ヒロイン役をみんなで
「く、暗っ・・・」
次の日、学校で見たクリフの様子は明らかに沈んでいた。
彼の周りだけ、どんよりした黒いオーラが漂っているようだ。
(どうしよ!?。完全に2部のクリフに近づいている)
恐らくこのまま何もしなければ、クリフはアバネシー子爵の策略で皇太子の暗殺に加担する。そして成功しても失敗しても、結局その罪で処刑される運命なのだ。
(クリフがどうなったとしてもアリアナの運命には関係ない。リリーも関わらなければ、皇太子の暗殺もクリフの処刑も単に皇国の事件として過ぎていく・・・そんなの)
「寝覚めが悪いっ!悪すぎるっ!」
「どうなさいました?アリアナ様」
「あっ、ミリー。う、ううん、なんでも無いのです。おはようございます」
「おはようございます。アリアナ様。」
ミリーの後ろで弟のノエルも顔を出し、いつもの優しい顔で笑う。
「おはよう、アリアナ嬢。おっ、クリフ、今日は早いな」
「ああ・・・。」
クリフの返事には力が無く、顔も上げない。
「どうした、クリフ?体調でも悪いのか?」
「いや・・・」
クリフはノエルに色々話しかけられても、ずっと生返事を続けている。
授業中もずっとそんな様子で、先生に当てられても「分かりません・・・。」とボソッと返すだけだった。成績の良いクリフには珍しい事で、ノエルやミリア達も心配そうに見ていた。
「クリフの奴、どうしたんだろう?」
数日後の放課後、私達は中庭のカフェで集まった。理由ははもちろんクリフの事だ。
「ここ最近、授業が終わったら誰とも喋らずに帰ってしまうんだ。それにいつも一緒に昼食を食べていたのに、最近は一人でどこかへ行ってしまう。朝会っても元気がないし、授業中もずっとぼんやりしていているし・・・」
ノエルとクリフは小さい頃からの幼馴染らしい。領地が隣で家も近かったので家族ぐるみで仲が良いとのことだ。
「確かに最近はいつものクリフ様と違いますわ。いつもそんなに騒ぐ方ではございませんが、友人とは楽しそうにされてますのに・・・」
ミリアも顔を曇らせる。レティシアも、
「私も今日話しかけても無視されましたわ・・・私の声が小さかったからかもしれませんが・・・」
「あら、私も無視されたわよ!。声の問題じゃなくて、あっちの聞く気の問題よ」
ジョージアとレティシアも彼とは子供頃からの付き合いだ。文句を言いながらも心配そうだ。正直、事情を知っている私としてはいたたまれない。
(あ~、さすがに、事が事だけに、皆にクリフの事を話す訳にはいかないしなぁ・・・)
皇太子暗殺計画の話なんておいそれと口には出せない。下手したらこっちの身が危なくなる。
「そんなにご様子が違っていたのですか?。何かお悩みがあるのでしょうか?。誰かクリフ様の事で心当たりは・・・?」
(ぐっ・・・)
リリーの言葉にますます私はいたたまれなくなる。
リリーはクラスが違うから彼の様子を直接には見ていないのだ。
「先週まではいつも通りだったよ。土曜日も一緒に遊んだんだ・・・。あっ、でもあいつ次の日の日曜日は朝早くから部屋に居なかったなぁ。乗馬に誘おうと思って訪ねたんだけど、朝食も食べずに出かけたらしくて昼間もずっと居なかったよ」
「じゃあ、きっとその時に何かあったのですわ」
(ええ、あったのよ、ミリア・・・)
私は心の中でうなづいていた。
「アリアナ様はどう思われます?」
突然問われて私は飲みかけていた紅茶が気管に入りそうになった。
「う、ぐ、あ、すみません・・・私には分かりませんわ」
皆は溜息と共に「そうですよねぇ」という表情になる。
「何か悩んでるなら言ってくれれば良いのに。全く友達がいが無い奴だよ」
「話せない事情があるのかもしれないわよ。それにクリフ様って昔からそういうところあるじゃない」
「ジョーの言うとおりね。クリフ様って普段から自分の事はあまりお話にならないわ・・・。それにいつもノエルの方が、クリフ様に悩みを相談してばかりじゃない。あなたに相談するのは頼りないって思ってるんじゃないの?」
ミリアの言葉にノエルは落ち込んだ。ズンっと音が聞こえるようだ。レティシアがそれを見ておろおろとしている。
(う~ん、この4人の力関係が良く分かるわ)
私はリリーと顔を見合わせ苦笑し、場を取りなそうと4人に向かって聞いた。
「クリフ様って昔からあまり喋らない方でしたの?」
(2部の中では喋らないどころじゃ無かったのよねぇ・・・、いつも暗い表情で誰とも関わろうとはしない。まぁ、超絶美形で憂いがあるってんで、ゲームでは人気のキャラではあった。でもって、クリフがたまに見せる優しさが、ギャップ萌えだって評判だったのよねぇ)
「そうですねぇ・・・無口という程ではありませんわ。ノエルとは良く話してましたし。それに興味のある事に関しては良くお話しされますわ。ただ、年の割に達観しているというか・・・色々冷めているような感じがしましたわ」
「どういう事?」
ミリアは思い出すように、あごに右手を添え眉間にしわを寄せた。
「随分前・・・まだ子供の頃の事ですが、クリフ様から聞いたことがあるのです。『自分は侯爵位を継げなくても仕方ない』って仰ってましたわ。私が『ウォーレン侯爵家ではお子様はクリフ様お一人じゃないですか』って言ったら『従弟のデイビッドが継げばいい』って。あの時は冗談かとも思いましたが・・・」
(従弟のデイビッドって、もしかしてあのウザ声のことか・・・。でも、なんで?。その頃は出生の秘密を知って無かったろうに・・・)
「ちょっとひねくれてるって感じ?。器用でなんでも出来るのに、本気でやろうとはしないのよねぇ。そういうとこはあまり好きじゃないわ。私とチェスやった時も勝っても特に喜ばないし、負けても全然悔しがらないし」
ジョージアはムスッとした表情でケーキを頬張った。そんなジョージアを見てレティシアはクスクス笑った。
「ジョーは負けたら凄く悔しがってたものねぇ。そうですねぇ・・・、いつもクールで冷めている印象でしたが優しい所もありましたわよ。使用人の子供に文字を教えたり、ノエル様が叱られている時に庇ってらしたり・・・」
「えっ?なんか皆、僕よりクリフに詳しくない?」
親友は僕なのにとノエルが不安そうな顔をしたが、3人は我関せずだ。ミリアは眉間にしわを寄せたまま、
「いずれにせよ簡単に人に頼る方ではございませんわ。悩みがあっても話してくれるかどうか・・・。今はそっとしておいた方が良いかもしれませんよ」
(そっか、やっぱり面倒くさくて、難しいキャラなんだ。)
ゲームのプレイヤーも苦労したけど、周りの人間も苦労してたってわけだ。だから、少しずつ周りから人が離れていったのかもしれない。だとしたら・・・、
「私はクリフ様がどういう理由でお悩みにせよ、一人にしてはいけないと思います」
皆が私に顔を向ける。
「彼の今の状態を考えると、悩み事を無理に聞いても教えては下さらないでしょう。でも、だからと言って放っておくのは良くないと思います。きっとクリフ様はもっと心を閉ざしてしまいますわ。だから、嫌がられるかもしれませんが、皆で話しかけましょう。そしてなるべく一緒に居るようにしませんか?。そうすれば、彼の心もほぐれてくるかもしれません。少なくとも孤独ではありませんわ」
名づけて、「みんなでヒロイン役作戦」である。
(いや、分かってる。分かってるわよ、ネーミングセンスが無いことは!)
でも、ゲームの時のヒロインの役割を皆で出来ないかと考えたのだ。一人一人の力は弱くても、数があればなんとかなるかもしれない。それに常に集団でいれば、あの最悪バッドエンドの状態にはならない・・・と思う、多分・・・
「そう・・・、そうですわね、アリアナ様。私達で出来る事はそれぐらいかもしれませんね」
「私もなるべく話しかけるようにするわ」
「明日からは、お昼も誘ってみましょう」
ミリア達も私に賛成してくれた。
「私は違うクラスなので、なかなかお手伝いできませんけど、放課後は皆さんと頑張りますわ」
「じゃ、僕は寮にいる時はなるべくあいつと一緒にいるようにするよ」
リリー、ノエルも協力してくれる。ヒロインが味方なのは心強い。
(今はこれくらいしかできない・・・。これで少しは改善すれば良いんだけど)




