暗闇と光の渦
私はじっと立っていた。
あれからどれくらいの時間が経ったのか。
凄く長い時間だった気がするし、逆にあっという間だった様な気もする。
(・・・どこだ・・・ここ?)
エメラインにクリフが吹っ飛ばされたのを見たのが最後、暗転してから、今いる場所がさっきまでいた牢屋ではない事は分かっていた。
足元に冷たい石床の感触は感じない。それどころか何も見えないし聞こえない。
耳をすましても、自分の息遣いすら聞こえないのが気持ち悪く、そのくせ暗闇なのに自分の姿がはっきりと見えるのが不可解だった。
そして不思議な事に・・・私にはこの場所に覚えがあった。
(いつだったか・・・前に来た事がある・・・)
アリアナになってからではない。そしてもちろん前の世界にいた時でもない。
(多分、私がアリアナになる前に・・・)
記憶をたぐり寄せ、もう少しで届きそうになった時だった。突然、背中に気配を感じ、私は慌てて振り返った。
「え・・・?」
私の足元でしゃがみ込み、自分の体を抱えるようにして震えている一人の少女。ふわふわのハニーブロンドが小柄な体を包んでいる。
「アリアナ!?」
「・・・怖い・・・」
アリアナは泣きながら私にしがみついて来た。
「怖いの!助けて、リナ!・・・このままでは私達・・・」
アリアナの顔は真っ青だ。その様子を見て、私もじわじわと恐怖を感じ始めていた。
アリアナと私が同時に存在するという事は、ここは現実ではない。意識の世界と言う事だ。だけど、私達二人の意識世界ではない、それは分かる・・・と言う事は・・・
(お、思い出したぞ・・・ここは!)
自分がアリアナになる前に一度通った場所。
(そうだった!私は前の世界の生を終えて、一度ここに来ている。そして、その時何か強い力に引っ張られて・・・気が付いたらアリアナになってたんだ!)
って事は、私達はもう・・・?
絶望的な気分でアリアナを抱きしめたまま、私は周囲を見渡した。するとずっと遠い先に、かすかに光の渦が見えた。
(げ!?)
さっきまでは確かに無かったものだ。それが少しずつ近づいてくるのが分かった。
(や、やばい・・・)
それが何かは分からなかったけど、本能で追いつかれたらマズイという事だけ理解できた。
(あれに捕まったら、終わりじゃ!)
「ア、アリアナ!逃げよう」
私は彼女を引っ張って、光とは反対の方へ進もうとした。だけど、
「む、無理よ・・・わたくし動けませんわ・・・」
アリアナは足がきかないように、へなへなと座り込んでしまう。彼女の言うように、確かにあの光を見ると力が抜けるようで、そして吸い込まれるように引っ張られる感覚があった。
「ええいっ!」
私は思い切ってアリアナを抱きあげた。意識の世界と同じように、ここでは私の身体は前の世界の身体になっていた。小柄なアリアナならなんとかなる!
「・・・リナ・・・」
「逃げるよ!」
彼女を抱え上げて、光から逃げるようにひたすら走った。
しばらく必死で走って、やっと光が見えなくなった所で私はアリアナを降ろして座り込んだ。
「は・・・はぁ・・・つ、つっかれた・・・」
肉体は無いはずなのに、この疲労感は何なんなんだ!?
「と・・とりあえず・・・少しは・・・離れたはず・・・」
「だ、大丈夫?、リナ・・・」
ひっくり返ってぜーぜー言ってる私を、心配そうに見ていたアリアナだったが、突然びくっと体を震わすと私にしがみついた。
「リナ、誰か居ますわ」
不安そうに私の腕をギュッと握る。
「・・・えっ・・・?」
驚いて身体を起こし、アリアナが指さす方を見ると、そこにはドレス姿の女性が頭を抱えるようにしてうずくまっていた。
(だ、誰?、え?、なんでここに?)
もしかしてあの人も、例の光の渦から逃げて来たのだろうか?
私はアリアナを後ろに庇いながら、緊張しつつドレスの女性に近づいた。そして間近でその姿を見てドキリとする。
「エ、エメライン王女!?」
私の声にぴくりと肩を揺らし、深紅の髪を揺らしながらエメラインは顔を上げた。その顔には涙の筋と共に疲労と絶望が滲んでいた。
「・・・助けて・・・」
いつもの居丈高な様子は無く、恐怖に身体を震わせながら這い寄って来る。
「どうしても・・・どうしても、ここから出る事が出来ないの・・・。逃げても逃げても、あの光が追いかけてくる・・・。どうして・・・?わたくしはまだ、こんな所に来るはずじゃ・・・」
嗚咽を漏らしながら、エメラインは顔を両手で覆った。その姿からは、いつもの気圧されるようなオーラは消え去っていた。
「エメライン王女・・・」
(やっぱり、そうか。牢獄に来た時、エメラインの身体は既にエンリルに乗っ取られていたんだ。多分、彼女もエンリルの精神魔術でここに飛ばされてしまったんだろうな。ん?・・・って事は・・・)
私は最悪の状況に思い至った。
「待て待て待て・・・え!?マジか!?」
(私達も、今ここに飛ばされていて・・・、つまりエンリルはアリアナの身体を奪ったって事!?何で!?)
まさかの状況に、頭が追い付かない。エンリルの行動の意味が分からなくて混乱した。
現実世界ではどうなってる?アリアナがエンリルになってしまって、皆は大丈夫なんだろうか?
(いやいやいや、大丈夫なわけないでしょ!?)
とは言え、こんな状況で、自力で身体に戻る方法なんて分からない。
(うあ~~~~、万事休すかよ!?)
髪をかきむしるように頭を抱えていると、後ろで小さく、くぐもった声が聞こえた。
「う・・・ううう」
「アリアナ?」
私の背中にぴったりくっ付いたまま、アリアナが嗚咽を漏らし始めたのだ。
「わ、わたくし・・・貴女と一つになるのは怖く無いけれど、あの光は恐ろしいですわ。だ、だって、わたくし、まだ生きる事に未練がございますもの・・・」
そう言ってさめざめと泣き続ける。そして私の目の前ではエメラインが、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて、
「わたくしだって、嫌よ!まだ、こんなに若いのよ!・・・若くて、美しくて、王女で、才能もあって・・・こ、こんな、わたくしがどうしてなのよ!?もう、トラヴィス様と結婚できなくたって良いから戻りたい・・・戻りたいのよぉ~!」
と号泣し始めた。
私達よりも長い間、あの光から逃げ続けていたんだろう、彼女は心底疲れ切っているようだった。それでもまだ光に捕まっていないのは、彼女が並外れた魔力の持ち主だからかもしれない。
エメラインは私の腕にすがりながら、
「ねぇ!貴女、ここに来れたのなら、私を連れて戻って頂戴!お願いだから!何でもあげるからぁ!」
背中ではアリアナが、
「わたくしも戻りたい。ここは嫌・・・。あの光に取り込まれるのは怖い!嫌なのよぉ・・・!」
悪役令嬢二人に前から後ろから挟まれるように泣きつかれ、私は途方にくれてしまった。
(あ~もう!いったいどうすりゃいいんじゃい!?)
辺りを見回しても、暗闇の中には私達三人以外、何の気配も感じられなかった。