私が買います!
冷たい床の上で膝を抱えていると、心細さが増してくる。
「クラーク、心配しているだろうなぁ・・・」
溺愛している妹が、夜になっても戻ってこないのだ。気も狂わんばかりに動揺しているかもしれない。恐らく学校中を探し回っているだろう。
「ここはどこだろ?城下の街中だとは思うんだけど・・・」
何せ眠っている間に連れてこられたから、どこをどう来たのかも分からない。
探してくれているとは思う。だけど手掛かりが無いとしたら、ここを見つけては貰うのは難しいだろう。
(魔力も無い、腕力もない、武術だって使えない。そんな私に出来る事はなんだ・・・?)
「頭使うしかないじゃない!。なんとか助けが来るまで時間を稼ぐ」
ロリコンなんかに売られてたまるか!
私は右手の拳をグッと握った。
隣の部屋には今、誰も居ないようだ。恐らく私を売り飛ばす手配でもしに行ったのだろう。
私は立ち上がって暗い部屋の中を見渡した。石造りの建物の中のようだが、何の家具も置いていない。その為それ程広くは無いのにガランとしていて冷え切っている。
窓からの月明りが届かない端の方に、何かが潜んでいるような気さえして私は怖さと寒さで身震いした。
(ええい、ひるむな!)
両手で頬をパチッと叩いて気合を入れ直し、まずは頭に付けてた小さな髪飾りを外した。
(何の役にも立たないかもしれないけど、やらないよりはマシ!)
そう思いながら、その髪飾りを高い窓の方に向かって放る。何回か失敗した後、髪飾りは外へと窓を通り抜けた。
次に制服の胸のリボンを解いて部屋の隅に置いて置く。あまり期待は出来ないが、もし私がここから移動させられても、何かの手掛かりになるかもしれない。
溜息が出そうになるのを我慢し、扉の横に転がっていた麻袋を折りたたんで座布団替わりにした。直に座るよりは冷たく無いだろう。
(そう言えば、ヒロインがさらわれるイベントがあったっけ。でもあれは2部の時だった・・・)
その時は確か、一番好感度が上がっている攻略相手が助けに来てくれるのだ。
(ヒロインは光の魔力を持っているから、その力を花火みたいに窓から打ち上げるのよね。それを目にしたヒーローが助けに来てくれる。・・・まぁ、私には使えない技だな・・・はは)
それに悪役令嬢との好感度が上がってる相手なんていないしね。
(クラークぐらいか・・・)
妹溺愛の兄だもん。
なんとなく、やさぐれた気分で壁にもたれかかる。いつも座っている柔らかいソファーと違って、ゴツゴツした石壁はどこまでも冷たい。急に泣きたくなったけど、ぐっと堪えて目をつぶった。
どのくらいの時間そうしていただろう。隣の部屋で扉が開くような物音が聞こえた。続いて、人の足音と話し声も聞こえる。さっきの奴らが戻ってきたようだ。
(相手は平気で人を殺したり、売ったりする奴らだ。下手な事は出来ない。でも・・・)
しばらく迷っていたけれど、意を決して立ち上がった。そして大きく息を吸った後、私は大声を出しながら扉を思いっきり叩いた。
「誰かいませんかっ!?ここは何処なのですっ!?」
ドンドンと音が響く中、隣の部屋から舌打ちが聞こえ、こちらに向かって来る足音が聞こえる。そしてドアのすぐ向こうで荒々しい声が響いた。
「うるせえっ!大人しくしてろっ。」
私は構わずドアを叩く。
「誰かぁ!助けてくださーい。ここから出してー!」
「おいっ!開けなっ。」
もう一人の声が聞こえ、しばらくして扉の鍵を回すガチャリと言う音が聞こえた。
ギギッという音を立てて乱暴に開かれた扉の前には、髭面の屈強そうな男が立っていて、私は思わず後ずさる。男の顔は怒りに歪んでいて手を振り上げていた。
(あっ、殴られる・・・)
そう思って、反射的に腕で顔を庇った。
「おい、ギーヴ!顔に傷つけんじゃねーぞっ」
テーブルの前に座ったもう一人の男そう言ったので、ギーヴと呼ばれた髭面は振り上げた手を下ろす。しかしホッとしたのも束の間、私は腕を掴まれ乱暴に引っ張られた。
「痛っ」
「大人しくしていな、お嬢ちゃん。ケガしたくなかったらな」
そう言った男は髭面とは正反対に、思っていたよりも優男だった。顔は青白く細い狐目でこちらを見ている。
「こいつは俺と違って単細胞だからな。手加減を知らねえぜ」
そう言ってにやにやと笑った。
「わ、私をどうするつもりですか?」
演技で無く声が震える。怖い・・・、物凄く怖い。
「心配しなくてもちゃんと可愛がってくれる所に売ってやるからさ。可愛い顔に産んでくれた親に感謝するんだな。でなきゃ奴隷商人行きだったぜ」
くっくっくと喉の奥で愉快そうに笑う。人をいたぶるのが心底楽しいのだろう。
「おいくらですか?」
私は怖さを押し殺して聞いた。
「あん?」
「いくらで、私を売るのですか?」
「・・・そんなもん、聞いてどうする?」
狐顔がいぶかしげに問いただす。
「教えてください。いくらで、私を売るつもりなのですか?」
「おい、てめぇ。いい加減黙れ!」
髭面が割って入ってこようとしたが、狐目が方手で制し、
「・・・まぁ、50万ルークってとこか。もうちょっと色気がありゃ、違う所でもっと高く売れるだろうけどな」
そう言って値踏みする様に私を見た。
「分かりました・・・」
私は小さく一つ深呼吸する。
(よし、頑張れ!。ここからが勝負なんだから)
「では、私が私を10倍の値段で買います。500万ルークでいかがですか?」




