怒ってる!?
「アリアナ、何をしてるんだい?」
(そ、空耳・・・であって欲しい・・・)
私は声が聞こえた方へ、恐る恐る視線を向けた。
そこには顔はにこやかだが、明らかに冷たい空気をまとったディーンが立っていた。
「ディ、ディーン・・・様?」
(えっ?なんか怒ってる?)
そう思ったと同時に、私はまだクリフの腕を両手で掴んでいた事に気付いて慌てて手を離した。
(あっ、余計やましそうに見えたかも!?)
ど、どうしよう?と私が青い顔でアタフタしていると、クリフが目の端を拭いながらディーンに顔を向けた。笑いすぎて涙が出ていたのだ。
「やぁ、ディーン殿。初めまして、かな?」
「君は?」
「俺はクリフ・ウォーレン」
「ああ、君が・・・」
気のせいだろうか?心なしかディーンの周りの温度がさらに下がった気がした。
「随分アリアナと仲が良いようだね」
「アリアナ嬢とはクラスが一緒だからね。良い友人だと思っているよ」
「ピクニックの時も一緒に居たようだ」
「彼女の友人と俺の友人が双子の姉弟なんだ。だから一緒にいる事も多くなるさ」
私は二人のやりとりに入りこめず、ただオロオロしながら聞いているしかない。それにしてもディーンはどうして、こんなに不機嫌そうなんだろう?。正直どう対処していいか分からず困ってしまった。
そんな様子の私を見てクリフは何を思ったのか、ふっと溜息をついて、
「誤解しないでくれ。先ほど彼女が足をくじいたので、俺は腕を貸していただけだ」
(えっ?)
クリフがディーンに分からない様に私にめくばせする。あっそうか、困っている私を見て話を作ってくれたのだ。
「そ、そうなのです。先ほど裏庭の方でつまづいてしまって・・・」
「その割には楽しそうに笑い合ってたようだけど」
(ん?なんかやたら絡んでくるなぁ・・・)
「クラスでの面白い話を思い出していただけさ。そんなに気にする事でもないだろう?」
クリフはあくまで冷静だ。
「アリアナ」
ディーンが私の方へ手を伸ばした。
(な、何?!)
「足をくじいたのなら、私が寮まで送って行こう、手を」
「えっ?」
そっか、まがりなりにも婚約者だもんね。でもディーンはアリアナの事好きじゃないんだし・・・。
「いえ、大丈夫です、一人で帰れますわ」
にっこり笑ってそう言うと、ディーンの顔に貼りついていた笑みが消えた。
(え!なんで?)
「私の手にはつかまりたくない?」
「えっ?いえいえ、そういう訳では。」
(どういう、いちゃもんつけてくるの?!あなたの方がアリアナと一緒に居るの嫌でしょうが!?)
「アリアナ嬢、ディーン殿は君の事を色々と心配しているようだ。送ってもらうと良い」
クリフが気まずい雰囲気を追いやるように微笑んで、
「じゃ、また教室で」
そう言って軽く手を上げて中庭のカフェの方へ歩いて行ってしまった。
(え~~~~~!?)
ディーンと二人きりって言うのも普通に気まずい。どうすれば?と戸惑っていると、ディーンが黙って私の方に手を差し出した。
「・・・お借りします」
私はディーンの手に捕まって、寮の方へ向かった。
(足が痛いフリしなきゃいけないのよね。さっきは、そう言うのが正解だったんだろうけど・・・)
今の状況を考えるとクリフの事を恨みたくなる。
しばらくの間特に話す事も無く、気まずさを抱えながらお互い沈黙のまま歩いた。
寮の建物が見えてきて、やっとこの状況から抜け出せるとホッとしたところでディーンが突然歩みを止めた。
(ん?)
「ディーン様?」
(何で止まんの?)
ディーンは何かためらっているようだったが、私の方に身体を向けた。でも目線は決まずそうに横に逸らせたままだ。
「・・・あまり、軽率な行動はしないようにした方が良い・・・」
「はい?」
(えっ?足くじいたのが嘘だってばれた?)
「ど、ど、どういう事でしょう?」
「君が・・・、クリフ殿を追いかけまわしているって噂が流れている」
私は一気に頭に血液が集まってくるのが分かった。ぜったい今真っ赤になってる!
「お、追いかけまわしてるなんて・・・!そんなの、ただの誤解ですっ」
そうだよ!私はただ、クリフを一人にしないように皆で協力して頑張ってただけなのに!
「あ、あれはですねぇ!クリフ様が悩んでらっしゃるようでしたので、皆で彼を一人にしないようにですねぇ・・・」
私が必死に説明しようとすると、
「ああ、リリー嬢にそういう話は聞いたよ。でもさっきの君とクリフ殿の様子を見ると、噂もまるきりデタラメでは無い様に思えてくる・・・」
ディーンのこのセリフを聞いて私は再び別の意味で、頭に血が上って来るのを感じだ。
(な、な、な、なんだとぉ~~~!だったら自分はどうなのさっ!)
アリアナが1カ月遅れで学園に入学した時、ディーンとリリーがラブラブ接近中と言う噂がそりゃ学園中で流れていたさっ!本来なら嫉妬に怒り狂ったアリアナが、リリーに全力で意地悪攻撃していたはずだよ!
(でも私、リリーをイジメてない!イジメてないわよね!?むしろめっちゃ仲良くしてるし)
だからディーンには私を攻撃する材料は無かったはず。
(自分の事は棚に上げて、事実無根の噂話で私に文句を言おうってかっ!?)
あ~イラっとした。イラっとしたから言ってやった。
「あら、噂でしたら、私も散々耳にしましたわ。入学当時の事ですけど。・・・ディーン様は・・・」
ディーンがやっとこっちに目を向けた。身長がかなり違うので、めっちゃ見下ろされるのがムカつく!濃紺の瞳が吸い込まれそうに美しいのもムカつく!
「随分とリリーの事をお気に入りだったそうですね?」
まっすぐ睨みつけてやるとディーンの頬にさっと朱が走った。
(頼む、アリアナ!今は邪魔しないでよっ)
私は怒っているのだ。
「家同士が勝手に決めた婚約ですし、ディーン様には私のようなものは物足らないのでしょうね。それに私も前は確かに良くない態度を取っていました」
「アリアナ・・・」
「でも、私はこの学園に来てからずっと、あなたに責められるような事は何一つしていませんっ!」
私はディーンの手から自分の手をもぎ取る様に離した。
「一人で帰れます。ではディーン様ごきげんよう」
私はスタスタと歩いて一人で寮に戻った。足のケガが嘘だってバレたかもしれないが構うもんか。
アリアナの妨害は無かった。きっと彼女も怒っていたのだ。




