ウザ声
私の言葉にぽっちゃりはいきり立った。
「なんだと!?てめえ!」
「美しい静かな朝に相応しくない声です」
「このガキがっ!生意気だぞ!」
ぽっちゃりウザ声は、口の横から唾を飛ばしながら私に近づいてきた。
(うえっ、気持ち悪っ)
「デイビッド」
クリフが座っている私を庇う様に前に入り、近づくウザ声を遮った。
「どけよ、クリフ!このガキこらしめてやるっ!」
「アリアナ・コールリッジ公爵令嬢だ」
「へっ?」
クリフの身体で見えないが、デイビッドは相当間抜けな顔をしていただろう。「あっ」とか「うっ」という動揺した声が聞こえてきた。
(どんなに頭が悪い奴でも、コールリッジの名前くらいは知ってるよね)
皇国で一番権力を持ってる貴族なんだから。
やっと状況が理解できたのか、デイビッドは慌ててクリフを押しのけて私の前に跪いた。
「こ、これはアリアナ嬢、し、失礼を致しました」
(だから、あんまり近寄んなって!)
デイビッドの勢いと太った体の圧力にのけ反ってしまう。
「ご、ご高名なコールリッジ家のご令嬢とは知らず、ついつい・・・。クリフが早く言ってくれないもんだから。本当に気の気か無い奴で・・・」
とヘラヘラ笑うのが気持ち悪い。卑屈な笑い方だ、ほんっと好きになれない。
私のそんな気持ちには全く気付いていないようで、彼はペラペラと喋り続けた。
「そ、その、おれ・・・いや、私はちょっとクリフと男同士の大事な話がありまして、なのでちょっとこいつを連れて行きますね。おい、クリ・・・。」
「わたしくしっ」
おそらく「クリフ行くぞっ」と言いかけたデイビッドの言葉に重ねて、私は声を上げた。
「わたくし、今朝の散歩のエスコートをクリフ様にお願いしましたの」
「あんっ?。いえ、あの・・・その・・・俺はクリフと話が・・・」
「デイビッド・アバネシー・・・様」
私はワザとフルネームで呼んでやった。
「コールリッジ家は人から邪魔されることに慣れていませんの。よろしくて?」
デイビッドの冴えない顔がサッと青ざめる。
「これから中庭の方へ参ろうと思います。ですからデイビッド様とはここで失礼いたしますわ」
私はクリフの腕に両手を添えた。
「さっ、クリフ様参りましょう。では、デイビッド様ごきげんよう」
見た目は優雅に、だけど両腕に渾身の力を込めてクリフを引きずるように、私は四阿を後にした。
さすがに公爵家に逆らうのはマズいと思ったのか、デイビッドは付いては来なかった。そしてありがたい事に、私の強引な振る舞いにクリフは何も言わずに付き合ってくれた。
デイビッドから充分離れた所で私はやっと手の力を緩め、ほうっと息を吐いた。
「珍しいね、君があんな言い方するなんて。」
クリフは私に歩調を合わせて歩きながら、だけど私の方を向かずどこか遠くを見ていた。
「私、身分を傘にきるのは好きではありませんが、有事の際は躊躇なく振りかざすことに決めてるのです」
「それが今だったと?」
クリフはどこか怪しむような声で聞いた。
「デイビット・アバネシーは信用できません」
はっとしてクリフは私を見る。私は前を向いたまま足を止めた。
「あくまで勘ですが、彼の父であるアバネシー子爵も信用できるとは思えません。・・・クリフ様、お願いがあります」
私もクリフの方へ顔を向けて真っすぐ彼の目を見た。ゲームのストーリーは話せない。話したところで信じて貰えないだろう。でも、
(頼む!せめて私の誠意だけは伝わってくれいっ)
「今後何か悩むことがありましたら、発せられてる言葉では無く、クリフ様を思っている方々の心を考えて欲しいのです」
「心?」
「はい、人は嘘をつきます。でも誰かの為を思って言う優しい嘘というものもあります。本当の事を言っているからといって、信用できる人とは限らないと思うのです」
私はゆっくりとクリフの心に語り掛けるように話した。
「だからクリフ様はその人の言葉が、どういう気持ちから発せられたものなのかをお考え頂きたいのです」
私に言えるのは所詮このくらいだ。私はヒロインじゃない。だからヒロインのように彼の心に寄り添うような事は言えない。それにただのモブの悪役令嬢の言う事なんてクリフにとっちゃ取るに足らない事だろうけど・・・。
「少なくとも、あの「ウザ声ぽっちゃり男」がクリフ様の為になる事を言うとは思えないので、だから・・・ク、クリフ様!?」
話の途中で突然クリフが口を押えて身体を折り曲げたので、私は心底驚いた。
(えっ?えっ?どうしたのよ?。)
「クリフ様!どこかお加減が・・・?」
悪いのですか?そう聞こうと思った時、クリフは急に膝を叩いて吹出した。
「ぶっ、はっははははは、ウ、ウザ声ぽっちゃりって・・・くっくっくっ、あいつにぴったり・・・あっはははははは・・・」
(あ~、そっかクリフは笑い上戸だったわ)
あまりの彼の笑いっぷりに、私の今までのテンションが一気に下がってしまった。
片手で顔を覆ってクリフはまだ笑い続けている。よっぽどツボに入ったらしい。
(でも、しばらくクリフのこう言う笑い声、聞いてなかったなぁ)
彼を元気づけるのに私でも少しは役に立ったかも?。そんな風に思って、私も自然に顔がほころんだ時だった。
「・・・アリアナ?」
後ろから聞こえる冷ややかな声に、私の背筋がピッと伸びる。そして背中を冷たい汗が流れ落ちた。




