晩餐(トラヴィス目線)
部屋に通された私とディーンは顔を見合わせた。ディーンの瞳に焦燥の影がよぎる。
「心配するな。こういう事も想定して、アリアナにクリフを付けたんだ。それにセルナクも直ぐに彼女をどうこうするつもりも無いだろう」
そんな事をすれば、この私を敵に回す事ぐらい奴らも承知しているはず。
(油断するつもりはないけど。奴らだって、私の強さは知ってるはずだもんね)
だけど、その考えが甘かった事を直ぐに思い知る事となるのだ。
アリアナとリリーの様子が分からないまま時は過ぎ、直ぐに夕刻となった。私達はセルナク国王に晩餐へと呼ばれ、廊下に出て案内に付いて行く途中でリリーとグローシアに出った。
「殿下・・・!」
リリーとグローシアの顔色に戸惑いと焦りの影が見える。それを見て私は不安に駆られた。
「アリアナとは同じ部屋では無かったのか!?」
リリーは心配そうな顔で首を振った。
「二人はどこか違う場所へ連れて行かれたんです。私達も全然部屋から出して貰えなくて・・・」
それ以来アリアナ達に会えてないと、リリーは不安げに眉を寄せた。
私の胸がキリリと痛んだ。
(しくじったかしら・・・)
アリアナと引き離されるのは予想していたが、どうにも相手の動きが読みづらい。もう少し強硬的に出てくれたら、こっちも反撃しやすいのに・・・。
(こうも慇懃無礼に来られると、イラつくけど思い切った事がやり難いのよねぇ・・・)
もしかしたら、アリアナ達は晩餐に呼ばれないのかもしれない。二人をどこかに閉じ込めてる可能性もあるわ。そうなると次に二人に合流できるのはいつになるのか。
(だとしたら、問い詰めてやらないとね)
いっそ、晩餐会でひと暴れしてやろうかしら?
だけど私達が晩餐会の部屋に入ると、驚いた事にアリアナはもうテーブルの席にすました顔で座っていた。
(アリアナ、良かったわ!無事だったのね)
だけど私は直ぐに違和感に気付いた。
(クリフはどこ?)
侍女なら彼女の後ろに控えているはずなのに。それに当のアリアナが、私達が入ってきたと言うのに、全く表情を変えないどころか、こちらを見ようともしない。
嫌な想像が私の胸に広がった。
(もしかしてまた、精神魔術をかけられてしまったのかしら・・・でも・・・それにしては雰囲気が・・・)
「さぁ、席に着いてくれたまえ、トラヴィス殿下」
急にかけられた声に驚き、顔を向けると、セルナク王が上座の席でワイングラスを片手に座っている。しかし、彼の目は暗く淀み焦点が合っていなかった。
「どうかされましたかな、皇太子殿下?」
そう聞いてきたのは港に出迎えに来た宰相。笑みを浮かべた彼の目も奇妙な色に濁っている。
「・・・っ!?」
「殿下!」
ディーンとグローシアも異変に気付き、私とリリーの前に出ると剣を抜いた。
「・・・セルナク王・・・」
王だけでない、宰相を含めこの場にいるセルナク国の官吏達、そして使用人に至るまで、この部屋の全ての人間が精神魔術の支配されている。
「アリアナ!」
アリアナはこの緊迫した中でも、眉一つ動かさず座ったままだ。ディーンが彼女を呼んだが、こちらを見る事無く真っすぐ前を向いている。そしてその唇にほのかに笑みを浮かべていた。
「ディーン・・・アリアナの様子が変だ」
あの子のが持ってる、周りを照らす様ないつもの明るさが無い。まとう雰囲気がまるっきり違うのだ。もちろんそれは、オリジナルの『アリアナ』のものでも無かった。
「嘘でしょ・・・」
思わず前世の口調が出てしまったが、今はそんな事どうでも良い。私の声に呼応するように、アリアナの姿をしたモノはゆっくり立ち上がると、初めてこちらに目を向けた。
そしてその目を真正面から見て、私は想像すらしていなかった事態に気付きゾッとした。
隣でリリーが小さく悲鳴を上げ、ディーンの顔がサッと青ざめる。
思わず両手を強く握りしめ、手の平食い込む爪の痛みが、これが現実であることを伝えてくる。背中に冷たい汗が滑り落ちた。
「・・・あなたはモーガン先生ですね。いや・・・初代皇妃エンリルと言った方がいいか」
喉が干上がったように声が掠れた。
(まさか、こんなことが・・・)
エンリルはアリアナの顔で、口の端を上げてにぃっと笑った。
「どうかしら?この姿ならライナスも気に入ってくれるかしら?」
両手を広げて自分の身体を見回す様にする。その仕草の可愛らしさが、逆にグロテスクに感じてしまった。
「モーガンやエメラインよりも、馴染む気がするわ。ヘンルーカの身体だからかしらね?」
(・・・何を言ってんのよ、この女・・・?)
訝しく思っていると、ディーンがゆらりとエンリルに近づこうとする。
「待て、ディーン!」
慌てて肩を掴むと、その手を凄い勢いで払いのけられた。ディーンはエンリルに掴みかかる様に襲い掛かったが、待機していた兵士達に抑え込まれてしまう。そしてエンリルの指がくるりと回ると、ディーンの身体が硬直して動かなくなった。
(捕縛魔術!)
「やめろ!」
そう叫んで駆け寄ろうとしたが、私の前にも兵士達が立ちふさがった。
「どけ!」
(こうなったら魔術で全員吹っ飛ばしてやるわよ!)
そう思って両手を振り上げた途端、後ろで悲鳴が聞こえた。
振り返ると、リリーとグローシアに兵士たちが剣を突き付けている。
「うふふふふ・・・貴方が魔術を使うのと、彼女達に剣が刺さるのとどちらが早いかしらね?」
残酷な言葉を吐くエンリルの声は、まるっきりアリアナの声だ。それが無性に腹が立つ。あの子の声が汚れるわ!
(くっそ~!このサイコパス女がぁ!)
ギリギリと歯噛みをする思いで板挟みになっていると、リリーが静かに目を閉じた。そして剣を突き付けられてる事を忘れた様に、胸の前で手を組んだ。
「リリー!?」
(何するつもり!?)
リリーの身体から柔らかい光が溢れ出し、彼女とグロシーアを囲んでいた兵士達を包み込んだ。そして直ぐに兵士の身体から黒いモヤの様な物が溢れ出してくる。
「聖魔術か!?」
(でもリリーの魔力はエンリルには及ばないはず・・・)
前みたいに弾き返されてしまうのではと思ったが、兵士から湧き出たモヤは光の中に崩れて小さくなり、さらさらと崩れるように跡形も無く消えていく。その途端に兵士たちは力を失ったようにバタバタと倒れ始めた。
「凄い・・・」
(これがヒロインの力か・・・)
リリーはこの短期間の間に、どうやらエンリルの魔力量を超えたようだ。魔術の質も高まっている。
彼女は次に組んでいた両手を広げた。聖なる光が部屋全体に広がっていく。
私の前に立ちはだかっていた兵士からも、ディーンを押さえつけていた兵士達からも黒いモヤが立ち昇り、精神魔術が解術されていった。
同時にディーンの捕縛魔術も解けたようで、彼は鋭い目をエンリルに向けながら立ち上がった。
そんな中、エンリルは冷えた目付きでリリーを見つめていた。
「リリー・ハート・・・いまいましい、この時代の聖女」
ぽつりとそう言いうと、突然くすくすと笑い始めた。
「お生憎様ね。セルナク王達の魔術は解けなくてよ。宝玉を使ってるからねぇ。あんた一人じゃどうしようも出来ないわ」
見ると、確かに王や宰相達の目は淀んだままだ。
「・・・リナをどうした?」
ディーンが獣のうなり声の様な声で聞いた。エンリルを睨む目に憎悪の炎が揺れている。
(ちょっと・・・ディーン、落ち着きなさいよ)
今にもエンリルに飛び掛かりそうなディーンに不安を覚える。
(冷静沈着の設定はどこに行っちゃったのよ。あの子が絡むと性格が一変しちゃうわね、もう!)
エンリルは可愛らしい仕草で首を傾げた。
「リナ?誰それ?・・・ヘンルーカなら今頃、地獄に落ちているか輪廻の渦に巻かれているでしょうよ。うふふふ・・・なんて愉快なのかしら」
アリアナの身体で、さもおかしそうに笑い続けるエンリルは、狂ってる様にしか見えない。言ってる事も、何のこっちゃだ。
(まずいわね・・・。もし精神魔術で身体を乗っ取られたのだとしたら、アリアナの精神はもう・・・)
身体を追い出された精神は、既に次の転生へと進んでしまってるかもしれない。
(それに、中身がエンリルだからって、アリアナの身体に攻撃する訳にもいかないし・・・ああああ、もう!どうしたら良いのよ!?)
これって絶体絶命じゃないの!?
(いやいや、落ち着け。私は皇太子トラヴィスよ!イーサンの次の最強キャラなんだからね)
そうは言っても、この状況をひっくり返す手なんて直ぐには思いつかない。こうなったらエンリル以外の奴らを、とりあえず全員叩き潰してやろうかと、ヤケクソ混じりにそう思った時だった。
「トラヴィス殿下!」
リリーの声に振り向くと、彼女は首元からペンダントに通した指輪を取り出した。
(あっ!そっか、忘れてたわ!)
その手があったか!
「彼を呼びます!」
そう言うと、リリーは指輪に魔力を注ぎ始めた。




