いにしえの大聖女
「ちょっと!二人とも落ち着いて!」
私はアリアナとエメラインを並んで前に座らせて、スクラムを組むように、二人の肩に腕を回した。
「良い!?泣いたって喚いたって、疲れるだけで状況は変わんないんだよ!落ち着いて待っていれば、絶対にトラヴィスやリリー達が何とかしてくれるから」
「でもどうやって・・・?あの二人だって、精神魔術は使えないわ」
不安そうな顔のアリアナ。両手が震えている。私はその手をギュッと握って、
「あのトラヴィスだよ?精神魔術が使える奴を引っ叩いてでも、私達を助けるようにしてくれるって!」
そうだ。ねーさんだったらそれぐらいはするだろう。
「だから私達が今出来るのは、とにかくあの光に捕まらない事!・・・ねぇ、エメライン、あの光ってどのくらいのスピードで近づいてくるの?」
「わ、分からないわ。目を離すと急に近くに来ていたり・・・見えない所まで逃げたのに、油断したらすぐそばに現れた時もあって・・・」
「え、そうなの?」
そんなテレポートみたいに現れる事もあるんだ。
「なんてたちが悪いんだ・・・ん?・・・ってことは・・・」
後ろでひやりとする気配を感じて私は振り返った。知らない間に例の光の渦が、すぐ近くまで迫ってきているでは無いか!?
「う、うわああああ~!」
私は慌ててアリアナをおんぶして、エメラインの手を引っ張りながら、光とは反対の方向へ猛ダッシュした。
(こ、これは困ったぞ・・・)
どうやらあの光は神出鬼没のようだ。油断してたら知らぬ間に吸い込まれている可能性がある。
(こっちは走って逃げるしか無いのに~!)
「ズルいぞ~っ!」
どれだけ走っただろう?息を切らせながら、周りに光が見えない事を確認してから私は座り込んだ。
「はっ・・・はっ・・・もう!・・・しんどいって・・・!」
「・・・もう走れませんわ・・・わたくし・・・」
エメラインは倒れ込んで、ぐったりしてしまった。
(確かに、こんな事を繰り返していたら消耗するのは当たり前だ・・・)
それに、どうもこの世界ではちょっと動いただけで疲れやすい気がする。
このままじゃ助けが来る前に捕まってしまうかもしれない。
(いんや!・・・絶対逃げ切る!)
そう決意しながら、私の背にもたれかかって休んでいるアリアナの髪をそっと撫でた。アリアナは私を見上げた。上目遣いがグッとくるほど可愛らしい。
「ねぇ・・・リナ」
「ん?」
「わたくし、ずっとズルい事を考えてましたわ」
「え?」
アリアナは目を伏せた。長いまつ毛がの下で少し涙が光った。
「リナが、ディーン様と結婚してくれたら・・・私もずっとディーン様と一緒に居られるって思いましたわ・・・」
「んん!?」
「愚かですわね・・・。リナが寝ている間に、ディーン様と話をしましたの」
「は?」
「貴女のフリをして誘惑しようとして、・・・失敗しましたわ」
「なっ!えっ?は!?」
「言えるうちに謝っておきたくて・・・ごめんなさいね・・・」
そう言うとアリアナは目を閉じた。疲れているのか眠ってしまった様だ。
(ゆ、誘惑だと!?しかもディーン相手に!?)
な、何たることだ!そして、何たるパワーワードなんだ!?
頭も心もぐらんぐらんしてしまう。
(や、止めよう!とにかく今は考えるな)
んな事に、心を乱している状況では無いのだ!私は頭をブンブンふって、今聞いた事を追い出した。
すると、エメラインが不思議そうに私達の方を見てきた。
「変だわね・・・、この子、前と全然雰囲気が違うわ」
アリアナを見ながらそう言う。
「それに、貴女は一体誰なのかしら?」
「は!?」
私に向かってそう言ったエメラインに、思いっきり脱力してしまった。
(今さら、それかよ!?)
仕方ないので、エメラインに今までの経緯を説明した。さすがのエメラインも驚いたようで、目を丸くしながら話を聞いている。
「では、わたくしが攻撃していたのは貴女だったって事?」
「そうだよ、マジで怖かったから、もう止めてよね」
私がそう言うと、エメラインは何を思ったのか、そのまま黙り込んでしまった。
(どした?疲れたかな?)
あんだけ光から逃げて走れば、そりゃ疲れるだろう。私だって、まだくたくただ。
そして3人とも黙ったまま、どれくらい経ったのだろう・・・突然、肌がちりちりする様な感覚を感じて、私は顔を上げた。
「来た!」
光の渦が、かなり近くまで迫ってきていた。私はまたアリアナを背負い、座ったままのエメラインの手を引っ張った。
「逃げるよ!立って」
「・・・無理ですわ・・・わたくしはもう・・・」
エメラインの顔は青ざめ、握った手が驚く程冷たい。足に力が入らないのか、立つ事すら出来なさそうだ。
(どどど、どうしよう!?)
光の渦はゆっくりだけど、確実にこちらに近づいて来てる。それにつれ、少しずつ吸い寄せられる感覚も増してきた。
「・・・リナ・・・」
私の背中でアリアナが弱々しい声をあげる。見ると彼女は目をつむったまま、顔色はもう真っ白だ。
「わ、わぁ!ど、どうしたら」
(な、何とかできないか?せめて、私も魔術が使えたら良かったのに!)
どんどん光は近づいてきて、ついに私達の目の前まで来ている。このままじゃ3人揃って、きれいに光に飲み込まれてしまいそうだ。
「ええい!もう!」
ヤケクソ混じりで手を光の渦にかざして大声をあげた。
「シ、シールドぉっ!!」
ディーンやトラヴィスの魔術をイメージしてみる。
・・・。
だけど想像していた通り、うんともすんとも何も起こらない。
「わああ!やっぱり!」
慌てた私はアリアナを背負ったまま、エメラインの脇に腕をまわした。
「うっ・・・よいしょっとぉ!」
(絶対に諦めるかぁ!)
エメラインの身体を力づくで立ち上がらせて肩を担ぐ。そのまま逃げようとして目線を上げた時だった。いつの間にか私の目の前に人影が立っていたのだ。
「え・・・」
黄金に輝く長い髪の後ろ姿。光の渦に向かって対峙したその姿はまるで絵画の様に美しい。
「だ、誰?」
彼女は私達の前で両手を広げた。すると驚いた事に私達の周りが薄い金色がかった球体で取り囲まれる。
「な!?」
(こ、これってシールド!?)
そして、光の渦はシールドの手前で遮られ、その進みを止めた。
「え?え?・・・あ、あなたは・・・」
女性はゆっくりと振り向いた。私は会うはずの無い彼女の顔を見て、心底驚いた。
「・・・ヘンルーカ!?」
前に意識の世界で会い、そして絵画で見た事のある人。間違いなく彼女は「大聖女ヘンルーカ」だった。




