忠誠を誓います
この一連の騒動はちょうどテスト前から始まり、テスト期間中も続いていた。
私が父に手紙を書いたのは、一番難しいと言われるエライシャ先生のテストを控えた前の晩だ。
良くこんな騒ぎの中で学年1位が取れたもんだと、自分で自分を褒めてやりたいくらいである。
そしてやっとこのゴタゴタが収まってホッとした頃だった。
事の原因となったグローシア嬢が、突然私の部屋にやってきたのだ。
そして、
「わたくし、アリアナ様に生涯の忠誠を誓いますわっ!」
そう、高らかに宣言したのだ。
(えっ?)
グローシアは私の足元に膝まづき左手を胸に当てた。そして右手を捧げるように私に向かって伸ばした。その眼はきらきらと言うより、ぎらぎらと光っていたように思う。
(どゆこと?)
私は若干のけ反って額に汗が流れた。
「あ、あの忠誠っていったい・・・?」
「わたくし、今回の事で自分の至らなさ、未熟さ、狭量さを痛感致しましたの。そしてアリアナ様の清廉さ、聡明さ、寛大さに感銘を受けましたわ」
「は、はぁ・・・。」
「ですからわたくしはこの身を一生かけて、アリアナ様に捧げる事に致しましたの!」
「はい、・・・はっ?・・・えええええっ?」
聞けば、ボルネス家は昔から騎士の家系であり、代々帝都近くの国境を隣国から守って来たらしい。
その騎士道精神と矜持は娘のグローシアにもしっかり教育されているようで・・・。
「アリアナ様の身を守って死ぬことこそ我幸せ!。もし叶わぬならその剣をもってわが身を刺したまへ・・・」
宣誓する様に言って頭を下げる。
(いやいやいや、そんな事急に言われたって、それに剣って、そんなもん無いじゃんよ?!ど、どうしたら・・・?)
正直焦ったし、引いてもいた。顔も引きつっていたと思う。
(でもこのままにはしておけないし・・・、もうっ)
グローシアは私が何か言うまでは頭を下げたままなのだ。
「あ、あ~、とりあえず弱い者には優しくね」
剣は無いから手でとんとんとグローシアの肩を叩いた。
グローシアは感動に目を潤ませながら叩いた肩に触れ、
「有難き幸せ!わたくし、アリアナ様のお言葉を命かけて守り続けますわ。」
そう言って滂沱の涙を流した。
(いや、命はかけんでくれいっ!)
それ以来グローシアは、授業中と寮に居る時以外は私を陰で見守っているらしい。
本当はもっと傍に居たいようなのだが一度ミリア達と揉めたことがあり、それを私が注意してからは姿は見せないようにしている。まるでストーカーのようで、ちょっと恐ろしい・・・。
「別に皆で仲良くすればいいじゃない。それにこのお菓子美味しいわよ。ミリー食べないの?」
平和主義で楽天的なジョージアはどんどんお菓子を口に放り込みながら、のほほんとしている。
それとは対照的にレティシアは、
「でも、あの方リリーを虐めていたのでしょう?」
心配そうな顔をリリーに向けた。
「ええ・・・でも以前は少し厳しい事を言われましたが、最近は良くしてくださいますよ」
「あら、そうなの?」
「はい、他の方に何か言われた時など庇ってくださったり、注意してくれます」
(ああ、弱い者に優しくねって言ったこと守ってるんだ。)
なにしろ本人は騎士のつもりだから。
「へー!?。思ったより良いとこあるじゃないの」
ジョーが感心したようにそう言ってミリアに顔を向けたが、ミリアはつんと顔をそむけた。
ジョーは肩をすくめ、私は2度目の溜息をついた。
そんなごちゃごちゃした事はあったが私の生活はおおむね平和だった。
(最近はディーンとも関わってないし、もうすぐ夏休みに入る)
ディーンと言えば学年の成績は私の次の2位だった。本来のゲームの世界では彼は成績トップだったはずである。
(くっくっく、まさかアリアナに1位を奪われるとは思って無かったよね。あ~愉快、愉快)
ディーンが歯噛みしている様子を思い浮かべて私は一人楽しんでいた。
だけどそんな意地悪い想像をしていたせいだろうか?。どうやら罰が当たってしまったようなのだ・・・。
夏休みまであと2週間という日曜日の朝だった。
早く目覚めた私はメイドにさっと身支度を整えて貰った後、一人で朝の散歩に出かけた。兄のクラークはまだ寝ていたし、学園な中なら安全だと思ったからだ。
校舎の裏庭の方へ向かって歩いて行くと、朝露が木々の葉に光って清々しかった。
少し離れたところから馬のいななきが聞こえるから、乗馬クラブはもう活動しているのかもしれない。
(う~ん、良い気持ち!。この学園って無駄に広いって思ってたけど、散歩する公園としては最高よね。)
所々にベンチやピクニックテーブルが配置されて居たり、美味しいカフェやちょっとしたスタンドもいくつかある。
森の様になっている場所もあって、私は休みの日にいろんな場所を探検するのを楽しみにしていた。
(裏庭の方はまだ行ったことが無かったのよねぇ。ちょっと木が深そうだし。)
でも手入れはちゃんとされているようだ。私は細い小道を森の奥の方へ進んでいった。
そして少しひらけた所にある灌木の向こうに小さな四阿が見えた時だった。ぼそぼそ・・・と何か声が聞こえた気がした。
(ん?四阿に誰かいる?)
立ち止まって耳をすませてみる。
「・・・だから、お前は皇帝と血縁関係にあるってわけさ・・・」
その言葉が聞こえた瞬間、私は灌木の陰にダイブした。




