声が出ない!?
(う~ん、それにしても・・・)
さらさらのシルバーブロンドに、深い藍色の瞳、通った鼻筋に、薄めの唇。
(整ってるなぁ~)
私はディーンの顔から目が離せなくなった。
さすがヒロインが最初に会う攻略者。ゲームでは一番攻略しやすいキャラだったけど、それだけヒロインにお似合いという事だ。
(そう言えばヒロインと並んだ姿の美しさは、ゲームプレイヤーの間でも評判だったなぁ・・)
ディーンの顔を見ながらそんなことを考えてると、彼ははスッと顔を横に向けた。
私はハッと我に返った。
(いかん!見過ぎたか!?ただでさえアリアナは嫌われてるのに、これ以上印象悪くしてどうすんのよ!?)
慌てて頭を下げながら、
「す、すみません!お顔をじろじろ見るなんてご不快ですよね!?もうしません!」
「い、いや・・・そうじゃなくて。不快だから横を向いたのではない。」
ディーンは私以上に慌ててそう言った。心なしか耳の辺りが赤くなっている。
「その・・・そうなんだ・・・今日は見舞いだけで来たわけではなくて・・・」
「は?」
(何!?やっぱり何か文句を言いに来たの!?。油断させといてそう来るの?)
思わず身構えた私にディーンは静かに頭を下げた。
(えっ?)
「・・・先日は、すまなかった・・・。」
「はい?」
「前に学園で会った時・・・君がリリー・ハート嬢と一緒にいた時だ」
「あ!あああ、あの時の事ですか!?」
危うくイベントの餌食になりかけた時の事だ。
(私がリリーと居る所を見て虐めてるって勘違いしたやつだな。ディーンがめちゃくちゃ怒ってて・・・リリーが庇ってくれて助かったけど、あの時は焦った!)
「次の日、教室でもリリー嬢にたしなめられた。君はリリー嬢を助けたのだってね?。先入観で話も聞かずに君を責めてしまった。その・・・申し訳なかった」
ディーンはそう言って私に向かってもう一度頭を下げた。
さらっさらのシルバーブランドが揺れる。
私は想像もしていなかった展開に正直仰天していた。
(おおおっ!?ディーンが謝って来たよ!ゲームじゃマジありえない光景だわ!)
謝られると強くは言えない私は、
「い、いえ!大丈夫です。もう気にしていませんわ」
慌ててそう返した。
(過去に先入観を与えるような行動をしていたアリアナも悪いんだしね)
レティシアが言ってたように、以前はディーンと親しくしているご令嬢に意地悪していたのも事実なのだ。
それに私は別に謝って欲しい訳では無い。
(そうそう、そんな事はもういいからさ。さっさと円満婚約解消しましょうよ。お互いの幸せのために・・・ん?)
そこで気付いた。もしかして、これってチャンスなんじゃないか!?
今ならディーンも冷静に私の話を聞いてくれそうな気がする。
(ディーンはもともとアリアナを嫌ってたんだから、婚約したままでいるのは本意じゃないはずだよね。今提案すれば、お互いwin winで事を勧められるんじゃないの?)
よし!そうとなったらと、私はディーンに渾身の微笑みを向けた。
「過ぎた事ですし、誤解がとけたのでしたらそれで大丈夫ですわ。それよりですね・・・あ、あのディーン様。私もディーン様にお話がありまして・・・」
「ん、なんだい?」
「あの、私達・・・」
婚約を解消しませんか?
そう言いかけた時だった。
「・・・んぐっ!」
言葉が全く出なかった。
(え?うそ!、声が・・・)
まるで誰かに口をふさがれたように突然声が出なくなったのだ。
それに加えてなんだか息が・・・。
「・・・ぐ・・・」
(く、苦しい・・・。)
息が吸えない・・・!?
「アリアナ!?どうしたんだ!顔色が真っ青だ。誰かっ!」
「アリアナ様っ!」
「アリアナっ!?」
ディーンの慌てた声に、メイド達や、自室に居た兄のクラークも飛び出してきたらしい。かすむ目に心配そうに私を見下ろす皆の顔が見える。
「・・・お、お兄さ・・・」
「アリアナ!大丈夫かっ?」
兄の顔を見ると少し落ち着いてきた。息苦しさも薄れてくる。
「は、は・・い・・・」
なんとか身体を起こし乱れた呼吸を少しずつ整えていく。
(うん・・・大丈夫かな・・・)
「も、もう大丈夫です・・・ちょっと・・・疲れたのかもしれません」
笑みを浮かべようとしたけど上手くいかなかった。
「アリアナは病み上がりなんだからね。今日は友人達が来て無理をしたんじゃないか?。学園医に来て診て貰おう」
「そこまでしなくても大丈夫ですよ・・・?」
クラークはアリアナに過保護なのだ。
「だめだ!また熱を出したらどうするんだ!」
クラークは問答無用で私を抱き上げた。
「そういう事だからディーン君。君はそろそろ退出してくれたまえ。アリアナを休ませたいのでね」
どこまでもアリアナに甘いクラークはディーンに向かってきっぱりとそう言うと、さっさとアリアナの部屋へと向かう。
「お、お兄様っ?ディーン様すみません、失礼いたします。ごきげんよう」
私は兄に連れて行かれながら、どうにかディーンの機嫌を損ねないようにだけ気をつかった。
「アリアナ。おだい・・・。」
バタンッ!
お大事に。
きっとディーンはそう言ったのだろうけど、閉じられた扉のせいで、最後までは聞こえなかった。
私はその後、お兄様とメイド達に無理やりベッドに寝かされ、急いで呼ばれた学園医に診察してもらった。そして、異常はないとは言われたけど、心配性な兄と使用人に説得され、次の日も学校を休むことになった。
ベッドの中で、こっそり勉強しながら私は思い出していた。ディーンに婚約解消を申し出ようとして声が出なくなった時のことを。
そして気付いてしまった・・・。
(私の声を出せなくさせたのは、『アリアナ』だ)
私になる前のアリアナは、私の中にしっかり残っていたのだ。
「どこかに消えてしまったのでは無かったんだな・・・」
私はベッドのサイドテーブルに勉強道具をそっと置いて、仰向けになって天井を見上げた。
アリアナは本気でディーンが好きだった。子供っぽくて我儘なアリアナ。他の令嬢に意地悪ばかりしていた。
それでもディーンへの思いは本物だった。
「私の中にアリアナはちゃんと残っている。私がディーンを好きになれるかどうかは分からないけど・・・勝手に婚約解消しようとしてごめんね・・・」
そっと胸に両手を重ね、心の中でアリアナに頭を下げた。
私の中で、アリアナが泣いているような気がした・・・。




