしまった。
(つ、強い!何者なのこいつ?イーサン、イーサンって・・・あっ!)
私の記憶の中に急激に浮かび上がってきた人物がいた。そしてゲームの中の隠されたストーリー。
「ライナス・イーサン・ベルフォート!?」
イーサンはクスクス笑いながら、
「良いねぇ、でも魔力の乗せ方が甘い。まだまだ俺には届かないよ。・・・さぁ、そろそろお開きにしようかな?」
そう言うと左手で私を引っ張り上げた。
「は、離してっ!」
そんなに腕力があるとは思えないのに、私がどんなに暴れてもイーサンは微動だにしない。彼は顔に笑みを浮かべたまま、右手の手の平を上に向けると、そこから雲霞の如く黒い粒子が大量に舞い上がり、大きな球体を作った。
(や、ヤバい!これって!)
私は声を限りに叫んだ。
「みんな、逃げて!闇魔術が来る!」
イーサンが手の平を皆の方に向けると、黒い粒子の球体は突然黒い大きな渦となり、皆を襲ったのだ。
ディーンのシールドがかろうじてそれを防いではいるが、イーサンの攻撃は止まない。ディーンの額から汗が流れ落ちる。みんなの姿が黒い粒子の濁流に飲まれて見えなくなっていく。
攻略者であるディーンは優れた魔力を持っている。だけどイーサンの闇魔術に少しずつシールドが浸食されつつあった。
慌ててクラークもシールドに加わったが、イーサンは魔力を益々強めていく。二人の顔が苦痛に歪んだ。
(こ、こいつ強すぎる!)
私は腕を掴まれたままイーサンに体当たりした。だけど何度も体をぶつけても、彼はびくともしない。
少しずつシールドの輪が小さくなっていく。
(なんなのよ!バケモンなの?)
絶望感に襲われた時だった。闇魔術の影響で真っ黒で見えなかった皆の中から、突然ひときわ強い光が現れた。
その光は最初小さかったけど、徐々に大きく輝きながら周りに広り、少しずつ闇を溶かしていった。明るいのに眩しくなく、暖かくて優しい光だ。
光の中心でピンク色の髪がふわりと揺れた。
「リリー!」
リリーの光魔術!
柔らかい光の中、リリーはディーンとクラークに守られる様に立っていた。そして祈る様に手を組んで目をつぶっている。彼女の周りからほとばしる光はどんどん大きくなっていき、黒い粒子を消していく。
そして光が闇よりが大きくなった時、イーサンの闇魔術は霧が晴れる様に消されていた。
「なるほど・・・光魔術の使い手か。面倒だな」
イーサンが無表情に、ぼそっと呟いた。
「アリアナ様!」
ミリアが私に叫んだ瞬間イーサンの足元の地面が急に崩れ、彼は思わず私の手を放した。そして崩れた地面はイーサンの足を飲み込んだまま再び固まった。
(これはミリアの魔術!?)
私はチャンスとばかりに転げながらも皆の方へ走った。
「あ~あ、折角面白い物を見つけたと思ったのに」
イーサンは空を見上げて溜息をついた。
「おい、もう逃げられないぞ」
クラークがイーサンに向かって叫ぶ。私達の周りにはいつの間にか、学園の先生や憲兵もやってきてぐるりと囲っていたのだ。
だがイーサンは冷静だった。
「誰が逃げられないって?」
そう言うと同時に、彼の足を捕まえて居た地面が爆発音と共に弾け飛んだ。
「うわっ!」
飛んでくる土や小石を避けながら土埃の中で目を開くと、イーサンが建物の屋根の上に立っていた。
「いつの間に・・・」
憲兵達が騒ぎながら、建物を囲む。
イーサンは屋根の上から私の方にゆっくり顔を向け、にこりと笑った。こんな時なのに無邪気な笑顔だと思った。
「また今度ゆっくり遊ぼう。アリアナ・コールリッジ・・・公爵令嬢」
そう言うと、テレビのノイズが走る様に彼は消えてしまった。
みんな誰も居なくなった屋根の上を見つめて呆然としていた。
「移動魔術だ・・・。そんな高位の魔術が使えるなんて・・・」
ディーンがそう声を漏らした。
そんな中、兄のクラークがハッと我に返り、
「ア、アリアナ。無事だったか!?」
私に駆け寄りぎゅーっと抱きしめると、人目もはばからずオイオイと泣き始めた。
「お、お兄様。痛いです」
「アリアナ様!」
「アリアナ様ぁ!」
ミリア達やリリーも泣きながら私の方に駆け寄ってきた。
「み、皆様、苦しいです・・・」
私が皆にもみくちゃにされていた時、ディーンだけがイーサンが消えた方向を真剣な表情で睨みつけたままだった。




