取引
私の提案に狐目と髭面が呆気に取られたように口を開いたまま黙った。
(さぁ、どうくる?)
金目当てで人を売るような奴らだ、大金には目が無い筈。
「お前、何言ってんだ?」
髭面は理解出来てなさそうだ。狐目はそんな彼を無視して、
「お嬢ちゃん、自分が何を言ってるか分かってるのかい?お前の親から身代金を取れって事か?そんな危ない橋は渡りたくないね」
「違います。これはビジネスです。私が私を500万ルークで買うと言ってるのです」
私がニコリと笑うと、狐目は胡乱げに目を細めた。
「・・・お前、身なりからして貴族の子らしいが、どこの家だ?」
(むむ・・・どう答えよう?吉とでるか凶とでるか・・・)
私は笑みを浮かべたまま優雅に礼をした。
「コールリッジ公爵家ですわ」
思い切って正直に言った。背中を冷や汗が流れ落ちる。ならず者の中には貴族を毛嫌いしているものも多い。相手の神経を逆なでしないとも限らない。
ダンッ!
狐目が急にテーブルを拳で叩いたので、髭面は飛び上がった。そして私は悲鳴をあげそうになった所を、すんでの所でこらえた。
「あ、兄貴どうしたんで?」
「イーサンの野郎!とんだ厄介事を持ち込みやがったっ!」
吐き捨てるようにそう言うと、狐目は私を凶暴な目で睨んだ。
(こ、怖い、怖い、怖い・・・)
でも顔には出さない。
狐目は椅子をまっすぐ座り直し、テーブルの上で両手を組んだ。
「ちっ!で、どうするつもりだ?お前を逃がしてやったところで、俺達にどうやって金を渡す?」
(の、乗ってきた!?)
私は背筋を伸ばし、精一杯虚勢を張る。
「宝石をいくつか持っています。全部私の私物です。無事に帰して頂ければ、指定の場所に届けます」
「そんな話を信用しろというのか?」
「して頂くしかないですわ」
お互いにらみ合ったまま、場に緊張が走る。
(目を逸らしたら負ける・・・)
髭面がオロオロした顔で私達の顔を交互に見て、
「兄貴、やっぱりバラしちまった方が・・・。」
「てめぇは黙ってろっ!」
狐目が声を荒げた。
「コールリッジに手を出してみろ!この界隈ごと俺達は消されるぞっ!」
「コール・・・、なんですかい?兄貴」
髭面は皇国一の貴族の名を知らないらしい。ただただ困惑している。
恐らく狐目は考えている。私を殺すにしろ、売るにしろ、バレたら只では済まないであろうことをこいつは分かってるのだ。父は公爵家の名に懸けて、娘に残酷な事をした犯人を探し出すだろう。魔法省や警察省、公安、あらゆる組織を動かすだけの力が父にはある。
私はとどめにもう一つはったりをかました。
「貴方達に魔術で印をつけました」
狐目がびくりっと身体を震わす。
「目には見えない印です。私に何かあれば、父は貴方達をどこからでも探し出すでしょう。どうです?できれば平和に解決しませんか?」
ほとんどの貴族は魔力を持っているというのがこの世界の常識だ。狐目の顔に初めて怯えたような表情が一瞬浮かんだ。そして、
「・・・おい、この娘を隣部屋に放り込んどけ。・・・食料と毛布も渡してやんな」
「あ、兄貴!?」
「いいから言われたとおりにしろっ!」
髭面は渋々私をさっきの部屋に連れて行くと、放り投げるようにパンと毛布をよこした。
また扉の鍵がかけられ、私は一人になった。どうやら彼らは出かけたようだ。恐らくコールリッジ家の令嬢が行方不明であるかどうかを確かめに行ったのであろう。
「時間は稼いだ。お願い、誰でも良いから私を見つけてちょうだいよ」
私は汚らしい毛布を床に落とし、その上に座って固いパンをかじった。
どれくらい時間がたっただろうか?少し夜が白々と明け始めた頃だった。
再び隣の部屋の扉が開く音と、複数の足音が聞こえた。そしてそれは真っすぐ私が居る部屋へと近づき、鍵が外されドアが乱暴に開けられた。
「あっ、あなたは!」
そこにはデイビットと話していた例の少年が立っていた。
「やぁ、まだ殺されていなかったんだ」
彼はそう言ってニコリと笑う。
(まさか、こいつを呼びに行ったなんて・・・)
なんとなくこの少年は、狐目と髭面よりも油断がならないと感じていた。
「おい、イーサン!どういうつもりだ。とんでも無い厄介事を持ってきやがって!」
彼の後ろに居た狐目が少年の胸ぐらを掴みかかった。
「こいつ俺らに印を付けたって言うんだ。くそっ!公爵家に目を付けられたら、お前だって破滅だぜ!。とりあえずお前がこいつを家に戻して、宝石とやらを貰ってこい!」
イーサンと呼ばれた少年は冷静だった。ゆっくりと狐目男の腕を自分から外すと、感情のこもらない目で私をチラリと見た。
「そんなの嘘ですよ。あんた達には何の印も付いてない」
「何っ!?」
(えっ!?)
な、なんでバレた?
「ふ~ん、随分頭が回る事だね。甘やかされた頭の悪い令嬢だって聞いたんだけどなぁ・・・。まぁ、いいや。面倒だったから、あんた達に頼んだんだけど。ちょっと面白そうだから俺が連れて行くよ」
そう言うと右腕を上げて手の平を私の方に向けた。
(こ、こいつまた魔法を使う?!眠らされたらヤバい!)
私は無駄だと分かりつつ、咄嗟に頭を抱えてしゃがみこんだ。
ガガガーンッ!
その瞬間、物凄い音と振動が響き渡り、目を閉じていても眩しいほどの強烈な閃光を感じた。




