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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
最終章 悪役令嬢は・・・
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未練

 ヘンルーカは無表情な顔で私達の方を向いている。


 「ヘン・・・」


 呼びかけようとした時、私の身体から急激に力が失われていく事に気付いた。


 (な、何で!?)


 力はヘンルーカの方へと流れていた。


 (これって・・・もしかして、私の力を使ってシールドを張ってるの?!)


 くらくらと視線が揺らいで、足に力が入らなくなり、地面に膝を着いてしまう。だけどその瞬間、まるで電流が走ったように私は悟った。


 (確かに、このシールドは私の力を使っている・・・だけどシールドを張ったのはヘンルーカじゃない・・・私だ!)


 「リナ・・・この人は・・・この人は・・・」


 隣でアリアナの声が震えた。私はゆっくりと頷づく。


 「うん・・・アリアナ」


 (そうか・・・そうだったんだ)


 私達の目の前にいる大聖女ヘンルーカはもう存在していない。もう遠い過去に彼女はその生を終えている。

 彼女はここに居るのではない、見えているのはただの記憶だ。私とアリアナの記憶なのだ。


 「ヘンルーカ・・・貴女は私達二人の前世なんだね」


 私がそう言った途端、ヘンルーカの姿は霞が散る様に消えてしまった。そしてその途端、私の中に色々な記憶が、まるで早送り再生をする様に蘇ってきた。幾つもの生と死、そしてヘンルーカとしての最後の記憶も・・・


 (思い出した・・あの時、私は・・・)


 アンファエルンの攻撃からライナスを庇って命を落とした(ヘンルーカ)は、気が付くと一人暗闇に立っていた。


 遠くに光の渦が見える。


 ―――ああ、そうか。あれは輪廻の光なのね・・・。私は死んだのだわ・・・


 不思議と悲しくは無かった。ただ、ライナスを一人にしてしまった事だけが悔やまれた・・・。


 引き寄せられるままに、光の方へと歩いた。あの中に入れば、今の私は消え失せて、また新しく生まれ変わるのだろう。

 少し怖かったが、前の世界にはもう私の身体は無い。進むしか道はないのだ。


 だけどその時、とてつもなく強力な力で後ろへと引き戻された。


 ―――な、何!?どうして!?


 前の世界からの強制的な召喚。


 ―――まさか・・・ライナス!?


 私は彼が、禁忌とされる精神魔術を使った事が分かった。


 ―――駄目!ライナス、この魔術は・・・


 自然の理を曲げてしまう。禍々しい汚れた魔術。ああ、私の容れ物にされてしまう誰かがいるのだ。

 

 ——―それに、この魔術は世界に歪を作ってしまう。この先何が起きるか・・・


 悲痛な叫び声にハッと顔を上げると、悲しみと恐怖を顔に貼りつけた少女が、光の渦に飲まれていった。


 ―――そんな!?


 少女の顔には見覚えがあった。闇の組織で育てていた孤児の一人だ。私の頬を涙が伝った。


 ―――ライナス、貴方にそんな罪を犯させはしない。


 私は自分自身の持つ全ての力で、前の世界に戻そうとする力に抗った。そして自ら光の渦に飛び込もうとした時だった。、突然、全身に鋭い痛みが走った。


 ―――あああっ!!?


 引き合う力の狭間で、私の精神は引き裂かれてしまった。そして私の小さな欠片が元の世界へと引っ張られていく。あれは・・・愚かな私のライナスへの未練だ。


 そして、大切なモノが欠けてしまった私・・・『ヘンルーカ』は光の渦の中へと吸い込まれていき、それからはもう・・・何も分からなくなった・・・



 「う、うっ・・うっ・・・」


 私の肩に顔を埋めてアリアナが泣いている。


 「・・・よ、呼び戻されたわたくしは・・・ただの精神の欠片でしかなかったの・・・。容れ物にされた可哀そうな女の子の身体を動かす力も無かったのだわ。だから・・・わたくしは、エンリルに石像に封印されてしまった・・・」


 闇の神殿にあったヘンルーカの石像。

 15年前に壊されたと聞いた。


 (そうか・・・像が壊されて封印が解けたんだ。そしてその精神の欠片がアリアナとして転生したのか)


 私達はかつて同じ精神だった。それが別々の体に転生したんだ。それぞれに足りないものを抱えて・・・。


 私はアリアナを抱きしめた。彼女はヘンルーカだった時の、私のライナスへの想いそのものだった。なんて・・・なんて愛おしいのだろう・・・。

 自然と涙がこぼれた。


 像が壊されたことで、封印された精神が無くなったため、ヘンルーカを呼び戻す事は出来なくなった。だからイーサンはあんなにも心を乱したんだ。


(ヘンルーカに会うことだけが、彼の望みだったのに・・・)


 その為に彼は何度も他人の体を奪い、時を渡り歩いた。なんて狡くて、卑しくて・・・悲しい生き方なんだ。


 「ひ、光が!」


 エメラインの恐怖に掠れた声に我に返った。


 もはやシールドを作っている私の力もそろそろ限界だ。光の渦は私達を飲み込もうと、シールドを押しつぶす勢いで迫ってきている。


 「アリアナ、エメライン・・・」


 私は二人を自分の方へ引き寄せる。どうすれば、彼女達を助けられる!?


 (何とか・・・何とかしなくちゃ・・・)


 私の力が全て無くなっても良い!例え精神が消えてしまったとしても、2人を守らなきゃ!


 一瞬、ディーンの顔が心に浮かんだ。涙がこぼれる。

  

 (あ~・・・これが未練ってやつなのかな)


 ヘンルーカが自分の精神を引き裂いたほどの、ライナスへの強い想い。愚かで苦しいけど、なんて熱くて切ないんだ。


 (今の私なら、彼女の気持ちも分かる・・・辛いよ。嫌だ!離れたくない!)


 そう思ったその時、私とアリアナの体に巻きつくような強い風を感じた。


 「あ・・・!」


 引っ張られる。

 この混沌とした世界から無理矢理引き離そうとする、恐ろしい程の魔力。

 

 「イーサン!?」


 私の胸に希望が蘇ってきた。

 イーサンの闇の魔力。輪廻の光すら退ける圧倒的な力だ。

 目の前の景色が徐々に霞んでいく。歪む視界の中で、エメラインの目が驚愕に見開かれた。


 「いやあっ!一人にしないでぇ!」


 絶望に顔を歪ませた彼女の手を、私は咄嗟に腕を伸ばし強く握った。両手で彼女を抱え込む。


 「するもんか!一緒に帰るんだよ!」


 強い力に引き寄せられるまま、光の渦も暗闇ですらも、どんどん遠く小さくなっていく。水の中のように、奇妙に質量のある空間の中を私達は浮上していき、突然、眩しい光を感じて目を閉じた。

 そしてふわりと何処かへ降り立つ感触と共に、私は静かに目を開けた。

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